演劇を観に行くとお見合いを断られる私の話 〜まあ、あなたも?〜
「君との婚約の話は………なかったことにしてくれないだろうか?」
王都で最も人気のある劇団の話題の演劇を見た直後、劇の余韻を楽しむ間もなく、お見合い相手であった子爵令息に突然そんな言葉を突きつけられる。
「そ、そんな!突然なぜそのような?何かお気に障るような事をしてしまいましたか?仰って頂けたら、如何様にも直しますわ!!」
考え直して貰えるように、必死になって頼むも子爵令息は首を振る。
「悪いが……君と一緒に人生を歩んでいくのは無理だと思う。」
そう言って去られ目の前が真っ暗になる。
「な、何で……今回は上手くいくと思ったのに………。ああ、今度は家族に何て伝えれば良いのかしら………。」
残念な事に何故か私のお見合いはいつも上手く行かない。
今回で通算7回目の失敗だった。
それも大好きな演劇を観に行くと何故か必ずふられるのだ。
「私の何がいけないっていうのかしら……。」
そのまま家に帰る気にもなれず、劇場に併設されているカフェテリアに入る。
カフェテリアのガラス窓には、浮かない顔の金髪碧眼の美しい女性が映っている。
『容姿は整っている方だと思うのだけど………。』
今までのお見合い相手の中には、私の容姿に一目惚れしたという人も何人かいて、最初は熱烈にアピールしてくるのたが、演劇を観に行ったが最後、いつもお断りされてしまうのだ。
では紹介された相手ならどうかと会ってみても、結果は同じだった。
別に高望みしているわけではない。
容姿にだってこだわらないし、お金持ちじゃなくたっていい、ただ大好きな演劇を時々一緒に観に行って笑い合ってくれる、そんな相手なら嬉しいと思っているだけだ。
みんな最初はとても乗り気で、私に対して好感度も高そうで、私がお芝居が好きなのだと言えば、じゃあ一緒に観に行こうとデートに連れていってくれる。
だけど、劇を観ていると、だんだんと無口になって行き、最後には『もう無理』だと言われてしまうのだ。
私の何がいけなかったのか、何故なのか聞いても、ハッキリとした理由はなく、『君とやっていくのは無理だと思う。』と言われてしまう。
今回も数回目のデートまでは雰囲気も良く、上手く行きそうだったのに、大好きな演劇を見た直後にまた断られてしまった。
「「どうしていつもお見合いが上手く行かないんだろう…。」」
「えっ?」 「うん?」
言葉が被り驚いて横をみれば、銀髪に翡翠色の瞳の真面目そうで素敵な男性が同じように驚いた顔でこちらを見ている。
お互い数秒見つめ合ってしまい、
「あっ、すいません!ジロジロと………。」
「い、いや、こちらこそ不躾に見つめてしまい失敬した。」
お互い慌てて目をそらし、手元に視線を落とす。
『今この人………いつもお見合いが上手く行かないって言ったわよね……。』
心の中で先ほど聞こえた言葉を反芻する。
この人も私と同じようにお見合いが上手く行かないのよね?
