3.
私の言葉は、ただの政治的な付き合いのある王族に対するものとしては、多大なるエゴが含まれていた。
それは、私が諦めてほしくないからだ。
私としては、ジレンマに悩みながらも諦めずにもがいて心をぶつけ、想いが砕け散るほどに全てを出し切ってほしいと、そう願っているのだ。
しかし、ランベール王子は冷静な声を出した。
「あいつはこうも言っていた。己を邪魔する者に対しては、全力をもって報復すると」
「まあ、報復だなんて」
「正確には報復とは言っていない。何をするかは分からない、とは言っていたが。全力で敵対するという意味だと受け取った」
「そう、なのですね」
エリザベスのエキセントリックな、普通ではない熱量にランベール王子も引いたということかしら。
ここから更に、諦めずに追いかけさせるにはどうしたらいいだろう。
私が考えていると、彼は更に言った。
「既に、もう何か仕掛けているとは思う」
「……どういうことでしょう」
ヒヤリとして問いかける。彼は視線を広間の方に向けて言った。
「気付かないか? 周囲の視線の変化に。しかし、何をしているか分からない。あいつには社交界の影響力も無い筈だ。それに積極的に有力者とコンタクトを取っている様子もない」
私もつられて広間を見る。
そこには、貴婦人たちが好奇の視線を私に向けていた。
その視線は、単なる交友関係を見守るというのには熱が入りすぎているように思えた。とにかく皆が熱心にこちらをワクワクソワソワとしながら見つめているのだ。
まるで、芝居の佳境に入っている時のように。
そして唐突に、私は気付いてしまった。
ランベール王子は、この状況を確認する為に私を巻き込んだということに。
「ちょっと。私を巻き込むのは止めてください」
「フン。人を娯楽か何かのように扱って楽しんでいるからだ」
「いいえ、そのようなことは決して。私はただ、殿下に悔いることないよう行動して頂きたいだけです」
内心、冷や汗がタラーっと垂れたけれど、私だって淑女教育で感情コントロールは出来るわ。しれっと嘘を吐いて、ニコリと笑みを顔に貼り付ける。
「そうか。それでは、婚約者をセリーヌ公女だと発表しよう」
「お待ちください! そんな、どうして?」
「当て馬が好きなのだろう? 貴女が結婚する際も、当て馬役を演じてやろうではないか」
「いやそんな、そういう訳には……」
冷や汗がタラーどころか、ダラダラと流れてしまった。
ランベール王子がこちらを見つめる瞳は底冷えがするもので、私に対してお怒りのようだった。
そんな、ちょっと傍観者になって楽しんでいただけでそこまで怒ることはないじゃないの。
というか、その話は一体どこで聞いたというの。私とエリザベスが話したのは、非公式のお茶会よ。公国の大使館内部でしたわ。
それに、それ以降エリザベスとランベール王子が二人で話をしたことは無かった筈よ。私だって、それくらいの諜報員くらい抱えているわ。
でも、彼もそれ以上の諜報部を使えるということかしら。
私がしどろもどろになると、彼はピシャリと言った。
「他人の娯楽になる気持ち、思い知るといい」
私は確信した。
この人、性格悪いわ!
思わず、口から攻撃的な言葉が零れてしまう。
「……そんな度量が小さいから、振られるんじゃないですか」
「なんだと」
「好きな人に優しくせず、気持ちも伝えず、意地悪ばかりしてるから嫌われるんですよ。その顔で好かれないなんて、相当性格に問題があるんでしょうね」
フフンと鼻で笑って見下すと、彼の額には血管が浮いていた。今にもぶち切れそうな表情だけど、こんな衆人環境で私を殴るわけにもいかないでしょう。
私の挑発に、彼はすっくと立ちあがった。
怒って席を立つのかしら。
そう思ったが、彼は私の座っているソファの横に回り込んで背を屈めた。
ちょうど、広間からは彼の背中しか見えないようになった筈だ。ただ私の方に顔を傾け、少し近付いただけなのに広間の方から声なき声が聞こえたような気がした。実際には声が出たわけではないが、どよめいて雰囲気がざわついているのが分かる。
ちょっと待って。
今、私たちを見守っている人からは、どう見えたのかしら。
彼は小さな声で囁く。
「一つ、言っておく。貴女が今回招いたホルト侯の娘からは、手を引いた方がいい」
「……え? ソフィアのことかしら」
脈絡もない突然の話だったので、驚いた。
ソフィアが一体、何だというのかしら。
私が不思議そうにしていると、ルイスが近付いてきた。
「セリーヌさま、そろそろ広間へ」
ランベール王子との距離が近すぎると教えに来てくれたのだろう。
私もすっくと立ちあがって言った。
「そうね、戻りましょう」
その時、ランベール王子の一番の側近が広間から飛びだしてきた。
「ランベールさま、分かりました! あいつが何を仕掛けているか、やっと調べがつきました」
「ユリアン、遅いぞ。まあいい。報告しろ」
ユリアンというのは、エリザベスの兄でもある。あいつというのは、つまりエリザベスのことだろう。
私も聞きたくて、立ち止まったまま耳を澄ます。
「はい。アリーズという女流作家に、新しい連載をさせているようです。それがどうも、ランベールさまと公女さまを彷彿とさせる話のようで」
「そんなことくらいで、こんな奇妙な視線が集まるのか」
ランベール王子はそう言うけれど、私はそれどころではなかった。
「アリーズ先生の新作ですって! そんな。私、全然知りませんでしたわ。そんなの、私の学友や同好の士が、絶対私の耳に入れてくれる筈なのに」
「それが巧妙にも、連載途中で騒がれたり読者間の争いにならないよう、完結するまで口外は控えてほしいと、ネタバレ禁止という注意書きがされているのです」
「まぁ、そんなことが」
アリーズ先生の読者は、それを忠実に守っているのだろう。
だからって、誰も私に教えてくれないなんて!
