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聖女の私にできること  作者: 三ツ陰 夕夜
第三章 お城暮らし

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第三十四話 和解

「ハッハッハッハッハッ」

 突然、弾けるような大笑いが廊下に響き渡った。

 そして、笑い声の発生源には、先程までの雅な姿が別人かと思うほど大笑いしている僧正様がいた。

 殿の笑い方をもっと子どもっぽくした雰囲気で、彼は笑っていた。

 怒られることも覚悟していたというのに、大爆笑されてしまうとさすがに訳が分からず困惑してしまう。今の話のどこに笑いのツボがあったのか。

 私の戸惑いをよそに大層楽しげな僧正様は、やっと笑い終わると今度は笑い顔のままこちらに視線を寄越した。

 納得感、痛快感、安堵感。彼の心からはそんな気持ちが読み取れる。

「僭越ながら、聖女様のお心理解いたしました。かくなる上は、私も節度を持った行いを心がけさせていただきまする」

 今までの艶やかさを捨てて、かわいい顔でにっこりと笑う。

 そんな笑顔もイイなと思いながら、私はひとつ山を越えたことに達成感を感じていた。



 その日の夜。

 明日は宴の日だからと、私は早めに布団に入っていた。

 宴は夜ではなく昼開催されるらしい。参加予定の私は、早朝から準備が必要らしく「忙しくなりますよ」とお美代さんが言っていた。

 数日過ごしただけでもう既にお城のお作法はめんどくさいと感じていたのだが、公式の場ともなると更にめんどくさいのだろう。

 これも聖女としての仕事だろうと思いつつも、帯がキツいのは勘弁して欲しいなぁと、悶々としていた。そんな時。

 聞き間違いか、外廊下から足音が聞こえたような気がした。

 お美代さんではない。彼女は襖の向こうだから。

 不審者か?と、不安を感じ体を起こす。

 声を、上げた方が良いだろうか?そう考えていると、聞き慣れた囁きが聞こえてきた。

「このような夜分の訪問を、お許しください」

 聞き間違えるはずもない、僧正様の声だ。

 「節度を持った行い」とやらはどうしたのだ?と、一瞬思ったが、声色に滲む緊張感に何やら様子がおかしいことに気づいた。

「入室の許可をいただけませぬでしょうか?」

 周りには聞かれたくない話ということか。だが、寝るには早い時間とはいえもう夜の八時頃。

 男性が恋人でもない女性の部屋を訪れる時間はとっくに過ぎている。

 妖艶に誘う眼差しが浮かぶ。返事をするべきでないと思う。

 でも、泣いてしまった次の日に、彼の心から聞こえた悲鳴のような後悔の感情を思い出す。

 それから、笑い声を上げた時の、安堵の感情を思い出す。

 信じよう。そう思った。

「どうぞ」

 私の返事に、彼はすぐには動かなかった。

 訪問して来たくせに、許可を貰えるとは思っていなかったのかもしれない。

 数秒の沈黙の後、「失礼します」と部屋に入ってきた僧正様は、衝立の陰に隠れて見えなかった。

 姿が見えなくては心も読めない。布団から出て、彼の姿が見える位置に移動すると、私の下着姿に彼は気まず気に目を逸らした。

 どうしたのかと心を読む。前に読んだことのある泣かせてしまったことへの罪悪感と、初めて読む罪悪感が漂ってくる。初めての方の罪悪感を興味本位で読んでしまい少しだけ後悔した。

 どうやらこの男、私のいやらしい夢を見たらしい。

 涼しい顔の裏でそんな夢を見ていたのか・・・。思わず態度に出しそうになったのを堪えた。

 凄く複雑な気分ではあるが、わざわざ夢の内容を追求してもどうしようもない。

 今は、訪問の理由を聞くのが先決だ。

「何か大事なお話ですか?」

 つい先程まで仕事をしていたようで、彼は夕方の服のままだった。

 伏せていた目が合う。

 初めて見る真剣な表情だった。

「内密にして頂きたきお願いがございます」

 そう言いながらも彼は、話そうかどうか迷っていた。私を信じていいものか、私が信じてくれるのか、不安な気持ちを抑えつけながらここにいるのが分かった。

「明日の宴にて、一切の飲食をしないでいただきたいのです」

 恐らくそれは、絶対に誰にも言ってはいけない事だったのだということが、苦しい心の声から分かった。

 それでも、彼はわざわざこうして伝えに来てくれたのだ。

 私を守りたいという、その一心で。

 僧正様の真剣な眼差しが不安に揺れる。

 あの、私を散々手のひらで転がしていた人はそこにはいなかった。

 他のやり方もあっただろうに、私に真摯でありたいという想いから、この人はこんな不器用な方法をとったのだ。

「分かりました」

 明るい笑顔で答えた。彼の気持ちに答えるために。

 僧正様は、少しだけ泣きそうな顔で頭を下げると、長居は無用とばかりに部屋を出て行く。

 その背中を、抱きしめてあげたいと、初めてそう思ってしまった。

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