一瞬見ただけだけど、真面目そうだし容姿も割と整っているのにどうして……。
気になってチラリと見れば、またバチリと目が合ってしまう。
「あ、あの!聞いても良いだろうか!?」
男性がたまらずと言ったように声を上げる。
「は、はい、どうぞ!私もお伺いしたい事がございます。」
きっとお互い聞きたい事は一緒だろう。思い切って私も返事をする。
「そ、その、お見合いがいつも上手く行かないって言っていたが…それは本当の事だろうか?」
そう聞かれて恥ずかしながら正直に答える。
「はい…お恥ずかしながら先程7回目のお断りの言葉を頂いたところですわ。」
「7回!?あなたが!!??貴女のように綺麗な女性が断られるなど、にわかには信じられないのだが……。」
男性は信じられないと言ったように目を見開く。
綺麗だと褒められて、頬が赤くなる。
私の顔が赤くなったので怒ったのかと勘違いしたのか男性が慌てる。
「し、失礼した。実は私も今日で15回もふられていて人の事は言えないんだ。」
15回もふられたという男性の衝撃の告白に私も驚きの色を隠せない。
「ええっ、そうなのですか!今日初めてお会いしましたが、とても誠実そうで素敵ですのに。」
思った事を口に出せば、男性の顔も赤くなる。
「あ、コホン、し、失礼、その、詳しく話を聞いてもいいだろうか?」
そう聞かれて私はありのままの現状を話す。
「それが……私はお芝居が大好きなんですけど、何故かデートで劇を観に行くたびに、理由もわからずお相手の方にふられてしまうんです。
みんな最初は私に好意を向けて下さるんですけど、どんどん無口になってしまって、最終的に断られてしまいますの……。
今日も劇を見た直後に『君と一緒に人生を歩んでいくのは無理だ。』と断られましたわ。
話題の演目が見れて最高の気分だったのが、一気に最低の気分になりました。」
言っていて悲しくなってきて俯けば、男性が弾けるように声を上げた。
「!君もか!!僕もまったく同じだ!!演目の最中に彼女が……いやもう元彼女か、とにかく突然怒り出してしまって『信じられない貴方とはやって行けない』と言われてふられてしまった。
実を言うと演劇を見に行く度にふられていて、決まって相手が怒りだしたり不機嫌になってしまって上手く行かないんだ。
見合い相手には僕は演劇が好きで、結婚するなら演劇を一緒に楽しんでくれる女性がいいと事前に伝えてあるし了承も得ているはずなのに、いつも……。」
男性も話していて段々落ち込んできたのか、声が尻すぼみに小さくなっていく。
お互いにやるせない気持ちになって、しばし無言で俯き合う。
「…………あ、あの、失礼ですがお相手の方が怒り出した心当たりは無いのでしょうか?何か、暴言を吐いたりとかそういった事は………?」
遠慮がちに尋ねれば、男性は勢い良く頭を上げブンブンと顔を振った。
「まさか!!女性に暴言を吐くなど誓ってしていない!今日だって、ただ演劇を観ながら感想を少し言ったくらいで話らしい話なんてしてなかった。
それなのに突然…………。僕は今日の演目をとても楽しみにしていたし、相手も観る前は話題の演目だと喜んでいたはずなのに……。」
そう言って男性がうなだれる。
「ご、ごめんなさい!失礼な事を言いました。自分がふられる原因も分からないくせに、おかしな事を聞きました……。私も同じです…。私も毎回、ただお芝居を見て…楽しく話していただけなのに………。何がいけないのか分からないまま何度も断られて……家族にもずっと心配をかけ通しで……うっ…すいません……。」
謝って話しているうちに、どんどん悲しくなって来て涙が込み上げてくる。
そんな私を見つめていた男性が胸元からハンカチを取り出し渡してくれた。
「……こちらこそすまない。同じ様な境遇の人がいてつい興奮してしまった。
辛いだろうに…………色々聞いてしまって申し訳ない………。」
15回もふられて自分の方がよほど辛いだろうに気遣われてしまい、ますます申し訳なくなって涙が溢れた。
「……………良かったら、少し演劇の話でもしないか?」
不意にそんな事を提案されて驚いて男性を見つめると、男性がちょっと困ったような優しい顔で微笑んだ。
「演劇が好きだと言っていただろう?今日の公演は僕もとても楽しみにしていて実際とても楽しかったんだ。
なのにお互いこんな結果になってしまって……このまま帰ったら、楽しかった劇も辛い思い出になってしまいそうだ。
せっかく来たんだから、少しでも楽しく語り合いたいんだが、どうだろうか?」
きっと励まそうとしてくれているのだろう。
そんな事を提案してくれる男性の優しさが心に染みる。
「まあ……ふふ、そうですね。せっかく来たんですものね。
確かに、お芝居まで辛い思い出にしてしまうのは勿体ないですわ。
それに私、今日のお芝居をやっていた劇団が劇団の中で一番好きですの。
大好きな劇団の話題の公演が見れて、本当に楽しかったですわ!」
そう伝えると男性も弾むような声を上げる。
「!!君もこの劇団が好きなのか!!僕もここの劇団が一番好きなんだ!
