2.
エリザベスとの話し合いの翌日、私は仕事を仕上げるべく王宮の自室にこもっていた。
「アラン。君、マジなのか」
勝手に入って来たロイがいつになく真剣な様子で尋ねているが、冷たくあしらう。
「勝手に入ってくるな。それに、エリザベスにした仕打ち、忘れていないぞ」
「そのエリザベスだよ。魔力を注いでるって言ってただろう。本当にエリザベスを自分のものにするってことなのか? それとも、何か目的があるのか?」
「貴様には関係ない」
ピシャリと言ったが、それで諦めるロイではなかった。
「あれはゴメンって。王子のとこの侍従が、エリザベスと王子をくっつけたいからアランとは別れさせたいって言ってきてさ~。ほら、侍従ってエリザベスの兄君じゃないか。身内の言うことだし、そっちの方が皆が幸せになるかな~って」
「もう一度言うが、貴様には関係ないことだろう。何故そんなに私とエリザベスを別れさせようとするんだ」
「だって。俺はもっとアランと仲良くなりたいし一緒に遊びたいもん。女が入り込んだら邪魔じゃん」
こいつは一体、何を言っているんだ?
迷惑でしかない。思わず顔をしかめてしまった。
「私にその気はない。エリザベスが居てくれたらそれで良い」
「あは。嫌そうな顔してるの面白い。でも、いきなりなんでだよ。以前は全く相手にしていなかったのに。そんな風に態度を変えたのが、境界とやらのせいなのかい?」
私は『境界』の概念を自覚した後、ロイにそれについて何か知っているかと尋ねていた。
正確には、考え込んでいるところをうるさく付き纏われ、何について考察しているか話せとしつこかったから、つい口を割ってしまった。
だが、この感覚は真に追い込まれて行動しようとして、だが出来ないという経験を得ないと理解出来ないのかもしれない。説明を重ねても、ロイには何のことか分からないようだった。
「……以前にも言ったが。私を私とたらしめるものは、かなり言動に縛りをかけてきていた。アラン魔術伯はそういうことはしない、という誰かが定めた行動規範を守らされていたのだ」
「うーん、その辺りは俺には分からないよ。俺はいつだって適当だし、俺に行動規範なんて無いだろうし。あっても守る気は一切ないし」
「…………」
やはり、ロイには境界を認識することは出来ないようだ。
彼とは分かり合うことは出来ない。彼が私を気に入っていようが、私にとってはただの同僚だ。彼の求めるように親しくなどしたくもない。
私は黙って無視することにした。
勿論、彼はそんなことを気にせず話し続ける。
「なあ、さっきの質問に答えてくれよ。エリザベスに魔力を注いでどうするつもりなんだ? モノにするだけなら、魔力を抑えて身体だけの関係にすることも出来るだろ」
「………………」
ロイの言う通りだ。
魔術師の男が、全ての女性に魔力を分け与えるわけではない。
気軽な関係を結ぶ時や、結婚したって別々の人生を歩む夫婦なら、魔力を注ぎ込むことはない。魔力を抑えて身体だけ交わる方法は、簡単に出来る。
でも、私はエリザベスにはそうはしたくない。
無言の私に、ロイは重ねて尋ねた。
「なあってば。もし本当に魔力を半分与えて、君の全てを分け与える契約なんてしたら、彼女が死んだら君も死ぬんだよ? 彼女は一方的に与えられ、守られるのみで君には何のメリットもない。なんで自分の寿命を分け与えるようなことをするんだよ」
「私がそうしたいからに決まっているだろう」
「絶対騙されてるって。洗脳されてるんじゃないかって疑ったけど、本当にされてないよね?」
「しつこいぞ」
昨日、エリザベスが本音で語りたいと秘密を打ち明けてくれた。だが、私は言っていないこといくつかあった。
魔力を注ぎ込んでいる件と契約についてもそうだが、もう一つある。
境界を破り、エリザベスを己のものにすると決めた時、理解してしまったのだ。
私に行動規範があるように、彼女にも行動規範があるのだろう。
それには恐らく、私という存在を盲目的に愛するというものが含まれている筈だ。
彼女はこの世界にただ一人、私の為に作られた存在なのだ。
そんな彼女を、私のものにして何が悪い。
絶対にエリザベスは私のものだ。これからもずっと、彼女を手放したりはしない。
ただ、懸念点はある。
もしも彼女も境界を越えて、私を愛したくはないという選択肢を選んだ時はどうすれば良いのだろう。
そのことに思い当たった時は、ゾッとした。
そんなことは許せない。絶対に、絶対に嫌だ。
彼女から愛され、居心地の良い場所を知ってしまった今、また一人になるなんて想像だけで虫唾が走る。
彼女は存在さえしていない私との子を絶対に手放さず可愛がると断言したくらい、愛情深い人だ。
その彼女の愛を、一身に捧げられる存在であり続けたい。
ならば、エリザベスを失わない為にどうすれば良いか。
考えた結果、口先だけではなく本当に私のものにする為に、魔力を注いで契約させれば良いのだと思いついた。
古い魔術で、そのようなものがあったのだ。
魔術師が配偶者を愛し、己の敵から守りたい時に使う究極の束縛魔法だ。
何せ、魂ごと縛って離れなくするのだから。
その魔術を知った時は、まさか己がそれを使うことになるとは夢にも思わなかった。
失われた古き魔術である上に、色々な制約があるので困難ではあるが、私になら実現出来る筈だ。私は徐々に、エリザベスの身体に魔力を注ぎ込んでいった。
狩猟祭の時に一晩、ベッドを共にすることが出来たのは僥倖だった。あれで一気に魔力を満たすことが出来た。
術が完成したら、私たちを引き離すことは何者にも適わない。
勿論、エリザベスが契約を拒否すれば話は別だが、彼女の様子から見て拒絶されることはないだろうと踏んでいる。
そう考えていると、ロイが笑いながら言う。
「君、魔力を注いでる理由を当の彼女に言ってないでしょ。魔力量が違うから触れたら気絶するとか嘘ついてたし。魔力を注がずヤろうと思ったら出来るよね。そんな隠し事だらけだったら、これから先上手くいかないって」
「これから後に理解してもらえそうなら打ち明ける。今はこれで良い」
「でもさ~」
「貴様も境界を越えたら分かる」
突き放すと、ロイは不満そうだった。
「その境界が何か分からないんだってば」
「他人に教えてもらっても分からないままだ。己の感覚で掴まなければいけない」
「そんなの、君が言ってるだけだろ」
「いいや」
「オイオイオイ。まさか、エリザベスもってこと? それで彼女に執着してるのか?」




