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聖女の私にできること  作者: 三ツ陰 夕夜
第三章 お城暮らし

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第二十七話 買い出しと急患

 こ、怖いよぉ・・・。

 心の中でなさけない悲鳴を上げる私は、何故か馬の背中の上にいた。

「内ももと腰に力を入れて体を支えるのです」

 郷広先生が付きっきりで指導してくれているが、だからと言ってそう易々と馬に乗れるわけがない。

 何故馬の背中にいるかと言うと、それは当然乗馬のためだ。

 木村先生の方針で、この医療所の先生方は全員まず乗馬の練習をするのだそうだ。以前緊急出動した際にその話は聞いていたため、私もいつか・・・とは思っていたが、実際こうして練習してみると私には一生無理なんじゃないかという気すらしてくる。

「大丈夫です。その馬は賢いので落ちようとしない限りは落ちません」

 郷広先生に答えるかのように馬が「ブフンッ」と声を出す。

 もしかして、何を言われているか理解しているのか。確かにそれなら凄く賢い。

 そうか、そう考えてみればそうだ。乗馬と言われて乗り物に乗るような気持ちでいたが、この子は生き物なのだ。

 根本的な考え方が間違っていた事に気づいて前を向くと、馬の耳がピクピクとこちらを向いてくれているのに気付く。

 なんだか、馬にも応援されているみたいだ。

 気合を入れ直して、腰をまっすぐに立ててみる。「乗る」ではなく「乗せてもらう」という気持ちで背を伸ばすと、急に視界が開けて体が安定して。なんだか、乗馬もできそうな気がしてきた。



 と、思っていた自分に三十分後には後悔することになる。

 なんと私は、まだ馬の背中にいた。

 馬の手綱を握りながら歩いているのは、先程と同じく郷広先生。その後ろにはお凛さんがお供をしてくれている。

 買い出しだ。

 それも馬に乗りながら。

 郷広先生は凄く優しいお兄さんなのだがあれで意外とスパルタらしく、馬の上で上体を起こすのに慣れた私を「このまま買い出しに行きましょうか」と連れ出したのだ。

 パカパカと揺れる背中で必死にバランスを取る。お利口さんな馬はなるべく揺れないように歩いてくれているようだったが、それでも初心者にいきなり街歩きはハードルが高い。高すぎる。

 やっと漢方屋に着いた時には満身創痍だった。

「お疲れ様でした。帰りは歩きましょうか」

 足をガクガクさせながらお凛さんに捕まる私に、さすがに不憫に思ったのか郷広先生が提案してくれた。

「お医者様って、大変なんですね・・・」

 ヨシヨシと腰をさすってくれるお凛さん。

 本当に、この人が来てくれて良かった。私は帰りのことを考えて涙目になりながら、郷広先生の買い物が終わるまで彼女にしがみついていた。



 漢方屋を後にしてやっとの体で医療所に戻ると、難しい顔の木村先生が待ち受けていた。

 私の顔を見つけて珍しく数秒考え込む姿に、何となく嫌な予感がした。

「・・・聖女殿、診て頂きたい患者がおります」

 改まって言われると、何事かと胸騒ぎが大きくなる。私の力を知っている木村先生だ。大怪我くらいであれば治せるのを知っている。よっぽどの事がなければこんな言い方はしないだろう。

「分かりました」

 帰りの道中ですっかり元気が回復した足で木村先生の後に続く。医療所の外からでも聞こえていた痛みを訴える女性の声が、どんどん近くなっていった。

「こちらの方でございます」

 個室に寝かされていたのは、見た事のある顔。以前腹痛を訴えて来所していたおばさんだった。

 痛いと言うわりに凄くお喋りで、旦那さんのことを惚気けていたのを思い出す。食中毒かと思ったら妊娠だったことに驚いたんだったか・・・。

 思い出した情報に、もしやと、嫌な想像が頭によぎる。

 おばさんが痛みを訴えているのは前回と同じ腹部だったから。

「先生・・・っ!」

 祈るような気持ちで木村先生に声をかけた。

 思い違いであってくれと願った。でも、現実は残酷だった。

「おそらく、陣痛が来ております」

 女性のお腹はまだまだ小さい、妊娠周期はせいぜい五、六ヶ月と言ったところだろう。

「半刻前に子宮の収縮を抑える薬を飲ませてはみましたが・・・」

 半刻。一時間前ということか。その時間に飲んであの状態ということは、薬ではどうにもならないということなのだろうか。

 草順先生がおばさんの横にいるが、薬草博士の彼にもどうしようもないらしく、ただただ汗を拭いてやっているだけだった。

「このまま出産になったら子どもは助かりますか?」

 紛らわしい言い方をせずにあえてストレートに聞いた。あちらの世界でお産の経験はある。でもそれは産む側であって産むのを手伝う側ではなかった。

「子は諦めるのが懸命でしょう」

 木村先生の答えは、最も当たって欲しくなかった予想の通りだった。

 子を諦める。

 その言葉が、私の心臓をギリギリと締め上げ、頭からサッと血の気が引いた。

 嫌だ。それだけは嫌だ。

 「旦那に伝えないとねぇ」と、照れながらも嬉しそうに言っていたのだ。あんなに、嬉しそうに言っていたのだ。

 助けたい。助けないといけない。

「私がやります!」

「お待ちください!」

 おばさんの元へ駆け寄ろうとした私の手を木村先生は引き止めた。

「本当に、良いのですね?」

 怒っているのではないかと思うくらいの怖い顔で、先生は確かめるように言った。

 聖女の業は怪我は治せる。でも、陣痛は怪我ではない。

 治せる自信は、なかった。

「やります。やらせてください」

 キッパリと決意を告げると、先生はゆっくりと手を離してくれた。

 すぐにおばさんの元へ駆け寄り、膝をつく。

 陣痛の波が収まっているのか、おばさんはただ荒く呼吸をしていた。

「大丈夫、私が助けます」

 優しく声をかけ、笑顔を見せる。

 患者の不安を取り除くのも治療のひとつだと木村先生に教わっていたからだ。

 返事をしないおばさんの腹部に両手をかざし、業を使い始める。

 優しく眩しい光がお腹を包むと、おばさんの表情が和らいでいくのが見えた。

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