第二十六話 ハチワレ
ふらつく私を支えながら、僧正様は歩き出そうとする。おそらく、彼の部屋に向かって。
でも、その時、視界の端を横切ったものを私は見逃さなかった。
仔猫だった。
白黒のハチワレが、あちらの世界の愛猫の姿とよく似ていた。
「・・・!」
もう戻れない思い出に、一瞬で頭がクリアになる。私は、私はこんな事をするために転生した訳では無いのだ・・・!
「は、離してください、人を呼びますよ」
お腹にグッと力を入れながら、キッと僧正様を睨みつけた。今日はちゃんと意思表示をしたでは無いか。合意の上だと勘違いしてたなんて言い訳は通用しないはずだ。
体は密着していた。綺麗なお顔はすぐ近くにあった。そしてその、探られるような視線に数秒耐えると、唐突に「分かりました」と解放してくれた。
やけに素直で、少しだけ拍子抜け。
体が離れても、心臓はまだドキドキしている。でも今日は、自分の力でこの人に勝ったのだ。
「そのようなお顔をなさらないでください」
僧正様は反省している子犬のような顔でそう言っていたが、絶対に反省していないのは分かっていた。
許すなんて口が裂けても言うものか、お美代さんにもこの人には気をつけるように言わないとな!
そう心に誓った私は、大きく息を吸ってから足早にその場を後にした。
引越しの日はあっという間に終わり、その翌日。
城で朝食を取り終えた私は、医療所へと出勤していた。
出勤時間が1/3以下になったことで、朝の時間に余裕ができたのには本当に助かった。
「おはようございます!」
元気よく医療所へ入る。
いつもより早く出勤したのでゆっくりできるかと思っていたが、何やら先生方がザワついていた。そしてその中心には、普段医療所では見ない顔の男女が立っていた。
「聖女殿!」
男性の方が、大袈裟に驚きながらこちらを見る。あの四角い顔には見覚えがあった。
「あなたに治していただいた園田です。その節は誠にありがとうございました」
そう、園田先生だ。確か木村先生を庇ってお腹を切られていた、医療所での患者第一号。
傷が治ったあとは自宅で療養していたはずだが、もう回復したのか。
最後に見た時よりふっくらとしている頬を見ると、歳の割に生命力が強いのかもしれない。
そんな園田先生と外国人のように握手で挨拶していると、木村先生がその後ろからひょいと顔を出した。
「今日からまたこちらで働いて頂けることになりましたので、挨拶をしておりました」
園田先生はうんうんと頷く。私より頭二つ分背の高い彼は、肩幅も広く、主に力仕事で頼りになりそうだ。
そして、「それから」と木村先生が誰かを呼ぶ。
現れたのは、やけに見覚えのある見た目の初めましての女性だった。
「お凛と言います!父共々お世話になります」
父?とお凛さんの隣に立つ園田先生の顔を見る。
なるほど、目と鼻がそっくりで、ひと目で親子と分かるほどだ。だから初めてなのに見覚えがあったのか。
「お凛さんは、聖女殿の話を園田先生から聞いて、ぜひお役に立ちたいと申し出てくださったのです」
「こんな男所帯の中に乙女が一人なんて信じられませんもの!先生方は気が利かなすぎるんですよ!」
どうやら、医術を学ぶと言うより、私をフォローしてくれようと名乗りを上げてくれたらしい。
同年代とは思えない気の回し方に、彼女の優秀さが垣間見えた。
園田先生とお凛さん、この二人が増えたことで、医療所でのお仕事がより一層楽しくなる気がした。




