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ドーセントの目《絵の記憶》  作者: プロトリアン
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眠れない夜

眠れない夜


その夜、私は眠りにつけなかった。目を閉じると、必ずあの部屋が頭に浮かんだ。

雨が降る窓辺、キャンバスの前に座る女、そして鋭い刃物。

慣れ親しんだ絵の具の匂いはどこにもなく、鼻をつくのは生々しい血の匂いだった。想像ではなかった。

私は明らかに誰かの最後を見たのだ。


「助けて。」


その女の声は耳元でしつこく響いた。小さく震える声だったが、私の胸を強く締め付けた。

私は枕を抱きしめて寝返りを打った。ソウルの夜は静かだったが、私の頭の中は嵐のように騒がしかった。


絵の中のあの女は誰だったのだろう。なぜ私にそんな瞬間を見せたのだろう。

そして…本当に私が次なのだろうか。


私は起き上がって窓を開けた。漢南洞ハンナムドンのネオンサインが遠くで瞬いていた。

その光のどこかに、私が見たあの女の痕跡があるのかもしれない。しかし、今は何もできなかった。

ただ、闇の中でその声を反芻するだけだった。


---


翌朝、国立現代美術館に到着した私は、最大限何事もなかったかのように振る舞った。

出勤チェック、オーディオ機器の点検、ドーセント間の朝の会議。慣れたルーティンは私を落ち着かせてくれるようだったが、指先は相変わらず冷たかった。


「ウンビさん、今日の午後、ギャラリーHでVIPツアーがあるそうです。午後休暇を取って行ってきてください。」


学芸員のカンチーム長がコーヒーを飲みながら言った。

彼の声はいつもゆったりしていたが、今日はどこか重く聞こえた。


「漢南洞ですか?」


私は顔を上げて尋ねた。


「うん。ギャラリーHとうちの美術館が共同展示を推進中だから。VIPツアーだから、ちょっと気を遣って準備してください。」


嬉しいことだった。

新しい作品、新しい空間、新しい物語。ドーセントとして、このような機会はいつもワクワクする。

しかし、「ギャラリーH」という名前が頭の中でチクリと刺さった。どこかで聞いたことのある名前だった。


「ギャラリーH…もしかして、ユソン文化財団が運営しているところではないですか?」


私は慎重に尋ねた。

カンチーム長は頷いた。


「そうです。ユソンが今回の展示を後援し、ギャラリーHもそちらで管理していますね。まあ、財閥だから金持ちで絵もよく買い入れるんでしょう。」


彼の言葉に私は微笑んだが、胸がどきっとした。

ユソン文化財団。昨日私が見たあの肖像画、<無題 – 肖像>の寄贈者。

そして…あの女の最期の叫び。


「助けて。」


---


午後3時、私は漢南洞のギャラリーHへ向かった。漢南洞は芸術と資本が絡み合う街だった。


ギャラリーとカフェ、ブティックが立ち並ぶ路地は日差しの中で輝いていたが、私の指先は相変わらず氷のように冷たかった。


ギャラリーHは予想より静かだった。ガラスのドアを押して入ると、冷たいエアコンの風と共に絵の具の匂いが鼻をかすめた。

ギャラリーマネージャー、30代前半の鋭い印象の女性が私を迎えた。


「ジョン・ウンビドーセントさん?VIPツアーの準備でお越しですよね?こちらへどうぞ。」


彼女はきちんとまとめた髪を軽く揺らしながら先導した。展示室は静かだった。

白い壁に掛けられた絵画はどれもが妙な雰囲気を放っていた。


「今、この部屋は『作者不明』がテーマです。作者情報が明らかになっていない作品ですね。」


マネージャーの言葉に私は頷いた。しかし、足を止めた。壁の中央に掛けられた絵。


絵の中の女。昨日私が見たあの女だった。


灰色のドレス、膝の上に上品に置かれた両手、そして…私を射抜く瞳。心臓がドクンドクンと鳴った。


私は近づいて名札を確認した。

<無題 – 灰色のドレスの女性>寄贈者:ユソン文化財団


ユソン。その名前を見た瞬間、息が止まるかと思った。

国立現代美術館の今回の展示の後援者、そしてこの絵を寄贈したまさにそのグループ。昨日私が見た「死の場面」は彼らと繋がっていた。


「あの絵、妙だと思いませんか?」


突然の声に私は後ろを振り返った。ギャラリーのスタッフ、20代後半に見える男性が立っていた。

彼の名札には「チェ・ユンジェ」と書かれていた。


「モデルが行方不明の女性だそうです。3年前、漢南洞で。」


彼は静かに囁いた。


「でも、遺体はまだ見つかっていないそうです。失踪届だけあって…」


心臓がドクンと音を立てた。失踪者。ユソン文化財団。そしてあの絵。


私は努めて冷静さを保ちながら尋ねた。


「失踪者ですか?それは…どういうことですか?」


チェ・ユンジェは周囲を見回しながら声を低くした。


「3年前、漢南洞で若い女性が姿を消しました。名前は…イ・スヨン、だったかな?当時ニュースにも少し出ましたが、あまり注目されませんでした。この絵がその女性とそっくりだという噂がありました。」


