1.
時は少し遡る。
私は魔法も使える有能侍女、ジェシカ。
将来はエリザベスさまのお気に入りかつ、一番の使用人になって可愛がってもらうのが夢よ。
その為には、ここでやり遂げなければならないことがある。
それはアラン魔術伯のお屋敷に潜入捜査し、エリザベスさまに危害を加えているであろう女狐の正体を暴いてやるってことよ。
私は正直、アランさまに特に好意を抱けないし、エリザベスさまはアランさまの何が良いと思っているのかさっぱり分からない。でも、私の身分では公爵家の下働きにだってなるのは難しそう。だから、結婚さえすればエリザベスさまの元で働けるようになるアランさまの新しいお屋敷は正直有難い。結婚相手も、無事に確保出来たしね。
エリザベスさまがお幸せならそれで良いって思うことにして、アランさまのこともせいぜい利用させてもらうわ。
私が潜入するのはアランさまの旧お屋敷。
そこにはソフィアとバーバラという悪の根源が居ると、マドレーヌさんにも聞いた。
エリザベスさまは、危険なことはせずに調査だけでいいっておっしゃったけれど、私は出来れば悪いことをした証拠を掴んで官吏に突き出すくらいはしたいと狙っている。
私がお屋敷に潜入するにあたって、エリザベスさまはとても心配してくださって、先ずスマホではない連絡方法を考えてくださった。
「これはポケットの中で鳴るベル、ポケベルよ。これは受信機だけだから、発信は別の魔道具が必要になるんだけれど、ジェシカからは魔法で通信出来るから大丈夫よね」
「はい! エリザベスさま、ありがとうございます!」
私からは、魔術によって知っている人に話さずとも言葉を伝えることが出来る。でも、エリザベスさまから私に連絡は取れない。
高価なスマホを侍女が持っているのは不自然だし、中身を見られて私がエリザベスさまと繋がっているのがバレてはいけない。
ポケベルは数字で文字を表す暗号装置でもあるし、私の魔力でロックをかけてしまえばそもそも中を見ることは出来ない。
ポケベルで連絡を取ってくるのは、私のバックアップ体制を取ってくれる人たちだ。
先ず、私の後見人にもなってくれているサンポウ商会のロナルドさん。それからマドレーヌさんが紹介してくれた、彼女の旦那さまであるグレゴリーさん。そして私の婚約者であるロビン。ロビンの先輩で、ポケベルの実質製作者であるジョーさんも魔道具でのパックアップ担当だから連絡をくれるみたい。でも、大体はロビンが窓口になってくれているかな。
エリザベスさまからも
『気をつけて エリ』
って連絡が来たことあったけど、その時はすごくドキドキして興奮したわ。ポケベルはメッセージを保存出来ないから、すぐ消えちゃったけど。もし保存機能があったらずっと取っておくのに。
そのメッセージを励みに、私はアランさまに連れられて彼の旧屋敷に潜入した。
アランさまの姿を見ると、ソフィアとかいう女狐はわざとらしく瞳をウルウルさせて、縋りつかんばかりだった。
私も昔は、容姿を餌に人に取り入ったりすることがあったから、こいつは性悪だってすぐ分かったわよ。
でも私はアランさまには興味無いし働くことが目的なので、っていう本音を全面に出してスンっとしておいた。
アランさまは冷静に、バルバラに指示した。
「彼女はソフィアの体調管理の為に雇った侍女だ。ソフィア付きとして働かせるように」
「……かしこまりました、旦那さま」
「ソフィア。貴女にはこのリストバンドを常時付けてもらう。睡眠の時もずっとだ」
そう言ってリストバンドを義務的に付けてあげる。
ソフィアは嬉しそうにブレスレットを見ながら質問した。
「アランお兄さま、これは一体?」
「これは魔力を計測する魔道具だ。そして計測された魔力値は、この侍女が持っているスマホに表示される。暴発しそうな時も、枯渇しそうな時も事前に分かるから、侍女の言うことを聞いて備えるように」
「アランお兄さまが計測してくださらないの?」
甘ったるい声で取り入ろうとするソフィアの声を聞くと、鳥肌が出そうだった。
こういう態度の女にデレデレとする男は多い。
しかし、アランさまには全く効かなかったようだ。彼は無表情にしれっと言った。
「私は忙しい。それに、誤解を招くような言動は慎むべきだ」
「誤解って。アランお兄さまはわたくしの後見人で、面倒を見てくださるとばかり」
「私は後見人だが、貴女に対して邪な思いを抱いたことは一度もない。それなのに、ゴシップ紙には私たちの仲を邪推するような記事が載っていたようだ。今後はそのような事態を避ける為にも、貴女の世話は信頼出来る女性にだけ任せるつもりだ」
「アランお兄さま、他人の声など気にしないで。お願い、わたくしにはアランお兄さましか居ないのよ……」
「これからは、信頼がおける人物を増やしていくといい。私は業務が多忙なので、これで」
すごい塩。
面白~い。
この人、エリザベスさまと他の人の対応が全然違うから笑いそうになる。
でも、今笑顔を見せたら怪しまれる。私は真顔を保って、引き留めようとするソフィアと王宮に戻るというアランさまの攻防を見守った。
勿論、アランさまが勝った。彼はものすごい塩対応で、ソフィアを無視して帰っていった。
これ、完全にソフィアには気がないでしょ。
