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ヒーローを追いかけまわすタイプの悪役令嬢に転生してしまったけどキャラ変したいです  作者: 園内かな
有能侍女の潜入捜査

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3.


 二人が出掛けた翌日の朝、エリザベスさまから合図があった。それを受け取ったロナルドさんは、私にポケベルで『行け』と短く命じる。


 主人がおらず、屋敷内は誰も働く者が居ない。皆がダラけているので、私も動きやすい。

 昨夜のうちに、塔の食事係から鍵を拝借していたので、合図があってすぐに鍵を開ける。

 塔の中に滑り込むと、本当に外から見るのと違う景色が広がっていた。


 私は迷宮内部を低空飛行で移動し始めた。走っていくより断然早い。

 奥にある魔力を目指して行くだけなので、簡単な筈だ。

 けれど、迷宮内はトラップが要所にかけられてあった。


 炎をまとった魔物も出てくる。私はそれらを水の魔法で撃退しながら進んでいった。

 床を踏むことなく移動出来た分、トラップは結構回避出来たと思う。

 しかし敵もさるもの、長く広く見える一本の通路では風魔法の使用が禁止されていた。これでは飛ぶことが出来ない。


 その通路の両サイドには、魔物の石像がずらりと並んでいた。羽根のついたタイプの魔物が、うずくまったり立ったりしている像が通路を見守っているのである。

 これ絶対、動くタイプの石像でしょ。歩いたら攻撃してくるんだわ。

 ただ、先に攻撃すると奥にある石像まで全部が一斉に襲ってくると見た。


 ということは、攻撃してきた石像にカウンターで攻撃し返せばいいわけね。

 私なら、出来る。

 すぐに攻撃魔法を出せるように、私は足を踏み出した。


 こういうのは、足を止めずにテンポよくさっさと歩かなくちゃいけない。

 果たして、私が歩き出すとすぐ近くの石像がぎょろりと目玉を動かし、攻撃態勢に入ってきた。

 こういう時は、魔力を練って魔術を行使するんじゃなくて、魔法力をそのまま放出するのが良い。私は攻撃してきた石像を感知し、それを正確に破壊した。


 しかしこれでは返す魔力が大きすぎる。別に粉々にする必要は無いんだから。

 私は魔力がそれほど多くはない代わりに、精密な操作が出来る。魔力をもっと抑え、でも一撃で石像の攻撃部分だけ破壊する。

 私には出来る。


 私は迷いない足取りで歩みを止めない。次々に石像が攻撃してきたけれど、それら全ての攻撃を結界で防ぎ、反撃していく。

 やってるうちに、集中力が増してきた。

 うん、すごく調子が良い。

 俯瞰して状況が見れる。視界が広い。


 石像が攻撃してきてから反撃までの時間が短くなっていく。

 半分まで来た頃には、どの石像が攻撃してきそうなのか分かる。その攻撃を相殺する魔力を放ってそのまま石像を貫くことも出来た。

 このままなら順調に廊下を渡り切れそう。


 そう思っていると、背後から強大な魔力反応が近付いてきた。

 これは、まさか。

 思った瞬間、通路にある全ての石像が破壊されていく。

 そして、最後に聞いたより少しかすれ気味な声が聞こえた。


「ちまちま壊してないで、一気に破壊した方が早い」


 きっと、今声変わり中なのだろう。私は振り返らずに歩いたまま答えた。


「やり方が下品なのよね」

「ハッ、出来ないからやってないだけだろ」

「それに、先に壊してしまったら新しい攻撃をされるわ」


 私の予想通り、前方にあるまだ攻撃をしていない石像の破片がカタカタと動いて集まっていく。

 そして通路を防ぐように、巨大な石像が出来上がっていく。私はスッと脇に避けて歩き続けた。勿論、結界は張り続けている。

 クリスはまたも強い魔力を連発して石像を破壊しようとする。石像の強度を上回る高出力をすれば良いとでも考えているのだろう。


