消された名前
その夜、私は眠れなかった。
ノートパソコンの青い光が部屋を満たしていた。
検索窓に入力した名前、イ・スヨン。彼女の痕跡はあまりにも希薄だった。
名前:イ・スヨン。年齢:25歳。最後の足取り:3年前10月、漢南洞の個人作業室。失踪後現在まで生死不明。
私はしばらく画面を見つめた。
名前のある人を探すということは、存在の最も基礎的な確認だ。
しかし、イ・スヨンは世界のどこにもいなかった。絵の中の一場面を除いては。
「失踪にしてはあまりにも静かじゃないか。」
独り言が口から漏れた。
ニュース記事一つ、ブログ一行。
まるで誰かがわざと彼女の痕跡を消したかのように、イ・スヨンの人生は絵一点にしか残っていなかった。
絵は誰かの記憶であり記録だ。だとすれば、その場面を残した人は…絵を描いた人は誰だろう?
私はノートパソコンを閉じて窓の外を見た。
漢南洞のネオンサインが遠くで輝いていた。
その光の中のどこかに、イ・スヨンの秘密が隠されているのかもしれない。
しかし、今は何もできなかった。ただ、頭の中で彼女の声がこだまするだけだった。
「助けて…お願い、ウンビ。」
彼女が私の名前を呼んだ瞬間、私の心臓は凍りついた。
これは単なる幻影ではなかった。絵は私に何かを伝えようとしていた。
翌朝、国立現代美術館へ向かう道は、なぜかさらに重く感じられた。
出勤チェックをして、オーディオ設備を点検しながら、普段通りに一日を始めた。
しかし、指先は依然として冷たかった。
第3展示室。『無題 – 肖像』がかけられている場所。午前の来館者がいない隙を見て、私は再び絵の前に近づいた。
白い壁、ほのかな照明の下、彼女の瞳は依然として私を見つめていた。
「今度は…もっと深く見られるだろうか。」
私は慎重に手袋をはめた手を上げて絵のフレームに触れた。
ドーセントとして絵に触れることは禁止されているが、この能力は指先を通じて伝わる。息を吸い込んだ瞬間、おなじみの電流が脳に広がった。
目の前がぼやけ、私は別の世界に吸い込まれていった。
色あせた天井、絵の具が飛び散った木の床、長い窓の隙間から日が差し込む作業室。雨の匂いは消え、代わりに暖かい日差しが部屋を満たしていた。絵の中の女性、イ・スヨンは依然としてキャンバスの前に座っていた。灰色のドレス、おとなしい手、そして彼を貫く瞳。
しかし、今回は違った。彼女の前に、男が立っていた。
黒いシャツ、白いエプロンには絵の具がついていた。筆を握った手は止まっており、彼の目はイ・スヨンを見つめていたわけではなかった。
彼は…彼女の恐怖に耐えていた。
「これは…芸術じゃない。」
彼の声は低く、かすれていた。芸術に没頭した画家の言葉ではなかった。
葛藤と苦痛、恐怖が入り混じった告白のようだった。
私は彼の視線でイ・スヨンを見た。彼女は動かなかった。
しかし、彼女の指先が微かに震えていた。恐怖だった。
その瞬間、男の瞳が突然私に向いた。
「……!」
息が止まった。彼は絵の中の空間で私を認識していた。彼の目は深く、静かな怒りに満ちていた。まるで私に警告するかのように。
「ウンビさん!」
突然の叫びに私は現実に戻った。カンチーム長が戸惑った顔で立っていた。
「大丈夫ですか?またぼんやりと…何かに取り憑かれた人みたいに、本当に大丈夫ですか?」
私は頷けなかった。指先は氷のように冷たかった。今見たあの男、彼の眼差しは単なる「記憶の再現」ではなかった。
彼は生きていた。どこかに、あるいはまだこの絵の中のどこかに。
「大丈夫です…ただ、少しめまいがして。」
私は無理に笑って答えた。
カンチーム長は目を細めて私をじっと見た。
「ウンビさん、最近少し無理してるんじゃないですか?あの絵、あまり気にしすぎないでください。ただの芸術品ですから。」
彼の言葉は柔らかだったが、どこか鋭い響きがあった。私は頷いたが、心の中は混乱していた。
退勤後、私はユリムと漢南洞のいつものカフェへ向かった。ユリムはラテの上に描かれたハートの形を見てぶつぶつ言った。
「このバリスタ、毎日ハートばっかり描くね。次はお星様描いてって言わなきゃ。」
私はふっと笑ってコーヒーカップを見下ろした。しかし、頭の中は依然としてあの作業室、あの男の眼差しでいっぱいだった。
「ユリム、今日…またあの絵を見たの。」
私は慎重に口を開いた。
ユリムはカップを置いて目を丸くした。
