記憶の灯
隠れ家の静寂
ソウル郊外、闇が深く降りた隠れ家。
名剣士の仮の住まいは、古い倉庫を改築した空間だった。木の床は足音ごとに軋み、窓の外にまばらに見える明かりは、世間から隔絶されているようだった。シャワーを終え、濡れた髪をタオルでざっと拭きながらリビングに出た私は、ソファにどさりと座った。
バッグの中のV-03テープの複製と書類が目に入った。一つずつ取り出して整理していると、指先が止まった。
チョン・ソアの写真が印刷された書類だった。彼女の澄んだ瞳、微かな微笑み。
「ソア……あなたがここにいたら、どれほど寂しかっただろうか。」
声が震えた。指先が紙を撫で、彼女の顔に触れた。目の前がぼやけた。
その時、温かい湯気が立ち上るお茶のカップが私の前に置かれた。顔を上げると、名剣士がソファの横に座っていた。彼のシャツの袖は捲り上げられており、がっしりとした腕には特殊部隊時代の傷跡がうっすらと見えていた。
彼は何も言わず私を見守っていた。彼の眼差しは深く、その中には言葉にしなくても伝わる慰めがあった。私はカップを受け取りながらつぶやいた。
「チョン・ソアは……なぜあの実験に参加することになったのでしょうか?」
名剣士はしばらく沈黙した。彼の手がティーカップを握り、ゆっくりと動いた。
「チョン・ソアは自発的参加者として登録されていました。理由はまだ不明ですが……あなたのためである可能性が高いです。」
彼の声は慎重だった。私は息をのんだ。
「ソアはあなたを守ろうとしていたようです。彼女の記録にあなたの名前が繰り返し登場しました。『V-02保護』というメモと共に。」
彼の言葉が私の胸を打った。チョン・ソアが私のためにそんな選択をしたなんて。涙が込み上げてきた。私はうつむいてささやいた。
「ソア……ごめんね。」
名剣士は静かに私の手を覆った。彼の手は温かく、がっしりとしていた。
「謝る必要はありません、ウンビさん。彼女はあなたが真実を見つけることを望んでいたでしょう。そして今、あなたがその道を歩んでいるではありませんか。」
彼の声は風のようだった。優しく、しかし私を揺るがさない力で包み込んだ。私は彼の目を見つめた。その眼差しは私を救う灯火のようだった。
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チョン・ソアのメッセージ
ソファにもたれかかってスケッチブックを開いた。鉛筆が紙を擦り、おぼろげに浮かび上がる場面が描かれた。
見知らぬ研究室、冷たい照明の下でチョン・ソアが独り言を言っていた。彼女の後ろでモニターが点滅し、「感情安定化指数97%」という文字が浮かんでいた。彼女はカメラを見つめ、まるで私を知っているかのように言った。
「私が消えても、ウンビが私を見つけるだろう。彼女は、記憶を絵に変えることができるから。」
彼女の声が私の心臓を掴んだ。鉛筆が止まった。私は絵を見下ろして息をのんだ。
「ソアはまだ生きている。」
私の声が震えた。名剣士は絵を見つめて頷いた。
「彼女はあなたに道を残しました。この絵がその証拠です。」
彼の言葉が私の胸に火をつけた。私はスケッチブックを握りしめてささやいた。
「ソアが残した道……私が最後まで辿り着くわ。」
名剣士は微笑んだ。彼の微笑みは闇の中で輝く星のようだった。
「その道、私も一緒に行きます。」
彼の約束は固かった。私は彼の目を見つめて頷いた。彼の存在は私の恐怖を焼き払った。
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深まる夜
夜が深まった。名剣士は眠れずに窓辺に立っていた。窓の外の闇が彼の顔に影を落としていた。彼の手にタバコはなかったが、彼の眼差しは煙をくゆらせるように深く、物悲しかった。特殊部隊時代の傷跡が彼の肩に重くのしかかっていたが、彼は揺るがなかった。
私は静かに近づき、彼の隣に立った。風が窓の隙間から入り込み、私の髪をなびかせた。
「一人でいる時は怖くなかったんです。でも今は……守るべきものができた気がして……。」
私の声が闇の中に響いた。名剣士はゆっくりと振り返った。彼の眼差しは私を貫いた。
「守るべきもの?」
私はたじろいだ。心臓が跳ねた。しかし、彼の視線を避けるべきではない気がした。
「チョン・ソア、そして……今私のそばにいる人です。」
その瞬間、空気が止まった。彼の眼差しが揺らいだ。深い海のような彼の目に私が映った。彼はゆっくりと口を開いた。
「あなたのそばには私がいます。恐れないでください。」
彼の声は低かったが、私の心臓は私の意志とは関係なく狂ったように高鳴っていた。彼の言葉は単なる慰めではなかった。それは彼の全てだった。私は彼の目を見つめた。その眼差しは私の運命を変えていた。
しかし、私たちはそれ以上深い言葉は交わさなかった。互いの視線を避け、妙な静寂が私たちを包んだ。彼の手が私の肩に触れたとき、短い温もりが私の胸を満たした。
「少し休んでください、ウンビさん。明日はもっと長い一日になるかもしれませんから。」
彼の声は優しかった。私は頷いて部屋に戻った。しかし、彼の眼差しは私の夢の中までついてきた。
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ユリムの声
翌朝、私はユリムに秘密電話をかけた。隠れ家の窓の外には、ソウルの微かな明かりが見えた。
「ウンビお姉ちゃん、本当に無事なの?昨夜はずっと心配してたんだから!」
ユリムの声は切迫していた。私は微笑んで答えた。
「うん、ユリム。名剣士と安全な場所にいるわ。G-系列保管所でソアの記録を見つけたの。」
ユリムは息を整えて言った。
「お姉ちゃん、よく聞いて。昨日誰かが私にUSBを匿名で送ってきたの。そこにはソア先輩の失踪日、ドユンさんの勤務記録、そして……監理日誌みたいなものが入ってた。」
私の心臓が跳ねた。
「監理日誌?」
「うん。誰かが財団内部からわざと情報を漏らしたんだよ。暗号名だけ残ってたんだけど……『シヒョン』だって。」
ユリムの言葉が私の頭の中を揺さぶった。シヒョン。その名前は聞き慣れなかったが、どこか重みがあった。
「ユリム、そのUSBを安全に保管して。すぐに行くから。」
ユリムは笑って言った。
「分かった、お姉ちゃん。でも来る時ホットク買ってきて。急に食べたくなった〜!」
彼女の冗談に私は笑い出した。
「分かった、ユリム。ありがとう。」
ユリムの声は私に希望だった。彼女はいつも私のそばにいた。
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新しい絵
リビングに戻ってスケッチブックを開いた。鉛筆が紙を擦り、新しい場面が浮かび上がった。
ソウルの夜景、明かりに染まった漢江の上を歩く一つのシルエット。彼女は振り返った。イ・スヨンとチョン・ソアを合わせたような曖昧な顔。彼女の眼差しは私に向けられていた。
「次の手がかりは、シヒョンが残した記憶の中にある。」
私の声が部屋を満たした。名剣士は私の隣に立って絵を見つめた。彼の手が私の肩に触れた。
「その手がかり、私たちが一緒に見つけ出すでしょう。」
「私が最後まで見つけ出すわ。ソア、イ・スヨン、そして……私たちを。」
彼の微笑みが闇を照らした。彼の存在は私の刃だった。私はスケッチブックを握りしめて誓った。シヒョンが残した記憶、その絵の中の真実。私は最後まで描き出すだろう。そしてその道で、名剣士が私のそばにいるなら、どんな闇も恐れることはないだろう。