第二十一話 殿の視察、そして
ざわめきと共に現れたのは、ピカピカな模様が描かれた豪華な駕籠だった。
予定時間より少し早い殿の登場に、医療所の先生方がばたつきながら患者の列を整理し始める。
せっかちなお偉いさんは迷惑なものだ。
ちょうど水を汲んでいた私も、手を止めて慌てて木村先生の元へ向かった。
この時のために用意していた部屋には、既に木村先生が待機していた。部屋の真ん中の布団に寝ている患者さんは、昨日手首を骨折した畳職人さんだ。既に話は通してあり、殿の視察に協力してくれることになっている。
本当であれば木村先生の隣にでも座りたかったが、どうぞと患者の隣へ座るよう促されてしまう。
気が重いが仕方がない。布団の傍らに座りため息を着くように気合いを入れると、ちょうど良いタイミングでご一団が到着した。
案内役の山田先生を先頭に、殿とその護衛が2人。その後に続いたのは、なんとあの、僧正様その人だった。
なんであなたがいるんですか!?
驚く私にわざとらしくニコリとしたその人は、そのまま涼しい顔で下座に座った。
お客様方の前で顔をしかめる訳にもいかない。これだけ人がいれば下手なことも出来ないだろうし、一旦あの人のことは後回しにしようと顔を逸らす。
殿は当然上座に、護衛はその両脇に座ると、畳職人さんは可哀想なくらい緊張しながら上半身を起こした。
全員の準備が整ったのを確認している木村先生が今日の進行係だ。
「この度はわざわざご足労頂きまして、心より感謝申し上げます」
「よいよい」
あいさつが始まると、殿は堅苦しいのはごめんとばかりに手をヒラヒラさせる。いつもの事なのか、先生は慣れたように続けた。
「では、早速ご紹介させていただきます。こちら畳職人の彦三郎殿でございますが、ご覧の通り右の手首が折れております」
彦三郎さんが、打ち合わせ通り右手を殿に見えるように掲げる。折れて腫れているから相当痛いはずなのに、かわいそうだ。
「これで、折れておるのか?」
殿がよく見ようと前のめりになる。気になるのは分かるが、彦三郎さんが可哀想なので遠慮してあげて欲しい。
打ち合わせではすぐ手を下ろして治療にという流れだったが、殿は怪我人が珍しいのか観察を続けていた。このままでは触らせて欲しいと言い出しそうだ。
「ぅ・・・」
彦三郎さんが漏らす苦痛の声に、殿は気づかない。
きちんと説明した上で快諾してくれたとはいえ、痛みに苦しむ患者を放っておくのは心が痛んだ。
「これより聖女殿の業にてこちらを治してご覧に入れます」
木村先生も同じ気持ちだったのか、殿の気が済むのを待たず進行を再開してくれる。
先生のアイコンタクトで彦三郎さんが右手を下ろすと、私はすかさずそこに両手をかざし、業を使い始めた。
「おおお?」
私の手のひらから溢れ出す光を見つけて、殿が突然勢いよく駆け寄ってきた。
あまりの勢いに彦三郎さんが思わず仰け反ってしまった為、それに合わせて手の位置を調整しなければならなかった。
治療が止まらなかったからまだいいが、この人は自分の立場を分かっていないのだろうか?
すこしムッとした気持ちを落ち着かせながら治療を続ける。光の下で腫れがみるみる引いていくのを、殿は目に焼き付けるように凝視している。
終わったという手応えを感じ業を止めると、殿は無遠慮に彦三郎さんの手を掴み、手首を動かし始めた。
もう痛みはないだろうが、明らかに先程まで折れていた手首に対する所業ではないんだけど・・・。
「治っておる・・・!」
「痛くねぇ・・・!」
患部を確認していた人と確認されていた人の声が重なった。
簡単な治療だった事もあり、数分で終わってくれて助かった。何をし出すか分からないお偉いさんの前というのは精神的に疲れる。
そんなことを考えていると、唐突に腕を引き寄せられた。
今度は私の手の方を確認したかったらしい。殿は穴が空いてしまうのではないかと思うくらいに私の手のひらを凝視していたから。
見るのは良いが、興奮からか手首を掴む力が、強い。強すぎて・・・痛い。
「痛いです・・・」
たまらずに声をあげた。
「すまぬ」とすぐに離してくれたが、掴まれていたところにはうっすらと殿の指の痕がついてしまっていた。
「木村から聞いておったが、これほどまでとはな!天晴れじゃ!」
大袈裟にお褒めいただいたので、礼儀として「光栄です」と頭を下げたが、手首はまだ痛い。
この場で治してもまた痕をつけられそうなので、殿が帰ってから治すか・・・。
そういえばあの人はと思い出し、頭を下げながら僧正様の様子を伺ってみた。
少しは驚いているかと思ったが、相変わらずのお綺麗な顔に微笑みを浮かべていた。これくらいの距離感なら鑑賞するのにもちょうどいいのに。
ずっとこの位離れていて欲しいと、切に思う。
そして見つめていると、当然のように目が合う。この状況では何も出来まいと侮っていたのを見透かすように、僧正様はゆっくりと口を開いた。
「殿、ひとつよろしいでしょうか」
「あぁ、申してみよ」
この人に今までされてきた所業を考えてみても、物凄く嫌な予感がした。
いや、予感と言うより予想か。
「私も聖女様のお力には心酔いたしました。それゆえ、案じてしまうのでございます。このように凄まじいお力ともなれば、邪な考えを抱く者もおりましょう」
我が耳を疑った。
邪な考えを抱く者。その筆頭としか思えない人が、よくもまあぬけぬけと!上げるタイミングを逃した頭を床に付けたまま、思いっ切り顔を顰めてしまった。
いつか誰かに刺されてしまえと、半ば本気で思う。
「聞けば、聖女様はあばら家にお住まいだとか」
その言葉に驚いて木村先生を見た。うんうんと頷くのを見るに、先生がこの人に漏らしたのか。
確かに、戸は最後まで閉まらないし、雨漏りはする。女性の二人暮らしには少し無用心なのは否めないが、この悪魔に話してしまうのは完全に悪手だろうに!
ここに来て、救世主のはずの先生の鈍さに足を取られるとは思いもしていなかった。
僧正様はそれ以上何も言わない。分かっているのだ、それだけで話が通ることを。
「それは由々しきことじゃな!」
案の定、殿の庇護欲に火がつく。
止められる人は、恐らくこの場には誰一人いない。
「東の部屋が空いておったはずじゃ、すぐに移り住むが良い」
考えもしなかった展開に思わず顔がひきつった。勝手に引越しを決められ文句のひとつも言いたかったが、殿のご命とあらば従わないという選択肢は存在しなかったのだ。