斬新なストーリーに面白い展開、見る度に新しい発見と想像を与えてくれる素晴らしい劇団だよ。」
「ええ!!まさにその通りですわ!今日も沢山の気づきと、最後までどうなるのか分からない波乱の展開に興奮してしまいましたもの!
あっ!あのシーンはどう思われまして!?
村が敵に襲われて、恐ろしい思いをしたヒロインが白髪になってしまうシーン!」
そう聞けば男性は満面の笑顔になった。
「あれか!!!大爆笑したよ!!!」
「!!!!!!!」
「いやもう、まさかあの場面であんな古典的な演出をしてくるなんて!!今どきショックで白髪って、白髪のカツラを被ったヒロインが家から出てきた時は余りにも滑稽で笑いが止まらなくなってしまったよ!!この劇団の演出家には毎度笑わされてしまうが、涙からの笑いの振り幅が大きくて一気に惹き込まれたね!」
「!!!!!!!」
「それに助けに来たヒーローの格好みたかい?ヒロインがビキニアーマーだったのに、ヒーローは首まで詰まった皮ジャンに毛皮を腰に巻いていたんだ!!季節が全然違う!!
あの服装が間違っていないのなら、ヒロインが襲われてヒーローが到着するまでの季節は夏から少なくとも秋に移り変わってしまっていて、ヒロインはその間もビキニアーマーのままだったという事になる!
『隣村から助けに来るのにどんだけ時間かかっているんだ!』と思わずツッコミを入れてしまったよ!!!」
「な、な、なんてことてしょう!」
興奮した私は思わずガシリと男性の両手を掴んだ。
「なんてことでしょう!!!!初めて同じ視点の方と出会いましたわ!!
そうなのです!!白髪なんてショックで一夜でなるものじゃないなんて今どき子供でも分かる事ですのに、あえて白髪のカツラを被って登場するヒロインの姿に私も度肝を抜かれましたわ!!でも……私はこれはただの笑いを取るための演出だとは思いませんでしたわ!」
「ただの笑いではない……?それはどういう事だ?」
私の言葉を聞いた男性が訝しげにこちらを見つめる。
私はゴクリと喉を鳴らし、緊張しながらも自分の見解を述べる。
「これは……来るのが遅いヒーローに対する無言の抗議なのです!!」
すると男性の目が大きく見開かれた。
「無言の抗議!?……………なるほど…………確かに、ただコミカルな演出なのだと思ったが………そう考えるとまた違った話になって見えてくるな!!
ハッ!そうなってくると、到着の異常に遅かったヒーローの服装も納得が行く!!」
「はい!私もあなたのヒーロー、ヒロインの服装についてのお話を聞いてやっと確信が持てましたわ!何故ヒロインが白髪のカツラを被ったのか………あれは異常に到着の遅いヒーローのやる気のなさへ対する怒りと悲しみを表現したアンチテーゼ!!」
「な、何ということだ………。僕はそこまで演出家の意図を見抜けなかった。
この劇団はいつも随所にツッコミどころ満載の矛盾で笑いを忍ばせてくるから、今回もきっと悲劇に見せかけた喜劇なのだと思っていたのに…。そんなメッセージが隠されていたとは………君は凄いな。」
感心したような男性の目線に顔が火照る。
「い、いえ、あなたの見識があって初めて確信が持てたのです。一人でしたら今も疑問符を抱えていましたわ。」
「そ、それじゃあ…ラストの朝日に向かってヒーローが愛を叫ぶシーン…君ならアレをどう読み解く?」
「ああ!あの舞台後方から登る朝日に背を向けて『あの朝日に永遠の愛を誓う!』とヒーローが叫ぶシーンですわね。
そうですわね……まず朝日に向かって叫ぶ筈の台詞なのに朝日に背を向けている事に、何か隠された暗示が隠されているのかもしれないと思いましたが…。それが何かまでは………。」
「フフッ、さすがの君もそこには気づかなかったようだね…。ある驚愕の事実を………。」
