1.
アランさまと本音で語り合えた翌日、私はご機嫌だった。
何せアランさまはシステムやプログラムを凌駕して私を好きになってくれたのだから。
このまま相思相愛で幸せに過ごしたいわ~。うふっ。
浮かれていると、マドレーヌから連絡があった。サンポウ商会の事務所まで来てほしいとのことだった。
いつもならマドレーヌから話があるなら、公爵家の私の部屋に来て言うはずなのに。
どうしたのかな。
ロナルドも含めて何か話し合いをしたいのかな?
何だろう。良い話だったらいいけど、ちょっと嫌な予感がする。
マドレーヌは狩猟祭から戻って別れて以降、屋敷に顔を出していなかった。
ま、行ってみなければ分かるだろう。
私はシーラと今日の護衛騎士であるノディと一緒に、サンポウ商会に向かった。
応接室に入ると、ロナルドとマドレーヌが居た。そこで、私は嫌な予感が的中したことを知った。
マドレーヌは憔悴し、見るからに弱った様子だったのだ。
心配になって挨拶抜きですぐ声を掛ける。
「どうしたの、マドレーヌ。何があったの?」
「ハ、少々困ったことになりました」
そう言って、どう説明しようかと迷った様子で唇を震わせるマドレーヌ。
代わりに説明してくれたのはロナルドだった。
「実は、アリスを保護した時にグレゴリーさんが怪我をしたんです」
「えっ!」
そういえば、ナインヴァンス城で『皆が無事そうで良かった』と言った時、セルジュ先生の返事に一瞬間があった。ちょっと気になったのに、どうしてちゃんと確認しなかったのか。
悔やむ私に、マドレーヌが続けて説明してくれる。
「グレゴリー殿は古傷を再度痛めてしまい、今は歩けない状態です。彼は気にするなと言っていますが、私は彼を支えたいのです。これから厳しいリハビリに付き添う為には、エリザベスさまの護衛騎士を辞するしかなく……」
「お医者さまは何と言っているの? リハビリしたら歩けるようになる?」
私の問いかけに、ロナルドが答えた。
「医師は、手の施しようがないと。リハビリは、片足で杖を使って歩く為のものです」
「そんな。専門の病院に行って診てもらいましょう。あっ、病院は無いんだっけ」
そう、この世界では前世でいう一般的な病院というものはない。お医者さんが居るのは診療所。そして、診療所は平民が行く場所で、貴族やお金持ちは神殿に行く。神殿では治癒魔法があるから。
私の言葉に、マドレーヌはこくりと頷いた。
「診療所ではどうにも出来ないようです。そのことは、仕方ありません。これからのことを考えると、やはりリハビリで起き上がれるようになってもらうのが良いでしょう」
そこに、闖入者が現れた。
応接室の扉は閉まったままに、ジェシカとクリスが出現したのだ。魔法で移動してきたのだろうけど、礼儀的には駄目なやつだ。
すぐさまノディが身構えて、私を守ろうとしてくれた。
でも私は鷹揚に構えていた。
「ノディ、ありがとう。でも大丈夫よ」
「エリザベスさま、構わないのですか。このような無礼な振る舞いを見逃すわけには参りません」
当然、ロナルドが二人を咎める。
「こら、二人とも」
「すいません。エリザベスさま。グレゴリーさんは、私たちを助ける為に無理をして怪我したんです」
「エリザベスさま。グレゴリー先生を助けて頂けないでしょうか」
クリスがそう言ったのを厳しい口調でしっ責したのはマドレーヌだった。
「やめなさい、そのようなことはグレゴリー殿も望んでいない」
「そうかもしれません。けれど、僕たちを塔から脱出させる為に、グレゴリー先生は魔法が使えない状況で三人を担いで飛び降りたんです。そうしなければ、塔は崩壊して皆は死んでいました」
いつもはクリスに反目しているジェシカも、同調している。
「本当は、エリザベスさまにこんなこと頼むのは間違ってるとは思うのですが。グレゴリーさんは、私たちを助ける為に塔の外から来てくれたんです。グレゴリーさんが怪我をしても、私たちは何も出来ませんでした。それが、悔しくて。治癒魔法が使えたら良かったのに……」
マドレーヌが遮ってキッパリと言う。
「出来ないことを言っても仕方がない。グレゴリー殿だって、特別扱いをされるのは心苦しいだろう。私たちは出来ることをして、これからやっていくつもりだ」
マドレーヌの言葉に、私は眉を下げた。
「うーん、私もグレゴリーを助けたいのは山々だけれど。神殿に伝手は無いし、治癒魔法とかよく分からないのよね。それ、本当に使って大丈夫なの? って感じだし」
何のデメリットもなく、怪我や病気を治す魔法なんて存在するのだろうか。
治療する代わりに、何かが奪われそうで怖い。
大体、そんな便利すぎる魔法があるなら世界に広めたらいいのに、神殿で独占してるっていうのも気に入らない。
