1.
その日は、アランさまの新居にお呼ばれしていた。
内装工事も完成して、お披露目してくれるようだ。アランさまは既にそちらに住んでいるけれど、ようやく二人の新居が完成したことになる。
私はいつ住めるのかまだ時期未定だけど。
アランさまの旧お屋敷の方は、今は空き家になっている。塔が壊れてその撤去作業をしなきゃいけないし、アリスが監禁された犯罪拠点になっていたという事実が、売りに出しても誰も買わない。事故物件だものね。うーん、負の遺産よ。
私は手土産のお茶菓子を持って、喜び勇んでお屋敷に出向いた。今日も護衛騎士はノディだ。
馬車を降りて、アランさまが玄関ホールに迎え入れてくれると、嬉しくて駆け寄ってしまう。
「アランさま~!」
「エリザベス、今日も愛らしいな」
「まぁっ、アランさまったら。アランさまこそ、いつ見ても麗しいお姿だわ」
抱擁して見つめ合い、二人の世界を作っていると久しぶりに咳払いが聞こえた。
「オホンッ」
「あらっ、マドレーヌじゃないの。今日はここに来ているの?」
「はい。アランさまに呼んで頂きました」
アランさまが応接室に案内しながら言う。
「今日はエリザベスに見せたいものがあって呼んだんだ」
「まあ、何かしら」
出来上がった内装とお屋敷なのだろうと予想しながらも、私は楽しみにしながら言う。
アランさまが扉を開けた応接室には、車椅子のグレゴリーが居た。その車椅子の後ろに立っているのはクリスと、何故かアリスも居た。
グレゴリーは足が悪くて立てないと聞いたので、車椅子を作るのはどうだろうとメルヴィス工房の親方とジョーに持ち掛けたのだ。するとあっという間に作りあげてしまった。あの二人、本当にチートだと思うわ。こういうのが欲しいって言ったら絶対完成させてくるんだから。
しかも、魔力を注いだら自動で動く魔動車椅子よ。すごすぎでしょ。
まあ、車椅子はすごいんだけれど、グレゴリーが怪我をして歩けなくなったのは私の依頼が原因なので、そこは心苦しい。きっちり一生面倒を見るつもりだけれど。
「グレゴリー、怪我の具合はどうかしら」
「今のままじゃ、歩くのは難しいですね。立つのもままならない」
「まあ、焦らないで。お医者さんの育成もこれから本格的になっていくから」
私が慰めを口にすると、クリスが口を挟んだ。
「エリザベスさま。僕とアリスで治癒魔法が使えるようになりました。見てください」
「二人で、治癒魔法……?」
不思議に思ってアランさまを見つめると、彼は頷いた。
「魔術理論は既に私も聞いている。二人に任せよう」
「危なくはないのね? 私、治癒魔法ってよく分からなくて」
私の問いかけに、クリスとアリスは二人とも頷いた。
そしてアリスがグレゴリーの前に跪き、軽く膝に触れている。そこがおそらく、患部なのだろう。
そしてクリスは、更にアリスの背に手を当てている。
アリスが言う。
「クリスさん、ここです」
「ああ、見える」
「そこに魔力を」
「こうか」
「もう少し強くです」
会話から察するに、アリスが患部を診てクリスの魔力によって治療しているようだ。
しばらく二人は格闘していたが、やがて終わると肩で息をしていた。すごく疲れるのだろう。
「終わりました。グレゴリー先生、足は治っているはずです」
「分かった。試してみる」
グレゴリーが車椅子からゆっくりと立ち上がる。
そう、立ち上がったのだ。
マドレーヌが涙を滲ませて夫の名を呼ぶ。
「グレゴリー殿、立てるのか」
「ああ、それに歩けそうだ」
グレゴリーがそろそろと歩き始めると、思わずといった様子でノディが支える様子を見せた。
「大丈夫なのか、膝は痛くないのか」
「……ああ」
何故お前が心配しているんだ、と言いたそうなグレゴリー。
ノディはおろおろしながら見守っている。それを見て、マドレーヌも微笑ましいといった様子で口を開いた。
「ノディさんもお人よしですね。関係ないのに、グレゴリー殿を気遣って」
