2.
ロビンの言っていた策とは、この屋敷の中にある修練堂をメンテナンスするというものだった。
アランさまが先に、メンテナンスで作業員が入ると告げておき、予告通りに数人の男性が敷地内に入るのだ。
大体はメルヴィス工房の職人たちで、その中には腕利きのジョーさん、変装したグレゴリーさんとクリスも来ていたらしい。
私たち使用人は外部との接触を禁じられていて、屋敷の外には出向けなかった。
そして、ロビンも親方に危ない所に行くのは駄目だと止められ、工房に居たらしい。
残念がってくれていたけれど、確かにロビンが来るのは危険かもしれない。私が浮足立って余計なことをしてしまうかもしれないし。
それで、修練堂の中のことはよく分からなかったんだけど、その日の夜にロビンが色々教えてくれた。
『クリスくんが、作業中に偵察して来てくれて分かったことがいくつかあるんだ』
(あいつっ、そんな危ないことを)
勿論、奴の身を心配してではない。余計なことをしてこっちに疑いがかかったらどうしてくれるんだ、という危惧である。
『その辺りはバレないようにしたみたいだよ。幻術で監視の目をかいくぐったみたい。作業員が別の場所に行かないよう、ずっと監視する人が居たんだって。それだけ厳重ってことは、何かやましいことがあるんだろうね』
(それで、分かったことって?)
『まず、奥の塔の中に幽閉されているのは人間らしい』
(えーっ! だって、塔って言ったって、ごく狭い所なのよ。人なんて住めない環境よ。それに、持ち込まれている食料だって、餌みたいなもので毎食ではないし。人の気配もしないのに……)
私が驚いて言うと、ロビンは更に教えてくれた。
『塔の中には、奇妙な魔力が充満していて、恐らく迷宮になっているらしい』
(迷宮、ってどういうこと)
『魔力によって作り出された迷宮が塔の中に展開していて、それを突破しないと中の人には会えないんだろうね』
(食事は、多分扉を開けてすぐの所に置いているわ。じゃあ、そこに忍び込めば向こうから会いに来てくれるんじゃない? 魔物じゃないなら、そこに居る理由とか何をしているかも聞けるでしょうし)
私の提案に、ロビンは迷いながらも否定した。
『それが……、どうも、正気じゃないんじゃないかって疑いがあるんだ』
(正気じゃ、ない……)
確かに、正気なら狭い塔に迷宮を作り出して、餌みたいな少量の食料で過ごすことはしないだろう。
『ジェシカちゃんも、人の気配はしないって言ってたでしょう。それは、人としての心を保っていないまま、封じ込められているんじゃないかって推測したみたい』
(……そして、今の話が本当なら、幻術で居るように偽装しておけば、塔に近付いてもバレないってことよね)
『ジェシカちゃん。近付いて探る日は、ソフィアってお嬢さまとバルバラっていう使用人が居ない日にするんだよ。それについては、また手を打ってそういう日を作るようにするから。くれぐれも、先走って近付いたら……』
(分かったってば)
流石に、私もここまで設定されたことを自分の先走りで台無しにするつもりはない。
私は下働きの仕事をしながらも、キャシーやそれ以外の人とも仲良く話すようにしていった。そしてそれとなくこの屋敷のことを聞いて調べていく。ソフィアとバルバラの評判は、使用人の間でとても悪かった。
そして、二人の来客として頻繁に来るのはタブロイド紙の記者という話も聞いた。
なんと、アランさまとソフィアのゴシップは、ソフィア自らが売り込んでいたんだって!
勿論、このこともすぐ報告し、ロナルドさんが裏を取るって言ってた。
すごい、ソフィアはそこまでするんだ。執念がキツすぎて、男は引くよね。
私も気をつけよう。
そんなある日の深夜、ポケベルに振動があった。
誰かから連絡だ。私はすぐに起き上がってトイレに行き、メッセージを見る。
それはジョーさんからの連絡だった。
『今、数値に変動がある。対象者が、修練堂に居る筈だ』
塔の中は、迷宮化しているとはいえ魔法をぶっ放せば流石に振動や騒音で気付かれる。
魔力が不安定になって暴走しそうになれば、修練堂を使うのが一番だ。
私は気配を消して、修練堂に向かった。
物陰から伺って、近付こうか迷っているうちにもう終わったようだ。修練堂の扉が開かれる。
出てきた人物を見て、私は瞬いた。
バルバラが、犬を散歩させているのだ。
しかし、よく見ると犬ではなかった。首輪をして鎖に繋がれ、四つ足で歩いているが、それはやせ細った子供だったのだ!
