第三十二話 心を読む力
私は、人の心が読めるらしい。
草順先生との検証でその事実は明白になった。
「考えが読める」ということを前提に行った検証の結果、考えていることだけでなくそれに付随する記憶の一部や感情も読めることが分かると、「これはもう人の心読めてますね」という結論に達したのだ。
あちらの世界での私はどこにでもいるような普通の人間で、とてもじゃないがそんな超能力は持っていなかった。ということは、こちらに来てから手に入れた力なのか。
そういえば、と、神と名乗る存在を思い出す。
もう遠い昔のような記憶。使命を受け入れ、返事をした私に、あの青年のような存在は何と返しただろうか?
「頑張ってくれそうだし、おまけしといてあげるね」
突然、今言われたのではないかと思うほど鮮明に、その言葉が思い起こされた。
言われた時は何の事かと考えもしなかったが、おまけとはこの心を読む力のことだったのではないか?
こちらの世界に来てから、やたらと人の感情がすぐに理解できていたのは、この力のせいだったのかと今更になって気づく。
そっか、だからか。だからあの時も・・・。
心を読めるとわかった途端に、色んな物事がストンと胸に落ちる。
力が判明したところで良い方向に進みそうな事と、悪い方向に進みそうな事があった。
特に悪い方は、放っておくわけにはいかないだろう。仕方のない事ではあるけど、この先起こるであろうゴタゴタに少しだけ頭を抱えたくなった。
厩に行くと、田中先生が掃除をしていた。
当番では無いが、この人はこうやって空き時間にやたらと馬の世話をしたがるのだ。
「田中先生」
姿勢のいい背中に声をかけたが、彼は振り向かなかった。
それでもいい。聞こえているならそれでいい。
「昨日はすみませんでした!」
しっかりと頭を下げた。下げた頭を上げると、彼は手を止めこちらを向いていた。
仏頂面に、迷惑そうな目。
普通なら逃げ出したくなるところだが、心が読めると分かった今であれば見かけの怖さなどもう気にならなかった。
「激励の言葉を頂いておきながら失礼な態度をとってしまったこと、反省しています」
田中先生は、相変わらずの渋面のままだったが、少しだけ驚いているのが分かった。
この人のことを、私は完全に見かけだけで判断していた。
冷徹非道な鬼で、優しさのかけらもない、それはそれは酷い人なんだと思っていた。
けれど、それが間違っていたことを、心を読んで初めて知ったのだ。
昨日、無意識に読んでいた田中先生の心の中を思い出す。
「思い上がるな」という言葉の裏には、「助けられない人もいて当然だ」という想いが、「ただの人だ」という言葉の裏には、「責任を感じることはない」という想いがあった。
今だって、読まなければ分からないであろうが、私が立ち直ったことに少し安心しているくらいには、この人は情が深い人だった。
とても、かなり、史上最強に分かりにくい態度ではあるが。
「これからも精進しますので、ご指導のほどよろしくお願いします!」
もう一度頭を下げ、そのまま逃げるように厩を去る。
仕事をしよう。支えてくれる先生方に報いるために、私にできる精いっぱいで。
顔を上げると夏の空は驚くほどに真っ青で。
雲ひとつないこの空と同じように、私の心も晴れ晴れとしていた。