「別にお人よしでも、気遣っているつもりもない。最初の怪我も、他の騎士の分まで仕事を請け負った挙句に負傷したと聞いて、コイツの方がお人よしだと思っている」
「たまたまだ。あんたが気にする必要はない」
グレゴリーはつれない返事だが、ノディはずっと気にしていたのだろう。それは、学生の時から知ってる有能だったグレゴリーの受けた差別を知らなかったっていう後悔があるからと思う。
私は二人に向かってニコッとして言った。
「ま、ゆっくり治していきましょ。すぐには元通りにならないでしょうし。私の依頼で負った怪我だから、ちゃんと責任は取るわよ」
「ハ、いえ、恐れ多いことです」
グレゴリーはゆっくりだが歩けるようになったようだ。マドレーヌと喜び合っている。これから治療を重ねると、元通りに動けるかもしれない。そんな希望を抱けた。
けれど、クリスとアリスがとても疲れた様子なのが気になって尋ねた。
「二人とも、無茶はしていない? 魔力の使いすぎて疲れたのかしら」
「はい、無茶はしていません。緻密な魔力の動きが必要で、疲れただけです」
「それならいいんだけど。アリスは? 貴女も大丈夫なの」
「はい。これなら、大丈夫そうです」
「そう。それなら良いわ……」
水を差すようで言えなかったのは、アリスがやったことはきっと魔道具で出来るのよね。
どういう機械が必要か、ミリセントと打ち合わせたらやっぱり体内を診られるようなものは絶対って言ってたもの。
私はレントゲンとCTって違うの? っていうレベルで分かっていないけれど、今度アリスも打合せに同席してもらおうかな。まだ子供だけど、めちゃくちゃしっかりしているし。
私はフと気になったことを尋ねた。
「アリスって、今何歳なの?」
「十三歳みたいです。五年くらい、あんまり記憶が無いですけど」
「どうしてそんなにしっかりしてるの? まだ子供なのに」
すると、アリスは何でもないように言った。
「魔力量が多いせいなのかもしれません。私は五年前も同じように、しっかりしていると言われていました」
「そうなのね」
それにしても賢すぎる。神童じゃないの。
その神童かつ魔力量が多い女の子を、人権無視で監禁していたなんて、本当に腹立たしいわ。けれど、幼い頃からこんな風に賢すぎて魔力量も多いと、普通ではないと疎まれてしまったのかもしれない?
それで売られて、こんな目に遭ったと。この理不尽さ、やっぱ腹が立つわね。
私が思い出し怒りをしていると、クリスも言った。
「エリザベスさま、僕も十三歳になりました」
「あら、お誕生日が来たのね。おめでとう……」
きっと、クリスも成長を祝ってほしいのだと思った。
でも私はお祝いしながらも、じゃああと三年以内にゲーム本編が開始か~って考えてしまう。ゲームがスタートしても、変わらず平和で居られるといいんだけれど。
難しい顔をしていると、アランさまが心配してくれた。
「どうした、エリザベス」
「ええ、医療魔術でこんなことも出来るって、ミリセントに連絡して、それから工房にも連絡して魔道具を作ってもらわなきゃなーって」
「その前に、今日は少し付き合ってほしい」
そう言われると、私は嬉しくなって満面の笑みを浮かべてしまう。
「はい! どこにですか」
「こちらへ」
奥の部屋に通されると、中にはジェシカが居た。メイド服を着ていて、それが似合っていてとっても可愛い。
「ジェシカ、もうこっちで働き始めるの」
「はい。エリザベスさまのお世話を出来るように修行中です」
そう言って綺麗なお辞儀をする。
ジェシカもまだ中学生くらいなのにしっかりして働き者だわ~。
私が感心していると、アランさまが指示した。
「あれを」
「はい」
するとジェシカが恭しくクローゼットを開ける。そこは衣裳部屋になっていて、ドレスが何着も吊るされていた。
「エリザベス、これから私と共に王宮に行ってほしい」
「王宮で、何かあるんですか」
「ああ。色々報告をしなければいけない。エリザベスにも同席してほしいんだ」
「勿論構わないですけど、私が行っても大丈夫なんですか?」
用も無いのに一緒について行ってヤバい奴扱いされるのは避けたい。
