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聖女の私にできること  作者: 三ツ陰 夕夜
第三章 お城暮らし

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第二十五話 油断

 お美代さんと一緒に植木の茂みを覗き込んだが、お目当てのモフモフは見当たらなかった。

 「うーん残念ですね」と二人して唸りながら立ち上がる。

 この時、お美代さんが一緒にいるからと私は完全に油断してしまっていた。

 ここはもうあの人のテリトリーの中だと言うのに。

「こんにちは」

 御堂の方から聞こえてきた挨拶。声だけで分かる、僧正様だ。

 お美代さんは少し頭を下げて後ろに下がった。侍女としては正しいのだろう。でも!今の私が求めているのは間に立って防波堤になってくれることだよ!

 私が返事を返さないのも気にせずに、彼は庭に下りたのだろう。こちらに近寄って来る音が聞こえるし。

「お探しはもしや、仔猫にございますか?」

 何もかも見透かしているかのような笑顔を浮かべてゆっくりと近づいて来るのが、視界に入ってしまった。

 しかもこの人は、つくづく適切な距離というものを知らないらしい。

 先日の痴態を思い出しそうになり少し腰が引けたが、お美代さんの前で無様な姿は晒すまいと持ち直した。

「ちょうど探すのを諦めたところでした」

 跳ねる心臓を押さえつけ、できるだけ平然とした態度で答えた。

 大丈夫、私にはお美代さんがついている。

「部屋へ戻りましょうか?」

 殿のように堂々と、木村先生のように平然としながらお美代さんに声をかける。

 元一般家庭出身でも、周りの人間を真似ればこの位の立ち振る舞いはお茶の子さいさいなのだ。

 そう、思っていた。のだが、付け焼刃程度ではこのお人に叶う訳もなく・・・。

「猫と言えば鰹節ではございませぬか?」

 帰ろうと踵を返した足が、張り付いたかのように動かなくなる。

 全然大丈夫じゃなかった。

 お美代さんの耳を塞がなければ。そう思ったが、この人はそんな猶予を与えてくれる人ではない。

「料理番であれば鰹節も用意出来ましょう」

 その言葉に「そうですね!」と返事をしたお美代さんは、静止しようとした私の声を待たずにまんまと台所へ走って行ってしまったのだ。

 やられた・・・。やられてしまった!!

 背を向けてしまったため僧正様の表情は見えなかったが、何を考えているかはここまで来ればもう分かりきっていた。

 ザッザッと近づいてくる音に、絶望すら覚える。

 背後で立ち止まったと思った次の瞬間、私は、ふわりと僧正様の両腕に包まれていた。

 触れてはいなかった。

 触れずに抱きしめてきたのだ。

 いっそ力強く抱き留められた方がまだマシだと言うほどの生殺しのような体温。

 全身を包み込む甘く切ないお香の香り。

 目の前で組まれた、僧正様のスラリと長い指先。

 泣きたくなるようなもどかしい切なさで、息が止まってしまいそうになる。

「ずっと、お待ちしておりました」

 甘い囁きが耳から私を侵し、頭の後ろがビリビリと痺れた。

「ふたりきりで、お話がしとうございます」

 吐息が首筋を撫でる感覚に思わず体が震える。

 駄目だ駄目だ駄目だ!

 この熱に従ってはいけない!

「止めてくださいっ・・・!」

 僧正様の両腕を押しのけるように退かして抵抗を試みる。初めて拒否らしい拒否ができたことに一瞬「逃げれるのではないか?」とも考えたが、そこは男性の力。

 解放されることはなく、逆にしっかりと抱きしめられてしまった。

 背中が、僧正様に密着している。

 服越しでも硬く筋肉質な肌の感触が感じられ、力でかなうことはないのだと思い知らされる。

 抱き潰されることも少し覚悟していたが、そんな乱暴な事をしないのが憎たらしいところ。彼は身構える私の手を取ると、そのまま視線の位置に持ち上げた。

 手首の辺りが少し赤い。昨日殿に付けられた指の跡だ。

 昨日よりは多少薄くはなっていたが、まだ見れば分かる程度には赤い。

 現場にいたこの人だって見ていたから、これが何なのか分からないはずもないのに、なぜだかまじまじと見られている。

 僧正様の行動に少し不思議に思っていると、その顔がゆっくりと近づいてきて、赤い跡に唇が触れた。

 触れたまま、跡に沿ってゆっくりと唇を這わせて行く。

 目を離したくても、離せなかった。

 目の前で繰り広げられる妖艶すぎる光景に、瞬きも出来ない。そのせいで、上目遣いな視線と目が合ってしまう。

「ぁ・・・っ」

 くすぐったいだけのはずなのに、体の底から湧き上がってくる衝動が口から零れ出た。

 それだけであっさりと腰が抜けてしまい、体が僧正様に寄りかかるように倒れ込んでしまった。

 急に体重を預けられたというのに、逞しい身体はふらつくこともなく、しっかりと私を受け止める。

「私の部屋に、来てくださいますね?」

 さもなくばここで続けるぞと言わんばかりに、挑発的な声が聞こえた。

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