「何?また?ねえ、チョン・ウンビ、あんた本当にあの絵に取り憑かれたんじゃない?今度は何見たの?」
私は息を整えて言った。
「今度は女の人じゃなくて…男の人がいたの。画家みたいだった。でも…彼が私を見たの。私の名前を知ってるみたいに。」
ユリムの表情が固まった。
「何?名前?ウンビ、それちょっと怖いよ。本当に。もしかして…あんたの見間違いじゃない?」
「違う。はっきりしてた。彼は私を見てた。そして…『これは芸術じゃない』って言ったの。」
ユリムはため息をついて首を振った。
「ねえ、これはただの絵じゃないよ。何かおかしい。ユソン文化財団とも関係あるじゃない。あの財閥、キム・テヒョン会長…なんか怪しくない?」
私は頷いた。
「そう。そしてイ・スヨン、あの失踪した女の人…彼女もユソン文化財団で働いてたって。アートコンサルタントだったの。」
ユリムは口をあんぐり開けた。
「マジで?じゃあこれは単なる偶然じゃない。ウンビ、私たちこれ、本当に掘り起こすべきなんじゃない?でも…あんた大丈夫?顔がどんどん青白くなってる。」
私は手で目元をこすった。視界がまたぼやけてきた。この能力を使うたびに、私の目はどんどん弱くなった。しかし、止めることはできなかった。あの男の眼差し、イ・スヨンの声が私を捕らえていた。
「大丈夫。ただ…少し調べてみなくちゃ。あの男が誰なのか、なぜ私を見たのか。」
ユリムはため息をついて言った。
「よし、探偵チョン・ウンビ。でも一人でやらないでね。私も手伝うから。その代わり、今度はチキンじゃなくてコプチャン奢ってね!」
彼女の冗談に私たちは同時に笑い出した。しかし笑いの裏で、不安はどんどん大きくなっていった。
その日の夕方、家に帰って私は机に座った。指先が震えた。
絵の中の男の眼差しが頭から離れなかった。私は静かに画材道具を取り出し、久しぶりにスケッチブックを開いた。
ドーセントとして絵はよく見ていたが、自分で描くのは久しぶりだった。
感覚に導かれ、手が動いた。鉛筆が紙を擦って線を描いた。
彼の黒いシャツ、絵の具のついたエプロン、そしてその瞳。静かな怒り、淡々とした悲鳴のような表情。
一線、また一線。私は息を殺して彼を描き出した。彼の目は深く、何かを語りかけようとしているようだった。
スケッチが完成した瞬間、私はハッと止まった。
「……誰ですか?」
自分に問いかけた質問は空気の中に消えなかった。スケッチブックの上、彼の目が本当に私に向かって笑っているようだった。
私は鉛筆を置いて息を整え、スケッチを眺めた。この男は誰だろうか。イ・スヨンとどんな関係なのだろうか。そしてなぜ…私を知っているのだろうか。
翌日、美術館はいつものように静かだった。しかし、私はもう普通のドーセントとして働くことはできなかった。
第3展示室に入ると、『無題 – 肖像』が私を待っていた。
私は慎重に絵の前に立った。手袋をはめた手を上げてフレームに触れた。
再びあの作業室が思い浮かんだ。色あせた天井、絵の具の匂い、そしてあの男。
「これは芸術じゃない。」
彼の声はさらに鮮明だった。そして今度は、彼の目が私を真っ直ぐ見た。
「ウンビ…気をつけろ。」
私は息を止めた。彼は確かに私の名前を呼んだ。
その瞬間、展示室のドアが開いた。足音が近づいてきた。私は手を離して後ろを振り返った。
カンチーム長だった。
「ウンビさん、またここで何してるんですか?今日はちょっと忙しくて気が散るでしょうに。」
彼の声は柔らかだったが、眼差しは鋭かった。
「ただ…絵を見ていただけです。」
私は無理に笑って答えた。
カンチーム長は絵をちらりと見て言った。
「この絵、良い作品ですよ。でも…あまり深く踏み込まないでください、ウンビさん。好奇心は時に危険を伴うこともありますから。」
彼の言葉が終わると、展示室の照明が点滅した。私は心臓がどきりと落ちるのを感じた。
絵は私を呼んでいた。そして私は今、名前のない絵の秘密の中へますます深く入り込んでいた。
その夜、私はスケッチブックを再び広げた。あの男の顔は依然として私を見つめていた。
彼の眼差しは警告であり、訴えでもあった。
イ・スヨンは誰だったのか。あの男はなぜ私を知っているのか。そしてユソン文化財団は、この全てとどう絡んでいるのだろうか。
私は鉛筆を手に取り、彼の顔の横に書き込んだ。
「気をつけろ。」