以前のエリザベスなら余裕だろうけど、私はいくらアランさまが好きでもそこまで開き直れないのだ。
アランさまは微笑んで断言してくれた。
「ああ、エリザベスが同席して大丈夫だ。是非私の為に来てほしい」
「はい! それなら、喜んで」
するとジェシカが進み出てドレスを手に取る。
「エリザベスさま、こちらの衣装でいかがでしょうか。アランさまの色を使った、落ち着いたドレスです」
アランさまは深い海のような青の瞳をしている。ジェシカが薦めているドレスも青くてキラキラ輝いている。よく見れば、宝石が無数に縫い付けられているようだ。
「派手じゃないかしら。それに豪華すぎて、夜会でもないのにこれじゃ悪目立ちしそうよ」
「エリザベスさまなら、これくらい着こなせますよ」
ジェシカがニコニコして言う。
アランさまも頷いて口添えした。
「これを着ているエリザベスが見たい。着てもらえないだろうか」
「わ、かりました……」
「エリザベスさま。では、こちらへ」
ジェシカが大きな姿見のある続き部屋に案内してくれた。ここが支度部屋なのだろう。
ジェシカ一人で大丈夫なのかな、と思ったけど堂に入った様子でてきぱきとドレスを着せてくれた。
「メイクもジェシカがしてくれるの?」
「はい。エリザベスさまの為に、技巧を凝らしたくて、いっぱい練習しました」
「技巧?」
ジェシカが実践してくれたのは、魔法を使いながらのメイクだった。
スキンケアの部分から冷やしたり乾かしたりを魔法を使ってしてくれる。ベースメイクやポイントメイクもそうした後、仕上げにキープミストの要領でふわっとミストを吹きかけてくれた。
「これで、化粧が崩れにくく、乾燥も防げます」
「そんなことまで。すごいわね、ありがとう」
「いえ、そんな。エリザベスさまのお役に立ちたいので、色々調べて試しただけです」
「まぁ~、本当に優秀だわ。私の為に、そんなに魔法を使ってもらうのは申し訳ないけれど」
次はヘアメイクだ。
するとジェシカは、これまた風魔法で髪に風を当てたり、巻き上げた髪を固定する為に少し温度のある風を当てたりしている。
これって、ドライヤーじゃないの。
ジェシカに人間ドライヤーになってもらったままでいいのかなあ。工房でまたドライヤーを作ってもらうべき? でも医療器具の方を優先させたいし、ジェシカを止めるのも仕事を奪うようだし。
一応、体調について尋ねておく。
「ジェシカ、魔法を使って疲れたり具合が悪くなったりはしない?」
「大丈夫です。ごく少しの魔力しか使っていませんし。それに私、緻密な操作性のある魔法は得意なんです。だから、もっとこうしてほしいとか要望があれば、お伝えくださいね」
「わ、分かったわ」
「すぐ修正も出来ますので」
「うん……」
そんな話をしている間に、ヘアメイクも完成した。
「エリザベスさま、いかがでしょうか。とってもお綺麗ですよ」
「まぁ、見違えたわ。私じゃないみたい。本当にありがとう。でも、こんなに魔法を使わせてしまって、何だか申し訳ないわ」
「そんなことありません! むしろ、エリザベスさまの為にもっと使いたいので、色々言いつけて貰えるのが嬉しいっていうか。とにかく、私はエリザベスさまの元で働きたいし、その為には何でもします」
ジェシカが真剣な表情できっぱり宣言した。一方、私はたじたじだ。
「ありがとうね。でもそこまで思い詰めなくて、大丈夫よ……」
「さ、アランさまに見てもらいましょう」
元の部屋に戻ると、アランさまも身支度を済ませていた。
「ああ、エリザベス。やはり似合っている。いつも美しいがまた格別だな」
「アランさま、ありがとうございます。素敵なドレスを贈って頂いて嬉しいです。それに、アランさまの魔術師のマント姿もとってもかっこいいです……」
ポーっとなって見惚れてしまう。
目が吸い寄せられるとはこのことよ。
今日もビジュアルが素晴らしいアランさまに、ポーっとなっているうちに馬車までエスコートされ、そして王宮へと向かった。




