2.
もしや、私に証言をさせたのは、アランさま以外の男と会っていたことを認めさせるため?
私は昨日の昼と一昨日の昼、二回リーシャオの部屋に行っている。けど、歩いて出てきたのは昨日の昼間だけ。ということは、目撃されたのはその時だろう。犯行があったとされる夜には、部屋から出ていないので目撃証言は無いはず。
考えていると、ロイが隠し切れない派手な笑顔を向ける。
「その表情は、本当ということだね」
「……それは昨日の昼間の話じゃないかしら」
「じゃあ、本当に行ったんだ。誰と会っていたのかな」
「誰にも会ってはいないわ。狩猟の森から宿泊棟に戻ろうとしたら、男性用の宿泊棟に着いてしまっただけ。だから会おうとして行ったわけじゃないの」
私は嘘を一切言っていない。
結構上手く、逃れられたんじゃないかしら。
しかし、ロイは追及の手を緩めない。
「狩猟の森に行ったのは、どなたかに会いに行ったんじゃ? それに、そこから戻るというのは、魔道具の類だよね。それは誰から貰ったのかな」
「それって今の件には関係ないわ。ソフィアの部屋に呪いの紋様が描かれたって話なのよね? 昼間にそんなことがあれば、すぐに誰かが気付くわ。描かれたのは夜でしょう。夜なら私は出歩いていないわ」
「アリバイの類は魔術的要素がある場合、関係ないって言ってたじゃないか」
「私には動機がないわ。その話はそれで終わった筈よ」
「そうかな。やはり、魔術的に正しいと証明してもらわなければ」
ロイの主張に、そうだそうだとバルバラと多分仕込みの何人かが応じている。
私はそいつらの顔をじーっと見つめて覚えておいた。
それからロイに向かって言い放つ。
「大体、どうして貴方が仕切っているわけ? 貴方みたいな信用ならない人に調査を任せるつもりはないわ」
「それは俺が現場に居るただ一人の魔術伯だからだよ。魔術が使われた不審な事件があれば、それを調べるのは魔術伯の任務だからな」
私はその言葉に、ニヤリと笑ってしまった。
「ただ一人、ではないわねぇ」
「……どういうことだ」
「言葉通りよ。この場には貴方以外にも魔術伯は居るってことよ」
私の言葉に初めて苛立った態度を見せ、睨みつけてくるロイ。
そこに、タイミングよく誰かが朝食会場へと入ってきた。
ランベールと、そこに付き従うのはユリアンお兄さまだけではない。
アランさまも来た!
アランさま~!
一心に彼を見つめていると、何故かランベールが呆れたように私に小言を言い始めた。
「一体どうした。また騒ぎを起こして」
「ちょっと! 私のせいじゃないわよ」
「嘘を吐くな。何か問題行動でもしでかしたんじゃないのか」
「違いますッ! 無実の罪で訴えられてるところなの!」
「無実の罪?」
本当か~? と言いたげなランベールを無視して、私はアランさまを見つめた。
そこに、私より先に駆け寄るソフィア。
「アランお兄さま。わたくし、怖いわ。呪われて、攻撃されているの……」
まーたソフィアの十八番、弱々しい振る舞いで男に守ってもらおうとする態度だ。
いい加減にしてほしいわ。何回やるんだか。
でも、それに騙されるアランさまではないもんね!
アランさまなら、ビシッと拒絶してくれるはず。
そう思ってみていたが、なんと、アランさまは手を差し出して頷いて言ったのだ。
「ああ、分かっている」
「アランお兄さま!」
な、何~!?