 やり方がスマートじゃない。いつも力押しなのよね。

 それじゃあ、また石が集まって石像が出来上がる無限ループじゃないの。

 私は石像が崩れた時を狙って脇を走り抜いて、そして通路の奥にある扉に近付いた。

 思った通り、魔術的に封印されている。それを解除する為に解析していく。


 クリスが石像を相手しているうちにさっさと開けなきゃ。

 しばらくすると、背後の音が止んだ。

 まさか、石像への攻撃をもう止めたのか。チラッと後ろを向くと、なんと石像の石が砕けて完全に砂にされた挙句、それを風魔法で全て後方へと吹き飛ばしたようだ。


 魔力量が多いからって、ゴリ押しが酷すぎるのよね。

 私は急いで解析を終わらせ、鍵を開けた。


「開錠」


 扉を開けると、予想通り、クリスが中に飛び込んでいく。

 私も続いて入った。

 そして、中の人物から攻撃されて魔法の打ち合いになっていた。


 相手はやはり、首輪のついた子供だった。

 痩せ細って、ボロを着せられ、髪も肌も薄汚れている。

 そして、部屋の中には何も無かった。ただの、円形状の部屋だ。そこにはベッドもシーツも無い。トイレは、外に繋がっている穴だけだ。

 不潔な環境で監禁されていることは明らかだった。


 子供は火の魔法を連続して打ち続けている。しかし、魔力が豊富でも体力が乏しいので続けては打てない。すぐに肩で息をし始めた。

 そこに、クリスは容赦なく反撃をしている。

 私は囚われていた子供に結界を張った。


「やめなさい、クリス。私はこの子を救出する為に来たんだから」

「そっちにも攻撃しているのを、止めてやってるんだろ」

「あんたの意見なんて聞いてないわ。やめろって言われたらやめればいいだけ」

「はぁ? うるせぇ、媚売り女」

「それはあんたのことでしょ、人にたかってるクソガキ。あんたが通ってる魔法学園の学費、誰が払ってるか知ってるの?」

「お前に関係ないだろ、黙ってろ」

「は~、やだやだ。貧乏自慢のクソガキは平気で人にたかって恥ずかしげもなく生きているんだから」


 そう言いながらも、彼女に施されている洗脳魔術の跡を探る。首輪をはずせば解けるようだった。

 私は結界を解くなり、瞬時に首輪に触れて唱えた。


「開錠」


 重い首輪だったようで、床に転がる時にガチャンっと金属音がした。

 こんなのされてるなんて、許せないわね。

 そして洗脳が解けた瞬間、子供はぺたりと床に座り込んだ。

 見守っていると、弱々しい声を出す。


「あの……」

「あっ、お話しして良いかしら。あなた、ここから出たくない?」


 私の問いかけに、子供はこくりと頷いた。


「出たい。でも……」


 すると、最後まで聞かずにまたクリスが超高出力な魔術を放出した。

 今度は、壁に向かってだ。壁に穴があいて、塔の外側に続いているが見えた。


「じゃあ、行こうか」


 クリスが子供を抱えようとして近付くと、その子は続きを小さく言った。


「でも、塔から出れない。塔を攻撃してしまったら、塔の中では魔法を使えなくなって、そして今まで放った魔法が跳ね返ってくる……」

「?!」


 私は塔内で、数えきれないほどの魔法を行使していた。

 クリスは、数は少なくても威力が強大な魔法を使っている。

 今まで魔法を使えたのは、塔本体への攻撃はしていないとカウントされていたのだろう。でも、今、クリスが直接塔を攻撃してしまった。


 このままでは、二人とも命の危険がある。

 私が絶句すると、クリスが決断した。


「飛び降りるしかない!」

「すごい高さだけど?!」


 今から魔法を使えないなら、飛び降りたら普通に落ちるだけだ。

 私とクリスは、ひょっとしたら足の骨を折るくらいで済むかもしれない。

 でも、この子は無理だろう。弱り切った身体で飛び降りたら、多分死んでしまうんじゃないかしら。