「き、驚愕の事実!?そ、それは一体なんなんですか?」
男性はまるで悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑った。
「この劇場は東向きに建てられていて、舞台も同じように東を向いている。
それなのにあの劇中、朝日は舞台後方から昇った。」
「!!!!!!!!!」
私の目が驚きに見開かれる。
「ま、まさか!そんな事が!!」
「そう!!朝日が西から昇っていたんだ!!!」
「な、なんてことでしょう!!まさか、まさか、そんな事が起こっていたなんて…。それでは、それではあのラストシーンは……。」
「ああ、このストーリーがただの喜劇では無いのだとしたら、これは天変地異の前触れを表し、その朝日に背を向ける事で永遠の愛を誓いながらも暗い未来を想像させるという凄まじい演出だということになる!!」
あまりの衝撃に言葉が出てこない。
まさかあのストーリーにそんな、そんな展開が隠されていたなんて……。
「す、凄いですわ…。私一人でしたらこの衝撃の事実にまったく気づくことも出来なかったですわ。何て鋭い観察眼!尊敬いたしますわ!!」
「い、いや!こちらこそ君の深い洞察力がなければ、この演劇をただのコメディーとして受けとって終わってしまっていたところだよ。感謝する。」
そして気づけばお互いに手を取り合って固く繋いでいる事に驚きパッと手を離す。
「あっ!す、すいません、私ったら興奮して勝手に手を取ったりして!!」
「いやっ、こ、こちらこそ、いつのまにか握ってしまっていた!すまない!」
お互いに気不味くなって、赤い顔のまま俯く。
二人してしばらく赤い顔のままモジモジとしていると、
男性が意を決したように声を上げた。
「こ、こんなことを突然言い出して頭がおかしいかと思われるかもしれないけれど聞いてくれ!」
「は、はい!何でしょう!」
ドキドキと心が早鐘を打つ。
「僕は今まで、これほど演劇で話が盛り上がり、鋭い視点を持った女性と出会ったのは初めてなんだ。
さっき会ったばかりで名前も知らないのに変な話だが…………
僕は君を逃したくない!
……僕と婚約……いや結婚してくれないだろうか!!!」
そう言ってサッと跪いた。
「!!!そんな、わ、私でいいんですか!?私の方こそ、貴方のように見識の広く、お話していて楽しい方は初めてですわ。」
「ああ、君と出会ってしまった以上、もう他に相手は考えられない。」
「う、嬉しいです!」
そして互いに手を取り合い見つめ合う。
「今さらだが、僕の名前はテオドール・フォン・ロングベル。ロングベル伯爵家の長男だ。君の名前は?」
「私の名前はコーネリア・シャル・トーレセン。トーレセン子爵の次女ですわ。ふふっ、本当に今さらお互い名乗るなんて可笑しいですわね。」
結婚を決めてからの自己紹介に笑い合う。
「ああ、しかし善は急げだ、コーネリア!今から君の父上の所に結婚のお許しに伺っても良いだろうか?」
「はい勿論ですテオドール様!」
そうして手に手を取り合いカフェテリアを後にする。
「今までの失敗は、今日君と出来うこの日の為にあったんだ!!
結婚式には、あの劇団を呼んで、また二人でとことん話し合おう!どんな見解が飛び出すか今から楽しみだ!君となら演劇の真髄に到達出来そうな気がする!」
「はい!二人でしたらきっと素晴らしい切り込みで今以上の真理に近づけそうな気がしますわ!一生かけて探求してまいりましょう!」
と盛り上がりながらカフェテリアを出る二人を見ながら、カフェテリアにいた全員が思ったのだった。
二人とも何かがズレている……。
そして
『割れ鍋に綴じ蓋』 『蓼食う虫も好き好き』と
Fin