信じられない思いで見つめる私の目の前で、二人は手を取り合った。
そのまま抱擁でもしそうなソフィアだが、その直後にツとアランさまは身を引いた。
そしてソフィアは、己の両手首に嵌められた輪っかを見て小首を傾げる。
「アランお兄さま、これは何かしら」
「それは魔道具だ。魔術妨害のな。これを付けた者は、魔術を行使出来なくなる」
次に信じられない思いを抱いたのは、ソフィアだったようだ。驚いて問い返している。
「どういうことでしょう? わたくし、今は魔力の暴走なんて……」
「わざとらしいことは言わなくてもいい。分かっていると言っただろう」
「お兄さま、何のことなのかわたくしには分からないわ……」
「昨日、私の屋敷に調査が入った。勿論、持ち主である私の了承済だ。そこにはやせ細った少女が監禁されていた。何のことか分からないとは言わせない、ソフィアにバルバラ」
「っ……!」
息を吞むソフィアと、顔を青くするバルバラ。
私はアランさまに問いかけた。
「今、もうやってしまうのですか。朝食前ですけど」
それにはランベールが応じた。
「先に片付けてしまうがいい」
「アランさま、先にランベールに話をしたのですか」
「そうだ。許可を取っておいた方がいいと判断した」
落ち着き払ったアランさまが、私の元に来て優しい瞳で頭を撫でてくれた。
「エリザベス、心配しなくていい。貴女は私が守る」
「まぁっ! アランさまったら」
周囲のことを忘れて一気に脳内がハートだらけになったけど、冷や水を浴びせたのはロイだった。
「アラン、正気に戻ってくれ。君、洗脳されているだろ」
「いいや、むしろ逆だ」
「……どういうこと?」
「それよりも、ロイ。エリザベスに近付くことも、ましてや攻撃することも禁じた筈だ。よくも色々やってくれたな」
低い声で威圧するアランさまに、ロイは飄々とした雰囲気で肩をすくめてにこやかな口調で否定する。
「誤解だって。むしろ君の為だよ、アラン。そのお嬢さんが色々な男と密会して怪しい態度を取った挙句、男性宿泊棟に向かう所を目撃されているんだよ。そんな身持ちの悪い女、君だって嫌だろう」
すると、フッとアランさまは笑って私の肩を抱き寄せてから言った。
「君がどういう仕掛けをしていたか知らないが、これだけは証言しよう。昨夜、エリザベスは一晩中私と共に居た」
「……!」
この証言は、皆の度肝を抜いたらしい。
ロイもソフィアも、驚愕の表情になっている。
怒りの声を出したのは、マドレーヌだ。
「貴様ッ! なんということを! エリザベスさまの名誉を失墜させるつもりか!」
私はまあまあとマドレーヌを宥めた。
「どうせ、元から評判は悪かったもの。別にこれくらい構わないわ」
「構わなくありません!」
「大丈夫だってば」
それくらい、別に私にはどうってことないわ。むしろ、既成事実があるかのようで、そういうことを発表しちゃって嬉し恥ずかし、という気持ちだ。
だが、冷めた声を出したのはランベールだ。
「どうせ、一晩中共に過ごしたと言っても普通にぐっすり眠っていたんだろう。エリィは」
「クッ、どうして分かるのよぉ」
「お前は赤ん坊くらい寝付きがいいからな。アランが一緒でも、ぐうぐう寝こけるに違いない」
ランベールに理解されていることに悔しい思いをしていると、アランさまも続けて証言してくれた。
「一晩、一緒だったがエリザベスの身を汚すようなことは誓ってしていない。彼女は潔白だ」
「それって、彼女に魅力が無かったとか? 一晩一緒で手を出さないって、なかなか無いでしょ」
ロイが混ぜっ返すように半笑いで口を開いたが、アランさまは真面目な声で返答した。
「私の魔力は、エリザベスには強すぎる。だから、無理に触れあおうとすると彼女は意識を失ってしまう」
「えっ……」
初耳なんだけど。
驚く私に、アランさまはとろりとした甘い瞳を向けて続けた。
「だから、私はエリザベスに少しずつ魔力を注ぎ込んでいる。いつか、二人が触れ合える為に」
「そ、そうだったんですか、アランさま」
蕩けるような笑みをこちらに向けるアランさま。
ロイは驚愕したまま問いかけている。
「君、本当に正気か。エリザベスに魔力を注ぎ込むって、それって……!」
「貴様には関係ない話だ」
何のことか分からないけれど、アランさまはピシャリと話を打ち切った。
ナタリーが小さく呟いたのが聞こえてきた。
「なるほど、それで。だが、それにしても……」
そういえば、ナタリーは突然、私にアランさまと既成事実が無いのかと聞いたことがあった。
それは、私からアランさまの魔力を感じたからだったのかもしれない。
ナタリーは騎士だけど、魔法も使える魔法騎士なのかしら。
ロイもナタリーも、何かを知っているようだけれど私にはよく分からない。
そんなことをチラリと思ったけど、今は話をしている暇はない。
私はアランさまに擦り寄って言った。
「皆の朝食を妨害しているんだし、早く終わらせてしまいましょ」
「そうだな。では、投影させよう」
アランさまがサッと手を振ると、ダイニングの壁面にプロジェクターが出現した。
私が以前、スマホ発表会の時に使ったものだ。
アランさまがスマホを操作すると、プロジェクターにセルジュ先生が映った。すぐに向こうの声が届く。
『おはようございます、エリザベスさま。アランさま』
「おはよう、セルジュ先生。朝早いのに申し訳ないけど、説明をお願いするわ」
『先生はやめてください。それと、先にアランさまに連絡を貰って、全て準備してあるので構いません。それでは、これよりアラン・バーテルス魔術伯の屋敷内で何が行われていたか、告発します』
セルジュ先生が説明の為に口を開き、長い話が始まった。