 そうこうしているうちに、塔が崩壊をし始めたのか、少しずつ傾いてきた。

 捉えられていた子は、冷静に言う。


「使った魔法が強すぎて、塔が壊れたのかも」

「いちかばちか、飛び降りるしかない」


 クリスの決断に、それに乗るしかないかと思っていると外から近付いてくる気配がある。


「待って! あれは!」


 塔の上に金具をひっかけ、ロープを垂らしたのだろう。上から垂らされたロープを使って、塔の壁面を駆け上がってくる黒ずくめの男がいる。


「グレゴリー先生!」

「グレゴリーさん!」

「一応、俺も用意していて正解だったな。脱出するぞ!」

「グレゴリーさん、この子を背負ってあげて」


 私が指さす前に、クリスが囚われていた子を担ぎ上げてグレゴリーさんの背中に飛び乗る。

 私もグレゴリーさんの腕に捕まり、彼に片手で抱えられると四人で外に飛び出した。

 ロープを掴んで駆け降りるが、それより前に塔が崩壊しそうだ。


「うぉぉぉ! 間に合え!」


 私は必死で風魔法を使って少しでも浮遊させようとしたけれど、魔法の塔の強制力は強いようでちっとも浮かない。


「ねえ! 魔法を使える条件はないの?」

「喋るな! 舌噛むぞ! もう飛び降りる!」

「きゃぁぁー!」


 思わず悲鳴をあげてしまう。グレゴリーさんは塔の崩壊の方が早いと見切って、塔の壁面を蹴ってロープから手を離し、地面を目指した。

 塔から離れたら、少しでも浮くかもしれない。


 私は諦めずに風魔法を使い続ける。

 クリスも、結界を張って少しでも衝撃を和らげようとしているようだ。

 

 着地寸前に、ほんの少しの魔法力が復活し、私たちは地面に叩きつけられることなく地面に降り立った。しかし、グレゴリーさんの足からボキィっ! という嫌な音が聞こえた。無理もない、子供とはいえ三人も抱えて高所から飛び降りたのだ。私たちが無事なのが奇跡的だった。

 着地した後、倒れこむグレゴリーさん。


「グレゴリーさん!」

「先生!」

「っ、くっ……、大丈夫だ。ただ、古傷をまた痛めちまったようだ。動けねぇ」


 グレゴリーさんの顔は真っ青になっていて、冷や汗が酷い。


「二人とも、回復魔法は使えない?」


 私は慌ててクリスと子供に尋ねたけれど、二人とも首を横に振った。

 だったら、助けを呼ぶしかない。


(ロナルドさん! ここに来てるわよね?! グレゴリーさんが足を痛めてしまったの!)

『はい、来ています。では、医師のところまで連れて行きましょう』

「グレゴリーさん、ロナルドさんがすぐ来てお医者さんに連れていってくれるって。それまで耐えて」


 私がそう言うと、グレゴリーさんは苦しい息の中、口を開いた。


「お前たちは、怪我は、無いか」

「大丈夫! どこも怪我してないわ。ね、二人とも」

「はい!」

「は、い……」


 助けが来るまでの時間は、とても心配でもどかしかった。何も出来ない自分が役立たずだと思えた。

 グレゴリーさんは、私たちを助けてくれて怪我をしたのに、自分より私たちの怪我を確認してくれたのだ。


「居た! あそこだ!」

「はい! こっちです!」


 ロナルドさんと一緒に来ていた腕っぷしの強そうな人たちが、すぐにグレゴリーさんを運んでくれる。

 クリスは担いでいた子供を、そのうちの一人に渡そうとした。


「この子も診療所にお願いします。長らく監禁されていたようで、弱っています」


 すると、恐らくロナルドさんが今日の為に雇ったであろう傭兵の男性は嫌な顔をして受け取りを躊躇した。


「うわ、ひでぇ臭いだな」

「……!」


 あの広間で会った時から必死だったから、臭いには気が付かなかった。

 でも、本人が好きでそうしたんじゃなくて、無理やり捕らえられた上に洗脳されていてそうなったのに、面と向かってそんな風に言うのって酷くない?

