1.
アランさまは一人なら魔術ですぐにでも王都に帰れるらしいけど、私と一緒にわざわざ馬車に乗って帰ってくれた。
当然、馬車の中では私とシーラによる魔神についての質問責めよ。
「アランさま、欲望の魔神っておとぎ話と同じなんですか?」
「おとぎ話とは、勇者に封印されたという顛末だろうか」
「そうです。本当にそんな魔神って居るんですね……」
私の感想に、アランさまは優しい笑みを浮かべた。
「そのようだな。私も、褒章として勇者と同じように姫であるエリザベスを娶りたかったが、不祥事の相殺として使うことになりそうだ」
「そんな。せっかくすごいお手柄だったのに。ランベールも神話級だって言っていたわ」
私たちの話の脱線ぶりに、シーラが見かねて口を挟んだ。
「そもそも、アランさまはどうやって欲望の魔神を見つけたのでしょう」
「何となくだが、以前から存在は認識していた。これを倒せなければ、私が真に解放されないのではないかと、そんな予感があったのだ」
「それって。欲望の魔神はアランさまを乗っ取ろうとしていたんでしょうか?」
リーシャオとミリセントが言っていたことだ。本当かどうかは分からないと思っていたけれど、アランさまは首を縦に振った。
「おそらく。私を呼んでいるかのように思えることはあった」
「そんな! アランさま、ご無事で良かったわ。でもどうして……」
「それは分からない」
またシーラが質問してくれる。
「欲望の魔神は、どこに居たのでしょう」
「王国の北東部にある、何も無い荒野にある洞窟の中だ」
「それは見てすぐに欲望の魔神と分かるものが居たのでしょうか?」
その疑問には、アランさまは少し沈黙してから教えてくれた。
「……欲望の魔神は、私と同じ顔をしていた」
「えっ!」
「角が生えていて、魔神だとすぐに分かった。容姿が似ている事柄を推察するに、私の魔力が欲しいから姿を似せて惑わせようとしたのか。それとも、私も天から堕とされたコーディウスという神の因子を持って人として生まれたのか。それは分からない」
「アランさまが、天より堕とされし神の一員かも……。は~、それでそんなにお美しくて魔力が膨大で素敵な存在なんだわ。私、アランさまが神って言われても信じます!」
私が勢い込んで言っても、アランさまは引かずに優しい眼差しのままで居てくれた。
シーラは何やら考え込んでぶつぶつ言いだした。
「魔力の大きさと容姿から、幼い頃に不遇だった少年がそれを利用して成り上がり、姫君と結ばれる。実は天から堕とされた神の善なる部分を持って人として生まれ変わっていて、悪の部分を持った存在を倒す。冒険談にピッタリじゃない。次の新作はこれに……、いえでも、他の続編も書かなきゃだし、忙しいわね……」
私はフフッと笑ってシーラを見守る。こうなったら、集中して文章を練りだすから、話しかけるのも邪魔だろう。
私が口を噤むと、アランさまも黙った。そして私の頭を優しく撫でてくれる。
私はつい、アランさまに甘えて擦り寄った。
すると、アランさまは私の顎をくいっと持ち上げ、顔を近付けてくる。
綺麗な顔だな~ってボーっと見惚れていると、唇にちゅっと柔らかなものが降れた。
「っ!」
キス、されちゃった。でも、ドキドキはするけど前みたいに気絶したりやけに眠くなったりはしない。
あれ、どうしたのかしら。
不思議に思っていると、アランさまがフッと笑みを浮かべる。そして、耳元で囁いた。
「少しは、慣れたようだな。やはり、一晩中魔力を注ぎ込めたのは大きかった」
「あっ、昨日の夜、そんなことしてたの……?」
「私の魔力が大きすぎて、エリザベスと触れ合うのは難しかったのだ。でも、これからはもう少し……」
そう言ってアランさまが私の耳をカプリと噛んだ。
「ひゃんっ」
思わず変な声を上げてしまうと、シーラがいきなり正気を取り戻した。
そして白目がちの瞳をキッと吊り上げ、アランさまを睨みつける。
「まだ婚約者でも無いのです。節度あるお付き合いをお願いいたします」
「私たちは恋人同士だ」
「それでも、対外的にはエリザベスさまは公爵家のご令嬢なんです。お嬢さまの評判が下がるようなことは慎んで頂きます」
マドレーヌは咳ばらい攻撃だったけど、シーラは睨みながら正論攻めだった。眼光が鋭いので迫力がある。
「ま、まあ、私の評判なんて、無いようなものだから」
「そんなことはございません。お嬢さまは王国に二人と居ない才媛でいらっしゃいます」
「やだ~。それはシーラでしょ」
「お嬢さま、そのようなことはございません」
「次のお話もみんな、楽しみにしているわ。今のお話、書き上げたら専業になることも考えてみて」
私の提案は、セルジュ先生にせっつかれたというのもあるが、やっぱり働きながら作家業は大変なんじゃないかと思ってのことだ。
けれど、シーラは顔を曇らせる。
「私としましては、公爵家の侍女であることは大変誇りとしております。辞めることは考えられません」
「一時休職でも良いわよ。専業作家になってみて、もしダメだと思ったらまた戻れば良いじゃない。そりゃ、私としてはシーラに一緒に居てもらえるのは嬉しいわ。でも、私が公爵家を出た後、離れてしまうのは嫌なのよね……」
私の言葉を聞いて、シーラはアランさまに視線を向けた。
「噂を耳にしたのですが。そちらのお屋敷は、既婚者しか勤められないというのは本当でしょうか」
「そうだ」
「一生独身で、決して男性に近付かないと誓ってもでしょうか」
「理由を付けて独身女性を雇うと、後に続こうとする者も居るだろう。貴女がエリザベスに忠誠厚い人だとは分かるが、前例を作りたくない」
アランさまは、ソフィアみたいな女を二度と近付けたくないと考えているのだろう。
しかし、シーラは耳が痛い指摘をした。
「本当にアランさまに近付きたい女性なら、偽装結婚をしてでも入り込むでしょう」
「……そうならないよう、エリザベスへの忠心を見極めよう」
「まあ。ありがとう、アランさま」
そういえばアランさまが魔王にならないなら、私の死亡フラグも無くなったんじゃないかしら。ミリセントにも教えてあげなきゃ。
リーシャオには、ミリセントが教えるだろうから私からは別にいいや。
まだモンペール劇団を紹介して私をハメようとしたこと、許してないんだから。
馬車の中は緩やかで平和で、私たちは穏やかな時間を過ごし王都に戻ったのだった。




