第三十話 企みと拒絶と自己嫌悪
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人のない部屋へと連れ込めたまではおおよそ読み通り。
心許ない様子の聖女様は、諦めたかのように私を受け入れてくだされていたはずであった。
しかし、襦袢の紐を解こうと手を伸ばす私の耳に、前触れもなく、すすり泣きが聞こえてきたのだ。
驚きと共に手が止まった。
娘の目に溢れる涙は、私への拒絶を意味していた。
僅かに戸惑いつつ、どういうことだ、と逡巡する。
私の手際に、不快に思う隙はあったはずもない。
声を震わせながら「違うんです」と聖女様は仰られたが、幼い少女のようになおもしゃくり上げられておられた。
この様子では強引に迫るのは悪手であろう。こうなってしまっては、致し方もない。
その肌に手を触れぬように乱れた服をお戻しし、僅かに距離を取る。
ちらりと退席も考えたが、このようなお姿の聖女様を単身で放っておく訳にもいかず、溢れ出る涙の枯れるのをただお待ちするしか手立てはなかった。
翌日、朝の務めを終えた私は、珍しい時刻に聖女様と出くわした。
「おはようございます」
平素通りの笑顔を向ける。昨日のこともあり心中を探っておこうという腹積もりであった。
しかし思いもよらぬことに、聖女殿はかねてのように取り乱すこともなく、平然とした様で挨拶を返されたのだ。
「おはようございます。僧正様」
一体どういうことだと、面には出さずに頭を巡らせる。
昨日、この娘は泣いていたでは無いか。
私の腕の下で、あのように声を震わせながら泣いていたというに。
思い出したことで、不可解にも心の臓が掴まれるような感覚に苛まれる。
御しやすいと思うていた娘であったが、もしや見誤ったか?
「朝からお務めご苦労様です」
聖女様のその笑みは裏も表も感じれぬものであったが、目元には確かに涙の跡があるのを見たのだ。
突如として降って沸いた自責の念は、時間と共に形を大きくして行くこととなる。
脳裏から消えぬ泣き顔が、刻一刻と私を責めたてる。
何を悩むことがあるのか。ただ、涙が流れただけではないか。
取り立てるほどのことでもない、あれしきのこと。あれしきのことだ。
ただ触れて、拒絶され、泣かせてしまった、それだけの話。
たったそれだけの話を、過去のものと出来ぬ我が身の未熟さに、知れず息を衝いていた。
その上、その夜、私があのような思いをする事になろうとは・・・。
「道明様、朝でございます」
日の出と共に、晴彦が朝を告げる。
私が身を起こすと、音もなく下がった。
「・・・」
起き抜けの頭が、ある光景を脳裏に焼き付けながら覚醒して行く。
夢を、見ていたのだ。
淫らな、夢であった。
夢であったはずだが、艶かしい肌触りが思い起こされ、胸の奥でザワザワと騒ぎ立てるものがあった。
あの娘への自責の念を感じていたことは認めよう。だがしかし、このような情欲が許されていいはずもない。
夢の中にて、私は泣きじゃくる聖女様へ、とてもではないが、許されざれぬほどの狼藉を働いていた。
欲望のままに、その身を蹂躙していたのだ。
なんてことを、と、大罪を犯したかのような思いが、ギリギリと困惑する思考を縛り上げていた。
己の身と心がこれほどまでに理解しがたいのは随分と久方ぶりであったのだ。
幸運と言うべきか、苦しい思いの元であるその娘にその日会うことはなかった。
こちらから赴かなかったのである故、当然ではあるが。
三日後の宴への用意は大方済んでおり、計画も滞りなく進みつつある。
宴までに聖女様を篭絡できなかったことは予定外であったが、その程度で狂う計画でもない。
あの娘は、さぞかし驚くであろう。驚くだけならば良いが、また泣かせてしまうやもしれぬ。
また、泣かせてしまうやも、しれぬのか・・・。
まさかかねてより進めていた計画に、間近もなってこのような迷いが生まれるとは。
冷酷になりきれぬ未熟な身が、この時だけはわずかばかり恨めしいと思うた。