彼の言葉が終わる前に、頭の中でその声が再び響いた。


「助けて。」


私は絵に視線を戻した。彼女の瞳は相変わらず私を見つめていた。

まるで私が彼女の最後の希望であるかのように。


「その噂、どうやって始まったんですか?」


私の声が少し震えた。


チェ・ユンジェは肩をすくめた。


「さあ、ギャラリーのスタッフの間で噂になっていたことです。でも…ユソン文化財団がこの絵を寄贈してからは、みんな口を閉ざすようになりましたね。」


その瞬間、マネージャーが近づいてきた。


「チェ・ユンジェさん、お客様がいらっしゃる前に展示室の点検をしてください。」


彼女の声は鋭かった。チェ・ユンジェは頷いて引き下がった。しかし、彼の眼差しは相変わらず不安そうだった。


---


VIPツアーが終わった後、私は美術館に戻った。しかし、頭の中は混乱していた。

イ・スヨン。失踪。ユソン文化財団。そしてあの絵。すべてが絡み合っていた。

退勤後、私はユリムと漢南洞の馴染みのカフェへ向かった。ユリムはラテを一口飲みながら私を伺った。


「ウンビ、あなた今日またおかしいわ。ギャラリーHで何かあったの?」


私はコーヒーカップを置いてため息をついた。

「ユリム、昨日のあの絵…ギャラリーHでも同じ絵を見たの。そして…あの絵の中の女性が失踪者かもしれないって。」


ユリムの目が大きく見開かれた。


「え?失踪者?ちょっと、チョン・ウンビ、あなた今ミステリー映画でも撮ってるの?」


彼女の冗談に私はフッと笑った。

しかし、すぐに真剣に話を続けた。


「本当よ。ギャラリーの人が言うには、3年前に漢南洞で女性が姿を消したって。名前はイ・スヨン。その絵とそっくりだって。」


ユリムはカップを置いて首を傾げた。


「じゃあ…あなたが昨日見たという、何ていうか、幻影?それが本当だった可能性もあるってこと?」


私は頷いた。


「そしてあの絵、ユソン文化財団が寄贈したものよ。うちの展示の後援者。」


ユリムは口をあんぐり開けた。


「いや、これちょっと怖いね。ユソン文化財団って…あのキム・テヒョン会長がいるところじゃない。

金持ちで権力のある人たち。でも、なんでよりによってあの絵を寄贈したんだろう?」


「私もそれが知りたい。」


私は手で額を押さえた。視界がまたぼやけてきた。この能力を使うたびに、私の目はますます弱くなった。


ユリムは心配そうな目で私を見た。


「ウンビ、本当に病院に行きなさいよ。あなた最近顔も青白いし。もしかして…あの絵のせいでストレス溜まってるんじゃない?」


私は無理に笑って首を横に振った。


「大丈夫。ただ…ちょっと調べてみないと。イ・スヨンが誰なのか、なぜ失踪したのかを。」


ユリムはため息をつきながら言った。


「分かった、探偵チョン・ウンビ。でも一人でやらないでよ。私も手伝うから。でももし本当に怖いことだったら、私にチキン奢るのを条件に手伝うからね!」


彼女の冗談に私たちは同時に笑い出した。しかし、笑いの後ろで、不安はますます大きくなっていった。


---


その夜、家に帰って私はノートパソコンを開いた。

イ・スヨン。3年前。漢南洞。検索窓に単語を入力したが、情報は多くなかった。地域ニュースがいくつかあるだけだった。


漢南洞失踪事件、25歳女性イ・スヨン失踪…警察、手がかりなし

3年前、漢南洞の高級アパート団地で25歳の女性イ・スヨンが失踪した。彼女はユソン文化財団のアートコンサルタントとして働いており、失踪直前、ギャラリーHの近くで目撃された。


ユソン文化財団。ギャラリーH。イ・スヨン。

すべてが絡み合っていた。私はノートパソコンを閉じ、ベッドに横になった。

しかし目を閉じてもあの女の瞳が浮かんだ。彼女は私を見つめていた。まるで私に何かを語りかけるように。

絵はなぜ私に見せるのだろうか。あの女はなぜ私を見つめたのだろうか。そして…本当に「私が」次なのだろうか。


---


翌朝、美術館へ向かう道。日差しが厳しく照りつけていたが、私の指先は相変わらず冷たかった。

展示室に入ると、あの肖像画が私を待っていた。

私は慎重に絵の前に立った。手袋をはめた手を上げてフレームに触れた。

再びあの部屋が頭に浮かんだ。


雨が降る窓辺、絵の具の匂い、そして刃物。

しかし今度は違った。女の声がもっと鮮明だった。


「助けて…お願い、ウンビ。」


私は息を止めた。彼女が私の名前を呼んだ。


その瞬間、展示室のドアが開いた。足音が近づいてきた。私は手を離して後ろを振り返った。

カンチーム長だった。


「ウンビさん、またここで何してるんですか?今日はちょっと忙しくて気が気じゃないでしょうに。」


彼の声は普段通りゆったりしていたが、眼差しは鋭かった。


「ただ…絵を見ていただけです。」


私は無理に笑って答えた。

カンチーム長は絵をちらりと見て言った。


「この絵、ユソン文化財団から寄贈されたものですね。良い作品だよ。でも…あまり深く掘り下げないでください、ウンビさん。」


彼の言葉が終わると、展示室の照明が点滅した。私は心胸がどきっとした。

絵は私を呼んでいた。

そして私は今、そのフレームの外の物語の真ん中にいた。

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