第二十八話 悪魔の囁き
【注意】
※このお話には流産の表現があります。
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聖女の業はちゃんと発動した。
お腹の赤ちゃんは助かり、おばさんは笑顔で帰って行った。
なんて、そうだったらどれほど良かったことか。
冗談めかした現実逃避をしながら、私は厩の隅で膝を抱えていた。
何度も何度も、先程の光景が頭の中を駆け巡る。
流れ出る羊水と真っ赤な血。産まれてしまった手のひらほどの小さな赤ちゃん。おばさんの泣き顔。
赤ちゃんは泣かなかった。ピクリとも動かなかった。聖女の業は、おばさんの痛みを軽くしても、赤ちゃんを生き返らせてはくれなかった。
助けたかった。助けられなかった。
助けたかったのに。助けようって思ったのに。
あの神は、「治して欲しい」と言ったじゃないか。
治せと言ったくせに、治せないじゃないか!!!
治せない。そう、何でも治せる力じゃないからだ。
この力が万能ではないことは知っていた、知っていたのに、助けたい人は助けられると、なぜ勘違いしてしまったのか。
思い上がりも甚だしい・・・!聖女だなんて呼ばれて持ち上げられて、いい気になっていたんじゃないか?!
自責の念に駆られて、膝を抱える腕に力が入る。自分を殴りつけてやりたい気分だった。
そんな時だった。静かな足音と共に、厩に山田先生が訪れたのだ。
この時間は誰も来ないと思っていた。なのによりにもよって嫌いな人が来るなんて。
「そんな所で何をしている」
仏頂面が近づいてくる。
何をしていても関係ないじゃないかと拗ねたようにそっぽを向くと、わざとらしいため息が聞こえた。
数分沈黙があり、それから彼はまた口を開く。
「思い上がるなよ」
その言葉に、鳥肌が立つほどの怒りを感じた。
普段であれば聞き流せただろう。だが、それは傷ついて落ち込んでいる同僚にかけるには、あまりにも酷い言葉だった。
思わず先生を睨みつけるが、その程度では仏頂面は少しも変わらない。
「お前はただの人だ。分かっただろう」
酷い。いや、酷すぎる。
山田先生に嫌われているのは分かっていた。
でも、いくら私が嫌いだからと言って、このタイミングでそんな事を言うなんて、鬼にだってもっと良心があるだろうに。
「山田先生の馬鹿!大嫌い!」
なおも続けようとした山田先生を遮るようにそう叫ぶと、返事を聞かないで良いように私は厩から飛び出していた。
厩を出て、その後私は、城にいた。
お美代さんと話したかった。
話して「大変でしたねぇ」と慰めて欲しかった。
けれど、いつもより何時間も早い帰宅に、出迎えてくれる侍女はいなかった。
行き場のない身に、重く沈んだ心が悲鳴を上げていた。
いっそ誰でもいいから慰めて欲しかった。誰かに優しく抱きしめて欲しかった。
そんな時には、決まって悪魔が現れるものだ。
「お可哀想に。どうかなされたのですか?」
その悪魔は、とても綺麗なお坊様の形をしていた。
艶かしい唇が誘惑を囁き、熱を帯びた眼差しが心臓を鷲掴みにする。
「私で良ければ、お慰め致しましょう」
まるで何もかも分かっているように、甘い言葉が理性を覆い隠していく。
差し出された手に、もう、抗うことはしなかった。




