第八話 登城
翌朝、というかもう昼前の時間になってしまったが、私はお城の中にいた。
自分でも何がどうしてこんな急展開になったのか驚いていた。が、なんとこのお城の主に呼び出しを受けたらしいのだ。
昨日、医療所で働くことを決めた私は、やる気満タンで朝早くに医療所へ向かった。だが医療所に着くより先に、私を迎えに来た木村さんとバッティングしたのだ。
なんでも、城主様が私を呼んでいるとの事で、働きたいという返事もそこそこに呉服屋さんに連れて行かれ、お店の女将さんに体を拭かれて着替えさせられ、駕籠に乗って登城したという流れだ。
歩かなくていいようにという気遣いはとてもありがたかったが、あの乗り物にはもう二度と乗るまいと心に決めた。
お城の中に入ってすぐに、一緒に登城した木村さんはどこかに行ってしまったし、時代劇の映画のセットのような仰々しい部屋に一人だけで待機させられて早三十分くらい。
厳密には部屋の端に警備をしているようなお侍さんもいたし、廊下の方に「何かございましたらお呼びください」と控えている侍女の人もいたが、気軽に声をかけられるような雰囲気ではなく、これはもう一人と言っていい状況だった。
慣れない着物で締め付けられたお腹は苦しくて、ものすごい力で引っ張りながら結ばれた頭皮は痛い。足の健康を優先して正座はとうに崩していた。
早く解放して欲しいと思いながら、向こうの襖に描かれている動物の絵に視線を戻す。こういう場面にならなければ気づかなかったのだが、こういう襖や屏風の賑やかな絵は待ち時間にお客さんを退屈させないためなんだなぁというのは個人的な大発見でもあった。
この時代の建物は音が響く。ので、私が入ってきたのと逆側の、恐らく城の奥の方からダダダッと何人もの足音が聞こえてくるのに気付いた。
慌てて正座をし直して服を整える。こういう時に鏡がないのは不便だ。
スッと音も立てずに襖が空いて登場したその人は、一段高い位置にあった高そうな座布団にドカッと勢いよく座った。
ちょんまげだ。
こちらの世界に来て、もうお侍さんは何度か見ていたが、こんなに近くでちょんまげを見るのは初めてだ。
改めて不思議な髪形だと思う。
あ、やばい。
思わず凝視してしまったが、木村さんの「殿がいらしたら頭をお下げください」という言葉を思い出し慌てて頭を下げた。
ちょんまげばかり見ていたけど、その人はパッと見ただけで高価だとわかる服を着た、いかにも殿様と言う風体のヒゲのおじさんだったのだ。
昔ドラマで見た織田信長よりは優しそうな雰囲気だった。でも、時代劇とかだとお偉いさんに不敬だと言うだけで凄く怒られていた気がする。
さすがに切られたりは、していなかったと思う。・・・思いたい。
「よいよい、面を上げよ」
ハッキリと力強い、けれど雰囲気通りの優しい声にホッと胸を撫で下ろす。
寛大なお心の城主様で命拾いした。
お言葉に従いゆっくりと頭を上げると、城主様の近くに木村さんが座っていて、目が合うと大丈夫ですよと言うように微笑んでくれた。
城主様は珍しい生き物でも見つけたかのような愉快そうな表情で私を凝視している。相手が相手だけに無礼な態度を取る訳にもいかず、非常に居心地が悪い。
「木村、この娘がその聖女とやらで間違いないか?」
「左様にございます」
「なるほどのぉ・・・その方、名前は何と言う」
そう聞かれて、ハッと気がつく。今までずっと記憶が無いと思って貰っていたので、一度も名前を呼ばれたことがなかったのだ。
今さら「実は名前だけ思い出しました」なんて下手なことも言えるはずもなく、だからと言って堂々と嘘がつけるほど口が上手いわけでもない。
かくして、いきなり始まった城主面談は、開始早々自分の準備不足を後悔することになったのだった。




