第二十二話 お福さん
あれよあれよと引越しの話の詳細が決まり、ぐったりと思い足取りで私は帰路に着いていた。
善は急げとばかりに引っ越しの日は明日の朝。空いている、城の東の部屋へ引っ越して、今後は医療所へはそこから通うようにとのことだ。
ちなみに、私は引越しの話の間一言も発していない。
私の引越しの話なのに、だ。
木村先生も殿も心配してくださるのはありがたいが、話を勝手に決めるのは本当にやめて欲しかった。
そして僧正様、彼のことは絶対に許さない。
憎々し気な思いを胸に秘めたまましばらく足を進めると、小さな橋の向こうに既にのれんを外したお福さんの店が見えた。
あばら家なんかじゃない。多少ガタが来ていても、ここは私とお福さんの家だ。
傷だらけだが愛着のある入り口から店に入る。すると、掃除中のお福さんが出迎えてくれた。
「ただいま」
「おかえり!今日も疲れたみたいだねぇ」
優しい笑顔に身も心もほっとする。ここでは嫌なことも難しいことも考えなくていい。この世界でできた一番のオアシスなのだ。
食卓を囲んで、お福さんと一緒に晩ご飯を食べる。
いつもであれば、お福さんの美味しいご飯をもりもり食べてぐっすり寝れば大抵の悩みは吹き飛んでいく。でも今日は、全く箸が進まなかった。
原因は明白だ。引越しをなかなかお福さんに切り出せずにいるのだ。
しょぼくれた気持ちが態度に出たのか、お福さんはぽんぽんと頭を撫でてくれた。この優しい手が好きだった。
「大丈夫、あたしも知ってるから」
驚いて顔を上げると、彼女は、少し寂しさの混じった笑顔を浮かべていた。
引越しするということを、お福さんは既に知っていた。
気を利かせた誰かが先に知らせてくれたのか?いや、今はそんなことどうだっていい。
「お福さぁん」
寂しさが溢れ出し声が震える。目に溜まった涙を流れないように堪えた。
「私、私・・・!」
行きたくないとは言えなかった。
あの人たちが危惧する問題は、確かに遅かれ早かれどうにかしないといけないものであって、どうにかするということはそのまま引越しを意味するからだ。
このままここにいると、私だけでなくお福さんにも危険が及ぶかもしれないということだからだ。
福さんは私の隣に座ると、バッと両手を広げた。その胸に迷わず飛び込むと、抑えきれなくなった寂しさで涙が溢れた。
お福さん。大好き。ありがとう。さようなら。大好き。
心の中で何度も何度も繰り返す。声を上げながら泣きじゃくる私をお福さんは優しく抱きしめてくれていた。
「お福さん、一緒に寝てもいい?」
隣の布団に寝るお福さんに声をかけた。
我ながらなんて幼いことを言うのかと思う。それでも、ちっぽけなプライドで最後の夜を無駄にはしたくないと思った。
「いいよ、おいで」
お福さんは布団をめくって受け入れてくれる。抱きつくとポカポカとした体温が体を包んだ。
この世界に転生して、右も左も分からない私の味方になってくれたお福さん。
この力を気持ち悪がらずに応援してくれたお福さん。
本当はひとりになるのが寂しいのに何も言わないでいてくれるお福さん。
「私、お福さんのことお母さんだと思ってもいい?」
囁くように聞くと、お福さんはおでこをごちんとぶつけてきた。
「何言ってんだい、あんたはとっくに私の娘だよ」
この優しくて暖かい人がこれからもずっと幸せでありますように。そう祈りながら私は目を閉じた。




