第三十三話 謝罪
心が読める力と言うのも、治す力と一緒で万能ではない。
距離は少し離れていても大丈夫だが、対象の人物に集中しないといけないので二人同時には読めない。
草順先生との更なる検証の結果、読めるのも表面的な、今心にあることだけだということまで分かった。でも、さすがに心の中が全て覗けてしまうのは私も怖いので少し安心した。
それに、それだけあれば充分だった。
仕事には充分に役立つし、人から避けられる理由としても、充分だった。
「あまり人には話さない方がいいかもしれないですね」
検証中にそう呟いた草順先生も、同じことを思ったのだろう。
「まぁ、俺は楽だからいいですけど」
そう言って笑ってくれたのだけが、ちょっとだけ救いだった。
そんな、あまり使わない方がいいと思った力を、すぐにフル活用しないといけないことになるとは思いもしていなかった。
私の部屋へ続く外廊下。その途中で、庭を見ながら佇む姿はまるで絵のようにできすぎていた。
夕日が物憂げな頬を照らし、長いまつ毛が落ちるようにゆっくりと、その人は私の方を見た。
僧正様だった。
二日前に出かけたと聞いたが、いつの間にか戻って来ていたらしい。
「お戻りになられましたか」
待っていましたと、心の声が聞こえる。
聞こえたところで、対処となるとまた別の話ではあったが、思惑が分かるだけでも少し気が楽だった。
「私に何か御用でしょうか?」
周りには誰もいない。大きな声さえ出せば部屋にいるお美代さんは駆けつけるだろうが、念の為少しだけ距離を取っておく。
僧正様の悲しげな笑みに、ほんの少しだけ胸が痛む。だが、その手には乗らないのだ。
「謝罪をしに、参りました」
しかし意外にも、その謝罪はいつものパフォーマンスではなかった、心からの反省の気持ちがあるのが分かった。
「聖女様には大変なご無体を働いてしまい、弁明のしようもございませぬ」
頭を下げられるとなんともいたたまれない気分になる。確かにこの人の少し所では無い妖艶さに辟易していたところはあったが、あの時は私も完全に合意していたからだ。
合意の上でいきなり拒否された僧正様はむしろ被害者でもあるだろう。
許すとか許さないとかではなく、ここまで真摯に謝られると流石に良心が痛む。
「・・・謝らないでください」
私の言葉を聞いて、僧正様はゆっくりと顔を上げた。
「私も、紛らわしい態度を取ってしまっていたので、お互い様というかなんというか・・・」
あまり上手く言えずに言葉を濁すと、僧正様の困惑が伝わって来た。
彼、ご自身の外見の良さに自信がおありらしい。そりゃあそこまで見た目が良いと自信がない方が嫌味になりそうではあるけど。
出来ればこの話は、有耶無耶にしたかった。したかったが、そうは問屋が卸さなかった。
「自惚れかとお思いになるやもしれませぬが、私は聖女様と心が通じ合うていると、そう思うておりました」
切なさを前面に押し出しつつ、彼はそう言った。
そしてそう言われてしまうと、ぐうの音も出ないのだ。
傍から見ると、両思いの相手を気ままに振り回す悪女のような態度だっただろうと、自分でも思うのだ。
どう答えようか悩みつつ視線を泳がせたが、上手い言い訳も言い回しも何も浮かばない。
遅かれ早かれこうやって話すことは目に見えていたのだから、前もって考えておけば良かったとも思う。でも、まさか僧正様がこんなにも真正面から謝ってきたのは私としても想定外だったのだ。
困惑と悲しみの瞳が私を見つめ、返事を促す。
私にも罪悪感はあった。
だから、正直に白状するしかないと思った。
「今からとても失礼なことを言います」
今更取り繕えないと、小さな覚悟を決める。
私はまだこの人のことをよく知らない。
知らないからこそ、会話をしてみたいと思う。
「私は、僧正様とそういった関係になりたいとは思っていません」
冗談だと思われないように、真面目な顔で淡々と伝えた。
失礼な内容だったのに、僧正様の表情はまだ変わらない。じっと聞き入ってらっしゃるから。
「ですが、僧正様のお声とか、喋り方とか、仕草とかに・・・こう、グッときてしまうのです・・・!」
我ながらなんて語彙力のなさだとは思う。あちらの世界で使われるような抽象的な表現など、伝わらない覚悟もしていた。
いや、むしろきちんと伝わらない方がちょうどいいくらいだという、確信犯だったのかもしれない。
語彙力の低さとは無縁そうな彼は、「なるほど」と口元に手を当て、考え込む仕草を見せた。
そういった細かい仕草のひとつひとつが、叫んでしまいたいほど好きだった。
テレビの中の有名人に歓声を上げるような、そんな感覚で好きだった。
「・・・私自身の事はお嫌でも、私の所作のみを好ましく思っていらっしゃる、と?」
確認するように僧正様が呟く。
幸か不幸か、あんなに失礼な内容がしっかりと伝わってしまったらしい。
気まずさに思わず目が泳いでしまう。
彼から怒りの感情は伝わってこないが、だからと言って開き直れるほど私は図太くはなかった。