アランさまはエリザベスさまに真剣なんだわ。
エリザベスさまがアランさまのことを心底思っているのには嫉妬が止まらないし、羨ましくてこの野郎~って思うけれど。でも逆だと、ソフィアにザマアって思うわね。
私も複雑な乙女心を持っているんだわ。
私の感慨をよそに、ソフィアはバルバラを呼んで何やら耳打ちした。
するとバルバラが私を呼びつけて居丈高に命じる。
「スマホとやらを渡しなさい」
「はい」
こういう時は逆らうなと言われていた。
スマホを取り上げられ、けれど使用方法の説明は求められた。それも言われるがままに答え、最終的には下働きを命じられた。
へ~。アランさまの言うこと、簡単に無視するんだ。私が告げ口したらバレるとか、そういうことは思わないんだなあ。
私が冷めた目で観察していると、ソフィアは私とは直接口をきかないというやり方をするらしい。
バルバラに耳打ちし、色々命じている。
バルバラは私に言った。
「他の使用人に聞いて、仕事を始めなさい。下がりなさい」
「かしこまりました」
恭しく礼をして、部屋を出て行く。扉を閉める間際に、ソフィアがすぐにリストバンドを外してバルバラに渡しているのが見えた。
しかし私は何の反応もせず、素直に引き下がったのだ。
さて、私は人を見る目はなかなか持っていると思う。どういうタイプが御しやすいか、扱いやすいかを判断出来るからだ。
私はすぐに良い人材を見つけた。
キャシーという下級使用人は、お人よしで仕事を押し付けられやすい存在だった。
私は彼女に懐いてみせた。
「キャシーさん、色々教えてくださいね。私、来たばかりで何をすれば良いのか全然分からないんです」
「わ、わたしで良ければ! 一緒に働きましょ!」
ニコッと微笑みかければ、キャシーは喜んでお喋りをしてくれた。
その中には、屋敷内に立ち入り禁止区域があって、そこにはバルバラしか入っていないことも含まれていた。
キャシーは声を潜めて言う。
「奥の塔には絶対近付いちゃダメよ。でもね、私、そこに食事を運ばされたことがあったの。あの中には、何かが居るわ。獣臭くて、恐ろしい唸り声がしていて。魔獣じゃないかって噂もあるのよ」
「……! 分かりました。近寄りません」
勤務初日にして、ものすごい成果を挙げてしまったわね。
その塔には、何かが封じ込められているのだわ。それは、アランさまは関知していないのでしょう。
一日のうち、夜の決まった時間に定期連絡をするよう決めている。
私はすぐに報告した。
(聞いて、ロビン。早速見つけちゃったわ! 魔物がいるかもしれないの)
『えっ、ジェシカちゃん! 大丈夫なの?』
私は魔法で心に語り掛けられるけれど、相手が遠く離れていると気付いてもらえない可能性が高い。見える範囲に居るなら、絶対届くんだけど、距離があると精度が低くなる。
だから、ロビンには時間を決めて私のことを考えてもらうようにした。そうすると、声が届くってわけ。
心配してくれるロビンに、私は自慢げに言う。
(大丈夫よ。明日からも焦らず探って、何がいるか探るつもりよ)
『ジェシカちゃん、これはロナルドさんにだけじゃなく、グレゴリーさんとクリスくんにも報告しよう』
その名前に私はムッとした。
グレゴリーさんは、元騎士だし魔法も使えるし、足を痛めたとは言え常人より遥かに強い。最近はクリスに騎士として色々教えてあげたりもしているらしい。
でも、クリスの野郎にどうして教えなきゃいけないわけ?!
(ロナルドさんには言うわ。でも私一人で調べなきゃ、人が多くなっても動きがバレやすくなるでしょう)
『ジェシカちゃん、そんなこと言ってクリスくんが働くことを良く思ってないだけでしょ。手柄を取られるとか思わないで、動ける者が皆で協力しないと。ジェシカちゃんの身が危なくなるんだよ』
「分かってるわよ! でも嫌なの!」
思わず声に出してしまって、慌てて口を押える。この屋敷の使用人の扱いは良くないので、あまり環境の良くない部屋に数人の侍女が雑魚寝している。
私は寝言のフリをして、黙って目を瞑りながら魔法による通信を続けた。
(しばらくは、私一人で探るわ。よそから人が来たり動きがあれば、怪しまれるもの)
『こちらから調べる手筈も整えてあるよ。心細いだろうけれど大丈夫。だからくれぐれも危険なことはしないでね』
(分かったわよ、ありがとう。心配してくれて嬉しいわ)
『うん。早く終わってまた会いたいけど、焦るのも良くないから頑張ろうね』
こういう風に、サラッと優しいことを言ってくるんだから。ロビンに優しくされたら、胸がギューっとなる。
でも、エリザベスさまの役に立ちたいっていうのは、それとこれとは別の話なの。
私はクリスとかいう貧乏自慢のクソガキにだけは絶対負けたくない。エリザベスさまの寵愛は私が一心に浴びたいわけ。
アランさまのことは妬ましいけれど、男女の仲はいずれ冷めたりする。うちは母親が恋多き女、というかだらしない女で複雑な家庭環境故に、そういうのはよく分かってるの。
だから、恋愛的な部分は許容するわ。
でもそれ以外の、使用人として一番近くに居る権利は欲しい。その上で重用してもらいたい。
だから、頑張るわ。
焦らず慎重に、ね。




