2.
屋敷に到着すると、別の馬車に乗っていたマドレーヌとナタリーが挨拶の為に待っていてくれた。
私は喜んで二人に近付く。
「マドレーヌ、ナタリー。二人とも、本当にありがとう。とっても助かったわ」
「とんでもないございません。むしろ遅くなって申し訳ございません。今後はこのようなことのないよう、お側に付き従います」
マドレーヌがビシッと敬礼して言ってくれたけど、そんなに気を遣わなくても大丈夫。
私はまあまあ、と宥めているとナタリーが小声で耳打ちした。
「エリザベスさま。アラン魔術伯は、近くにはいらっしゃいませんか」
「ええ、お忙しいので先に王宮に戻られたの」
「少し、お耳にお入れしたいことがあります。エリザベスさまのお身体についてです」
「え……、構わないけれど」
何を言われるんだろう。不思議に思っていると、ナタリーはそっと言った。
「静かな場所で、お人払いをお願いいたします」
「分かったわ」
天気も気候も良いので、庭園を歩きながら話すのが良いだろう。
マドレーヌには後ろについてもらって、私とナタリーは並んで歩く。
エスコートの為にナタリーが腕を差し出してくれた。男装の美女と腕を組みながら歩くだなんて、人生何が起こるか分からないものだわ。
そんな呑気な感想を抱いていると、彼女は小声で話を始めた。
「失礼。今、エリザベスさまに触れることによって指輪の効能を無効にしております。具体的には、アラン魔術伯に聞かれないように魔道具を停止させています」
「まあ、そんなことも出来るのね。私、魔力があまり無いから、生活魔法を使うので精一杯なの」
「私も、それほど魔力量は多くありません。ただ、人の魔力を見たり感じたりすることが得意なのです。それは、人の存在を魔力で感じられるということです」
「ふーん? そういえば、ナタリーはずっとアランさまの魔力について気にしているわよね?」
よく分からないので生返事になりそうだったけれど、過去にナタリーが色々言っていたことを思い出して口にした。
ナタリーは頷いて続けた。
「エリザベスさまの身体は、アラン魔術伯の魔力に浸食されている状態です。身体の交わりがあったとしても通常、これほどにはならないでしょう」
「浸食って、どういうこと。アランさまは、私とその、触れ合えるようになる為に魔力を注いでいるって言っていたけれど」
「私にはそれだけとは思えません。触れ合うだけなら、ここまでしなくても良い筈です。大体、触れ合って眠ってしまうというのもおかしな話です。ひょっとしたら、魔力を注ぎ込まれて気絶しているのではないでしょうか」
「えーっ」
そんなこと言われても。驚く私に彼女は続ける。
「最初にエリザベスさまにお会いした日に、ダンスの為にお手を触れたでしょう。あの時、二種の魔力を感じて驚いたのです。今まで、そんな状態の人を見たことはありません。しかし、魔術伯ほどの大きな魔力を持っている人はパートナーを持つとそうなるのかもしれない、そう考えました。しかし、エリザベスさまと魔術伯は未だ清い仲とおっしゃる」
「あっ、それであんなことを聞いたのね」
会って間もないのに、身体の関係があるかどうかってすごい突っ込んだことを聞いてくるじゃん? って思ってたのよね。別にゴシップが好きで聞いたわけじゃなかったのね。
それを正しく読み取ったようで、ナタリーはすまなさそうに謝罪をした。
「不躾とは思いましたが、肉体関係の有無を聞いて今の状態が故意か、そうでないかを確認いたしました。申し訳ありませんでした」
「いいのよ。マドレーヌの様子がおかしくなったのは少し、気になったけれど」
「ああ……、あれは色々恥ずかしくなったのでしょう。捨て置いて構いません」
マドレーヌったら照れちゃったのかしら。可愛らしいところもあるのね。
「ふふっ。それならいいけれど」
「それより、エリザベスさまのお身体です。いつ身体を乗っ取られてもおかしくない状態なのですよ。ご自身の意思とは違う言動をされたり、起きている間でも意識を失ったりはしていませんか?」
「えっ! そんなことまで。ひょっとして、アランさまの魔力で私は好きにされてしまうってこと……?」
以前、ソフィアにお茶を掛けさせられたことがあった。ああいう感じで、身体を操られてしまうものの大掛かり版ということだろうか。
その問いかけに、ナタリーは真顔で頷く。
そして私と腕を組んだまま、真顔になって向き合った。
「魔術伯の目的は分かりません。何か心当たりはありませんか?」
「心当たり。何だろう……」
「エリザベスさまは、公爵家のご令嬢でご自身でも事業を手掛けていらっしゃる、我が王国で一二を争う富をお持ちの方です。また、独身女性の中では一番高い身分の御方です。貴女さまを手に入れることは殿方にも成功を約束するということです」
「えーっ。でもアランさまが今更、富や名誉を必要とされるかしら」
それだったら、私が前世の記憶を取り戻す以前から満更でも無い様子になると思う。でも、彼は私には一切興味は抱いていなかった。
「それは分かりません。エリザベスさまを我が物とすることで、何かを得られるのでしょうか。それとも、操って何かをしようとしている? それまで何者にも興味は無い様子だった彼が、今はエリザベスさまを手に入れることに執心しているように見える。王国騎士団としては、魔神まで倒す彼が公爵家令嬢の富と権力を我が物とすることを、危険視しております」
なるほど、ナタリーが何かと私を心配しているのは騎士団としての役割らしい。
ここで私が心当たりや心配ごとを打ち明けると、騎士団ひいては王国の中枢部に筒抜けなのだろう。
「……私には分からないわ。特に不安なことも無いし、アランさまに不審を抱いているわけでもないもの」
「そうですか。では、何かおかしな点がありましたら、すぐに連絡頂けますか」
「ナタリーはスマホを持っているの?」
「はい」
私たちは連絡先を交換して、それからお帰り頂いた。
部屋に戻ってから、私はアランさまにスマホでメッセージを送った。
「アランさま、お話ししたいことがあります。お時間が出来たらお屋敷に伺いますから連絡ください」
アランさまからはすぐ返事が来た。明日、屋敷に来てくれということだった。
私は、以前から疑問があって燻っていた気持ちをアランさまにぶつけようと決心したのだった。
ナタリーに不安は無いと言ったのは、己の心に言い聞かせていたことだった。
あの告白の日、アランさまは私に嫌悪感丸出しで、けんもほろろに拒絶した。
それなのに、翌日には手のひらクルーって感じでいきなり求婚してきたのだ。
理由も色々言ってくれてた。
でも、そんなの到底信じられないことで。
一体どうして?
そんなに一夜で心変わりするってこと、ある?
アランさまを信じて一緒に居たら幸せになれる、私がアランさまを大好きだから。そう考えて疑問を抱かないように心を押さえつけていた。
でも、私を操ろうとしている? 魔力を注ぎ込むって何?
アランさまの本当の狙いって何?
アランさまは本当に、私のこと好きなの?
これを聞いたら、今の幸せが全て失われるかもしれない。アランさまを失いたくないから、今までは不安なことを考えないようにしていた。
でも、それは先送りにしていただけ。
いよいよ、騎士団がアランさまを不安視しているという段階で、私は動くことにしたのだった。