私は驚愕の声を出さない為に、必死で口を手で押さえた。
二人は、塔の方に歩いていく。
十分に距離が取られた時に、私は修練堂の中へと潜り込んだ。何か、手がかりがないのかと思ったのだ。
中には何も無かった。魔力が全て吸い取られるのだから、当然だ。
でも、何となく、先ほどまで放たれていた魔力の属性は火ではないかと感じた。
修練堂の内部には、山を遠くに臨む風景画が描かれてあった。
以前は、真っ白だったけれどエリザベスさまの発案で壁画が描かれたという。
やっぱりエリザベスさまの感性は素晴らしいわ。
私はそう感じてしばらく絵画を眺めてから、使用人部屋に戻った。
寝ているフリをしながら、すぐにジョーさんに連絡する。
心で念じると、ジョーさんが応じてくれたのでさっきあったことを報告する。
バルバラが鎖に繋がれた子供を犬のように連れていて、恐らくその子が火の強大な魔力の持ち主であること。ソフィアはリストバンドを外しているし、測定はソフィアではなくその子がされていることだ。
ジョーさんはすぐに分析してくれた。
『リストバンドを付けている人物は、とてもストレス値が高い。しかし魔力の器が大きいので、暴発も防げている。こうやってたまに修練堂で発散するのは良い傾向だ』
(全然良くないですよ、鎖で繋がれているんだし)
『首輪に多分、隷属か何か魔術がかかっているのだろう。言うことをきくように。付けた人物への攻撃を禁止している筈だ』
(なるほど、それでバルバラに歯向かわず大人しくしているのね。そんなに魔力が強いなら、普通に出て行くもんね)
『それに、暗示もかかっているのだろう。恐らく、自分は人ではなく犬か魔物か、そんな風に思い込まされているんじゃないか』
(それが本当だとしたら、酷すぎない? 人を人とも思ってないなんて)
『そういう人間も居る。エリザベスさまとはまるで違う……』
(あらっ、貴方、話が分かるじゃない)
私は一気にジョーさんに親近感を抱いた。
年上の職人さんに、思わずため口をきいてしまったが、彼は怒らず受け止めてくれたようだ。
『この件も、ロナルドさんに調べてもらう。後は任せて、大人しくしていてくれ』
(大丈夫、私、これでも強いんですから)
『ロビンが心配する』
その言葉には何も言えず、私は大人しく引っ込んだ。
そして、いよいよ塔に近付く日が決まった。
ソフィアとバルバラが揃って外出するようなのだ。
どこに行くのかまでは分からなかったけれど、出掛ける準備をいているのだから、分かる。しかも泊りがけでいくようで、何日分もの服などの用意を侍女にさせている。その侍女本人に聞いたのだから、間違いがない。
屋敷の中は、一気に浮ついた空気になった。
煙たがられている主人とその腹心の家政婦長が居なくなるのだ。そりゃみんな喜ぶ。口さがない下女たちなんか、あの二人が居なくなったら何をしよう、と盛り上がっていた。
私は勿論、そのこともロビンに報告し、その話をロナルドさんたちに共有してもらった。
ソフィアたちが出掛けた日の夜中に、私は塔にまず忍び込むことを提案した。
だが当日、待ったがかかった。
なんと、ソフィアたちとエリザベスさまは同じ場所に居るらしい。
えーっ、羨ましい。私もエリザベスさまとお出掛けしたい。
まず、そう思った。
それで、エリザベスさまはこう提案してくださった。
「もし二人が塔の異変に気付いた時に、遠隔操作で何かをするかもしれないわ。だから、私の目の前に二人が居る時に、調べに行けばどうかしら」
はい、そうします!
私のことを考えてそんな風に言ってくださるなんて。エリザベスさま、私のことを思いながら言ってくれたのかなあ♡




