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5.


 屋敷に戻ってから、すぐに父の元に出向いた。


「お父さま! 特許を取りたいんだけど、どうすればいいの?」

「うんうん、可愛いエリザベス。特許でもなんでもパパが取ってあげるね」


 流石、親馬鹿なので何でもやってくれる。

 私は喜んで父に笑顔を向けた。


「良かった~。私、何も分からなくて。お父さまがやってくれるなら安心ね! これ、工房の人が、きっと仕様書と設計図が必要だろうってくれたの」

「ふふ。どれどれ。エリザベスは何を発明したのかな?」


 私が差し出した三通の書類を見て、ニコニコしていた父が急に真顔になった。

 そして書類を捲っていくごとに難しい顔になっていく。

 無言の空間に、紙を捲る音がしばらく響いた後、父はこちらを伺いながら質問した。


「エリザベス。これは、誰が考えたのかな?」

「実際に作ったのは、親方とジョーっていう凄腕の職人よ! 私は、こういうのが欲しいなってお願いしただけ」

「……そうか。そうか~。しかし、これは。世界が変わるほどの凄まじい発明だぞ……」


 やっぱりそうなるのか。でもここでやっぱ止めますとはならないよねぇ。

 私は何食わぬ顔で同意した。


「そうなの。特に補聴器が、商人や同業他社がスパイに入ってくるみたいで。噂になって、工房の周りの治安も悪くなりそうなんですって。だから急いで特許を取った方が良いって親方が言ってたわ」

「そうか、もう評判に。だったら早く我が公爵家の名前で押さえておいた方がいいだろう。お抱えの法律家を呼ぶから、対応はヴィクトルにしてもらうと良い」

「はーい」


 私は軽く返事をしたが、父はまだ難しい顔のままだった。


「可愛いエリザベス。特許申請もエリーの名前でしたかっただろうが、我慢してくれ。これを考え付いたのがエリーだと分かると、きっと良くないことが起こる。それこそ王家に取られてしまうかもしれない」

「そうなの? 私は特に名前を出したいわけじゃないから、大丈夫」

「えっ。目立たなくても大丈夫なのかい?」


 以前のエリザベスは、派手好きで目立ちたがり屋だった。だが私は出来るだけ目立ちたくはない。


「うん、平気。それに出資はお父さまとお兄さまにしてもらってるから、家に特許のお金が入ってくるのは当然じゃない」

「あぁ~、エリザベス。こんなに立派な大人になって。パパは感激だよ……」


 父は涙を滲ませ、それをハンカチで拭いている。

 まあ、我儘娘だったエリザベスも変わったということにしておこう。



 ヴィクトルお兄さまは、お父さまより更に私に甘い。

 麗しいお兄さまが、にこにことしながらねっとりとした視線をこちらに向けてくる。


「特許料も、エリザベスに直接渡すようにしたいな」


 今日の夕食は母が出掛けていて居ない。ユリアンお兄さまは滅多に帰って来ないので、同席しているのは父とヴィクトルお兄さまのみ。

 つまり、私への甘やかしが無限大で誰も止めないということだ。

 兄の提案に、父も深く同意をして頷いた。


「そうだな。エリザベスの名前を表に出したくはないが、特許使用料を受け取るのは良いだろう。財産はいくらあっても困るものではない」

「そうかしら? あ、でも工房の製作してくれたみんなには、特別ボーナスをあげたいわ」

「エリザベスは優しいなあ。彼らには依頼料も製作費用も手厚く渡しているのに」


 それはそうだが、やはり実際に作った人が特許を取れずに、ロイヤリティも何も貰えないのは良くない気がする。


「私、良き雇用主を目指しているから」

「そうか。やっぱりエリザベスは本当に良い子だね」


 父は褒めてくれたが、兄は物憂げな表情でこちらを見つめた。視線はやはりねっとりしている。


「でもエリザベス、使用人や労働者に過度な情けをかけてはいけないよ。彼らはすぐに思いあがって勘違いを始めるからね」

「はーい」


 まあそれも分かる。ヤバ使用人みたいなのが居るからね。



 実際の特許申請は法律家の先生が書類を作成して特許省に提出するらしい。

 だからその先生に軽く説明する必要もあると聞いて、私は書類を片手に応接室へと馳せ参じた。


 中に居たのは、いかにもお堅くて厳しくて神経質そうな男性だった。ヴィクトルお兄さまより年上に見えるから、三十代半ばくらいだろうか。オールバックにきっちり整えた淡い金髪の髪。片眼鏡をかけてパリッとした貴族階級のお洋服を着ているから、どこかの伯爵家の次男以降に生まれと見た。

 彼は入室してきたお兄さまと私を見て、ソファから立ち上がり優雅な礼をした。


「ヴィクトルさま、お招きいただき感謝いたします。そしてエリザベスさま。お初にお目にかかります、セルジュ・ドヌエと申します。どうぞセルジュとお呼びください」

「初めまして、セルジュ。よろしくね」


 私は愛想よく言ったけれど、セルジュは早速かましてきた。


「特許申請とお伺いしましたが、最初にお伝えしたいのは、全ての申請が叶うわけではありません。今までに誰も発明したことのない、有用と認められる技術だけがそれを保護されるのです」