 その子も、ショックを受けたようにビクンと身体を震わせ俯いてしまった。

 私は嫌な顔をして言った。


「うーわ、ノンデリ」

「ノンデリって何ですか」


 ロナルドさんが質問したから、普通に答える。


「ノンデリカシー、デリカシーが無い人ってことですよ。気遣い出来ないガサツな感じするから、おじさん、モテないでしょ」

「んなっ!」


 傭兵のおじさんを無視して、クリスも言う。


「僕がこの子を運ぶ」

「クリスくん、ジェシカさんも一緒に医師の元に同行お願いします。報告事項をまとめたいので」

「はい、分かりました」


 ロナルドさんの指示に頷くと、彼は移動しながらスマホを見る。


「先ほど、予定より遅れていると連絡したところなのです。監視対象は視界から外れたそうですが、邪魔が入る前に決着はついたようで良かったです」

「塔は壊れてしまいましたけど」


 すると、クリスが吐き捨てるように言う。


「こんな塔、壊れた方がいい」

「アランさまが弁償を求めたら、あんたがしなさいよ」

「…………」


 その言葉にはむっつり黙り込むクリス。

 ロナルドさんは少し笑ってからメッセージを打った。


「目標確保完了、っと。よし、診療所に急ぎましょう」


***


 お医者さんに診てもらって、私とクリスは無傷。

 囚われていた子は、衰弱は激しいものの命に別状は無いということで、ロナルドさんの従業員寮でしばらく療養することになった。がりがりにやせ細って汚かったから分からなかったけれど、女の子だったようだ。これからは私や先輩の女性たちが看病に当たる。


 そして、グレゴリーさんの怪我は、とても酷いようだった。

 私は直接聞いたわけではないけれど、お医者さんは『手の施しようがない』と応急処置で終えたらしい。


 もし完治してももう走ることは出来ず、歩くのもやっとの状態になるだろうという見立てだった。

 私はその話を聞いて、落ち込まずにはいられなかった。


「はあ。一体、どうすれば良かったのかしら」


 一応、安静にしておくよう言われて待機していると、ロビンが従業員寮にまで会いに来てくれた。

 私たちは再び無事に会えたことを喜んだけれど、すぐに愚痴っぽくなってしまった。

 ロビンは慰めるように言ってくれる。


「でも、塔の条件なんて分かるわけなかったんだし、魔法を使わずに向かうことは出来なかったんでしょ? ジェシカちゃんは出来ることはしたと思うよ」

「結婚したばかりなのに、こんなことになってしまって。マドレーヌさんに合わせる顔がないわ。それに、エリザベスさまだって気にされるでしょうし」

「過去を悔やむより、これからのことを考えようよ。魔道具で歩けるように補助出来るかもしれないし」


 その意見は楽天的ではないだろうか。


「エリザベスさまなら、神殿に大金を寄付して最高の治癒魔法をかけてくれるかもしれない。魔道具でも、いくらでもお金をかけて開発するかもしれない。でもそれを、エリザベスさまにお願いして頼ってもいいのかな? マドレーヌさんも、グレゴリーさんも遠慮するでしょうし」

「エリザベスさまなら、気前よくやってくれそうだけどね」

「だからって、私たちのような下々の者が気軽に受けていいものじゃないと思うわ。そんなことしたら、王国中の人が困った時にエリザベスさまに頼りだすじゃない」


 私の心配に、ロビンも眉を下げた。


「うん。頼るのは良くないよね。つい、エリザベスさまなら何とかしてくれるんじゃないかって甘えて考えてしまってた」

「私たちに出来ることはないか、考えてみましょ」


 この後、エリザベスさまは帰ってきてから、私たちが考えもつかなかったことを新しく始めるんだけれど、この時の私は不安と悲しみでいっぱいだった。


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