第二十九話 愛のない慰め
襖を閉めると、明かりの無いその部屋は仄暗く、外が昼か夜かも分からない。
少し手狭な室内はとても静かで、現実ではないようなフワフワとした気持ちになる。
ぼんやりとした視界の中、僧正様が両手を広げているのが見えた。
誘われるがままにその胸に飛び込む。
優しく抱きしめられ、胸の奥から体の隅々まで僧正様の香りに満たされた。
本当に、慰めてくれるらしい。
「お辛いことがあったのですね」
ヨシヨシと、抱きしめたまま頭を撫でられると、もう何もかも忘れて縋りつきたくなる。貞操なんてそんな些細な事どうでも良いとさえ思った。
慰めてくれるのなら、それでいい。この体なんて好きにすればいい。
「私の前では取り繕わなくても良いのですよ」
頭を撫でていた手が、背中から腰へと回される。
腰をぐいと引き寄せられると、バランスを崩した私は床に倒れてしまった。
私の上には当然のように彼が覆いかぶさっている。
長い指が頬を撫で、私の唇をなぞる。それだけで吐息が漏れそうになるような、そんな手つきだった。
でも目を閉じようとしたところで、廊下をドタドタと歩く足音が聞こえた。
襖の向こうはまだ昼であることを思い出すと、少しの羞恥心が込み上げてきて・・・。
「やっぱり、夜に・・・」
しませんか?と言う前に口で口を塞がれた。
触れるだけのキス。それは、こちらの世界でのファーストキスだった。
口を離した僧正様は、蠱惑的な笑みを浮かべると私の胸元にキスを落とした。
「・・・っ!」
キスの跡を舌が這いながら、少しずつ襟元がはだけられていく。
「ぁ・・・」
くすぐったいようなもどかしい感覚に、思わず小さな声が出た。
頭の片隅では、相変わらずダメだと警告する声が聞こえていた。それも、もうどうでもよかった。
ただただ楽になりたかった。
僧正様が私の帯を解くのに合わせて腰を浮かせると、慣れた手つきの彼にあっという間に下着姿にされてしまう。
獣のような怪しい光を孕んだ目が、私を見つめる。
私の事が好きではない人。なのに私を、私の体を求めて来る人。
この人は、私の事が好きなわけではないと、私は知っていた。
でも、だからなんだと言うのだろう。
私を利用しようとしていたとして、それの何が悪いのか。
僧正の唇が、私のそれに重なる。
唇が離れると、下着の紐に手が伸びるのが見えた。
「お慕い申し上げておりまする」
蕩けてしまいそうな甘い声が降ってくる。
違う、嘘だ。この人は嘘をついている。
分かっている、分かっていて受け入れた。受け入れたはず、だったのに・・・。
なのに、目から涙がこぼれた。
それが涙だと自覚すると同時に、突然堰が切れたかのように涙が溢れ出してしまう。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、かつて私を愛してくれた人の温もりを思い出してしまったのだ。
傲慢にも、「愛されたい」と、思ってしまったのだ。
目の前には、すぐに涙に気づいた僧正様の困惑の顔があった。
「ちが、違うんです・・・!嫌なわけじゃないんです・・・」
下手な嘘をつきながら、何度も何度も涙を拭う。一度決壊してしまった感情は押しとどめる事が出来なかった。
愛のない行為など嫌だ。愛されたい。愛して欲しい。私を、ちゃんと愛して欲しい。
泣きじゃくる私に僧正様はそっと服を戻してくれた。
泣いていて彼の顔はよく見えなかった。でも、泣き止むまで黙って傍にいてくれたから、だから、彼のことがもう少しだけ知りたくなってしまったのだ。