王家や公爵家は、神殿とは微妙な距離を保っている。王妃さまに頼んでロイヤルパワーで何とかしてもらうっていう手もあるかもしれないけど、グレゴリーとマドレーヌはそんなの卒倒しそうだし。
この世界では、魔法があるせいかお医者さんのレベルはイマイチっぽいし。
私が考えて黙り込むと、応接室は気詰まりな時間となった。
みんな、グレゴリーが心配でどうにか治療をしたいと考えているのだろう。
ノディも、何か言いたそうな顔をしている。きっと、騎士学園の後輩だったグレゴリーと、部下であるマドレーヌが心配なのだろう。
何とかしてあげたいけど、どうしたものかな~……、と考えたところで私はハッと思いついた。
「そうだわ!」
「何か、良い案でもあるんですか」
ロナルドの問いかけに、私は頷く。
「ええ、いいこと思いついたわ。無いのなら、作れば良いじゃない」
「何をでしょうか」
「総合病院よ!」
「はぁ……」
誰も分からないようで、皆はポカンとしている。
私は続けた。
「怪我や病気をした人が、ここに来たら治療してもらえるって場所を作りたいの」
「そんなこと、可能なんでしょうか」
「先にお医者さんを育成しなきゃいけないのかしら? 私もよく分からないわ。とりあえず、今いるお医者さんにどうやったらなれるか聞いて、医学部を作れば良いのかしら」
すると、クリスが手を挙げた。
「はい! 僕、医者になりたいです」
「えっ、クリスは魔法騎士を目指していたんでしょう。魔法騎士になれなくてもいいの?」
私が問いかけると、彼はその綺麗な藍色の瞳を陰らせた。
「グレゴリー先生が怪我をして苦しんでいても、僕は何も出来ませんでした。治癒魔法が使えたら、すぐに治せたかもしれないのに。だから、治癒魔法を使えるようになりたいです」
「うーん。治癒魔法なら、神殿に行かなきゃかもでしょ。病院で、専門の先生が治療方法を知っていたら治療出来るでしょう。そういう場所を作りたいのよね」
「専門の、先生」
「そう。でも、魔法も使えるクリスがお医者さまになったら心強いかも。とりあえず、どうやったら総合病院を作れるかセルジュ先生に相談してみましょ」
帰り道、護衛してくれている筈のノディがずっと眉間に皺を寄せて考え事をしている様子だったので声を掛ける。
彼はいつも真面目な筆頭騎士だから、そういう態度は珍しかったのだ。
「ノディ、グレゴリーのことを考えているの」
「ハ、いえ……、申し訳ございません」
「謝ることはないわ。マドレーヌの旦那さまだし、怪我をしたのも私が頼んだからだし、良くなるようになんとかするわよ」
すると、彼は少し逡巡してから口を開いた。
「あいつは、誰よりも才能があった強い男だったんです。ただ、私から見れば我慢が足りず、すぐに逃げてしまう癖があった。せっかく騎士になったのに、中央では好き勝手出来ないと地方に行ってしまい、そこでも好きに動いて挙句怪我をしたと」
「…………」
「でも、それは貴族階級である私が表面上から見ただけでした。私の知らないところで、差別が存在していたと最近聞きました。私にもしごきや上下関係はありましたが、それとは遥かに違うものがあったと。私はそれを知らなかった」
どうやら、ノディは良いとこの坊ちゃんだったからしごかれたと言ってもそれなりの対応を受けていたようだ。それに比べてグレゴリーは、平民出身だったから容赦のない差別にあった、と。
身分制度があるからそうなるんだよね。
身分制度廃止を目指したら、この世界は混乱したりするのかしら。
チラッとそういうことを考えながら、私は慰めを口にした。
「見えていないものには、対応しようがないでしょう」
「あいつが騎士を辞める理由となった足の怪我にも、平民だから一番危ない現場に行かされたのではないかと聞きました。伯爵家である実家の伝手をたどれば、神殿で優先的に治癒魔法が受けられるかもしれない。だが、グレゴリーはそんな手助けは要らないと言いそうです」
「そうねえ。じゃあ私の紹介ということでマドレーヌ経由でそれとなく尋ねてみて、断られたら予定通り病院を作ろうってことにしましょ」
「ハ! ありがとうございます」
「まあ。ノディがお礼を言うなんて。ふふ。ずっと前に、マドレーヌに何かご褒美をあげたいから、希望はあるか聞いたけど特にないって言われたのよね。じゃあいつか何か出来たら、ってことで話は終わったの。マドレーヌの望みを叶えるのは、今じゃないかしら。きっと、どうにか何とかするわ」
マドレーヌに聞いてもらったけれど、やっぱりグレゴリーは貴族の特権である神殿での治癒魔法には嫌悪感があるようだった。
それで、私は総合病院を作るという目標を立てて、それに向かって邁進していくことにしたのだった。