こうしちゃいられないわ。私も早く、読まなくては。
ソワソワと戻りたそうにする私に、ランベール王子がにっこりと嫌な笑みを浮かべて口を開く。
「お忘れかもしれませんが、これからファーストダンスです。勿論、私たちで」
「そうですわね」
「それに、ラストダンスも。最後に舞踏会の閉会挨拶をしてからエスコートし、一緒に退室です」
「勿論、存じておりますわ」
今度は私のこめかみに血管が浮いている筈だわ。
この男、本当にイラつくわね!
だから振られるのよ!
けれど、今それを口にするともっと意地悪な仕返しをされると思って引き攣った笑みを浮かべるにとどめておいた。
結局、私は閉会挨拶まで退室を許されず、くたくたになって部屋に戻ったのは遅い時間だった。
寝る支度をしてから、少しだけ、とスマホを見る。すると、本当にアリーズ先生の新しい連載が始まっていたのだ。
タイトルは『白い契約』で、最初に注意書きが書いてあった。
ユリアンの言う通り、感想で揉めることのないよう、このお話のことを語るのは完結後にしてほしいと書いてあった。
そして出だしはこうだ。
『君を愛することはない、そう言った婚約者の瞳は悲しい色をしていました』
ヒロインは名前が出てこない、一人称が「私」の王国の姫。政略結婚で、帝国の王子と婚約を結ぶことになる。しかし、その王子は婚約締結の日に冒頭の台詞を伝える。
けれどヒロインは、それに反発を覚えるわけもなくただ受け入れ、王子の瞳が悲しみで染まっていることに気付くの。
もう、この先が気になって仕方がないでしょう。
私は睡眠時間が削られていくことに気付きながらも、お話を読むのを止められない。
ヒロインが婚約者として暮らしながら王子のことを探っていくと、彼は過去に大切な人を亡くしていると分かった。
それが、ユリシーという側近の少年で、王子を庇って殉職したって判明した時には、私はもうベッドの中で泣いてしまったわ。
また、アリーズ先生の筆力がいかにユリシーが王子にとって大切な人で、失って辛かったかを読者に理解させてくるのよ。
王子は、ユリシーを失ってからは一人で幸せになることは許されないと、自分に辛く当たっているのね。己には愛も必要ないと。
それを、ヒロインはただ受け入れますと言いながら、こっそり王子を思って一人で涙するの。
健気すぎるわ。
それで、ユリシーのお墓にお参りして、色々思いを吐きだしていると、そこに王子がかちあってしまって話を聞かれてしまうの!
そこから、二人の気持ちが動き始めるのよ!
私は夢中になって読み進めてしまって、まだ連載途中だけれど二人が互いの想いを確かめ合うところまで読んでしまった。
その時にはもう、白々と夜が明けてきていたけど仕方のないことよ。
慌てて寝ようとしたけれど、眼が冴えて色々考えてしまって眠れない~。
だからスマホを見た。学友の中でも、アリーズ先生の熱心なファンのグループ内は誰も何も言わず沈黙を守っている。忠実にアリーズ先生の言うことを聞いているのだろう。そこに私はついつい、投稿してしまったの。
『新作、読んでしまったわ』
そこから、起きていた友人と熱心なレスポンス合戦になってしまって、気付けば朝日の中、小鳥が囀っていたわ。
私は翌朝の朝食を犠牲にして、睡眠をとることにした。
眠りながらも、不満には感じていたわ。
確かに、このお話を読んだら王子と「私」の応援はしたくなる。
けれど、この王子とランベール王子は全然、似ても似つかないわよ! ランベール王子は性格が悪くて人をムカつかせる才能の持ち主だもの。物語の王子は健気で繊細だわ。
まあ、私もこんなに心優しい姫君ではないけれどね。
貴人なんて二枚舌で強かで、平気で手の平を返すものよ。
とにかく、私はまだ結婚する相手を決めるつもりは無いし、王国に嫁ぐつもりも無いわ。
スマホで娯楽を得られるのは素晴らしいけれど、それは公国でも見られるように何とかしてもらえば良いのだし。
そうだ。エリザベスの後押しをしてあげる代わりに公国でもスマホを使えるようにしてもらおうかしら。
ふう、そういう道筋を考えたら眠くなってきたわね。もう朝だもの。
おやすみなさい。
朝寝坊をした私は、結果的に、一番の盛り上がりといって良い断罪劇を見逃すことになったのだけれど、それを知ることもなくぐっすり眠ったのだった。