 まあ言っちゃえば、お前みたいな素人が適当な発明を申請したって認められんぞって忠告してるわけだ。

 それを聞いてヴィクトルお兄さまは、冷たい表情で尊大に命じた。


「余計なことは言わなくて良い。お前はただこちらの要望通りに申請を行え」

「ハッ」


 すごい。

 一気に部屋の温度が下がってピリッとした。

 いつもはアレな感じでもお兄さまは大貴族の跡取り息子。上に立つ威厳を備えているのだ。セルジュも頭を下げてハハーって感じで平伏している。

 感心してお兄さまを見つめていると、彼はにこーっと蕩けるような笑顔になってこちらを向いた。


「な、エリザベス」

「う、うん……」

「お兄さまが、エリザベスの特許をちゃんと取れるようにしてあげるからね」

「ハイ、ありがとう……」


 いや、温度差よ。

 セルジュもびっくりしてるだろうけど、頭を下げたままで表情を隠している。

 笑ってはいけない応接室みたいになるじゃん。

 私はすぐに軌道を戻すことにした。


「セルジュ、これが工房からの仕様書。それと、簡単な説明書を書いたわ」

「拝見いたします」


 彼は、やれやれ忙しいのにお嬢さまの暇つぶしに付き合わされるのか、といった態度を崩さず慇懃無礼に書類を受け取った。

 そして書類を見ているうちに段々真顔になっていくのである。いかにも賢そうな彼の頭脳は、恐るべきスピードで動いているのであろう。紙を捲る手も、文字を追う視線も素早く動いている。

 一通り目を通したセルジュは、こちらを真っ直ぐに見つめて口を開く。


「失礼ですが、これは実現可能なのでしょうか」

「技術的には可能だと、工房の親方と職人は言っているわ」

「これが実現、商用化まですれば、国の技術は一気に変わっていくでしょう」

「それは分からないわ。補聴器はそうなればいいなって思うけれど、こっちは私の遊び道具だもの」


 セルジュから、やれやれ系の雰囲気は一切失われていた。

 そして真剣な様子で質問する。


「これはお嬢さまが考案されたのですか?」

「こういうのが欲しいって希望したのは私よ。実際の開発をしたのは親方たち」

「一体、これは何なのでしょう」


 私は特許の為に考えたネーミングを披露することにした。


「素敵な魔法の朋友、略してスマホよ!」

「はあ……」


 なんか滑ったみたいで反応が薄い。

 私はどうしてもスマホって言いたくて、語呂合わせを頑張って考えたのに。


「何よ。命名権は私にあるはずでしょ」

「そういう事ではなくですね。技術的にも将来、この国の情報と通信を一新することになるでしょう。まさに革命……」

「でも、これはまだ出来ていないの。それより、補聴器の方が先に完成したから注目を浴びているわ。工房が狙われてるみたいだから、スマホのことがバレないうちに特許だけ先に申請したいわけ」

「分かりました。当方も出来るだけ急いで申請いたします」


 おお、協力的になってくれてる。良かった~。


「スマホは段階的に開発しようと思ってるの。まず文字と画像データのやり取りでしょ。時計の機能もつけたいし、電卓なんかもあったら便利よね。ゆくゆくは動画を撮ってやり取りしたりもしたいわ。何十年もかかるかもしれないけど、少しずつ開発していけば出来るんじゃないかって言ってるの」

「かしこまりました。先に全ての思いつく技術を申請いたしましょう」

「ええ、よろしくね」


 それで話が終わったのかと思ったけど、セルジュは更に続けた。


「では次に補聴器ですが。こちらは医療にも関わる魔道具となるでしょう。神殿にも根回しをしておいた方がよろしいかと」

「えぇ~? そんな面倒くさいことしなきゃなの?」

 普通のお医者さんもいるけど、そっちはマイナー。お祈りによる回復魔法は神殿が牛耳ってる世の中なのだ。

 だったら耳が聞こえない人全員、お祈りで治せよって思うんだけど、ありがちなことに庶民には神殿に回復を依頼するのは色々敷居が高いらしい。

 この世界には敷居なんて無いだろうけど。

 今まで黙っていた兄が口を挟む。


「エリザベスは面倒なことをしなくて良いよ。誰かにさせてしまえばいい」

「うーん、私は耳が悪い人に気軽に補聴器を使えるようになってほしいのよね。神殿絡みになるのはちょっと」


 セルジュが考えながら呟く。


「公爵家の独占販売ならば、神殿も容易に邪魔は出来ないと思いますが……」

「独占販売って言っても、儲けはあんまり出なくていいわ。大赤字になるのは困るけど、これに携わってる人が損をしないくらいで」

「慈善事業の一環としてなされるなら良い考えです」

「じゃ、そうしてちょうだい」


 自分では考え付かない、細かな懸念点も想定してくれて助かった。セルジュはやはり見立て通り、有能で繊細な小うるさいタイプなのだろう。

 ふー、やれやれやっと終わった。そう思ってすっかり冷めたお茶を口に含むとセルジュは更に続けた。


「それでは次に、このカードキーというものについてですが」

「…………ハイ」


 更に細かな想定問答は続いたのだった。



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