1.
狩猟祭当日は、生憎の曇天だった。
今にも降り出しそうな空模様だが、天幕の下でお茶会は開催された。
男性が狩りに行っている間、女性はお茶を飲んでいるのだ。
私と一緒に居るのは勿論、マドレーヌとナタリー。この麗しい二人を独り占めするのは、かなり優越感がある。他の女性たちは、男装した二人を見てうっとりしたり頬を染めたり、大体憧れの表情をしている。
ソフィアを覗いてだけど。
ソフィアと、彼女のお付きのバルバラまでこちらを睨んでいる。
でも睨まれたところで、こっちにはソフィアを相手にする理由もないのよね。アランさまは私のこと好いてくれてる恋人だから、彼女はライバルでもないんだし。
私はどっしり構えて気にせずに、マドレーヌとナタリーとお茶を飲みながら会話をしていた。
二人の学生時代の話を聞いていると、とても面白かった。
マドレーヌは厳しい騎士学園のカリキュラムを難なくこなす優等生だったらしい。
「彼女は優秀で騎士に向いている一方で、人の心をまるで理解しない天然娘でした」
「まぁ~、そうなの」
「マドレーヌがどれだけの男子生徒の気持ちを踏みにじってきたか、見せて差し上げたいくらいです」
「そういえば、レンドールも同級生だったのよね? もしかして……」
「想像通りですよ、エリザベスさま」
私とナタリーが盛り上がるのを、マドレーヌはムッとして遮る。
「ナタリー、エリザベスさまに余計なことを吹き込むのはやめろ」
「余計なことではないだろう。君が男心を弄んでは粉砕する名人だったのは事実だ」
「そんな事実はない。レンドールとは何の関係も無かった。ナタリーの方が、決闘したり関わり合いがあっただろう」
「ああ、あれは余りにもレンドールが不器用すぎて、拗らせているから素直にさせてやろうと発破をかけたんだ。全然上手くいかなかったがな」
美しい女性が男性の服を着ているといった様子のナタリーが肩をすくめるのは、とても様になっている。
私もお茶を飲みながら、見惚れていた。
そんな私に、マドレーヌが言った。
「エリザベスさまの気分転換になるなら、まあ良いんですが。あの方から、その後連絡は?」
「お返事は無いままだったわ」
それを思い出すと、しゅんとなる。
アランさまに昨日、スマホでメッセージを送ったけれど返事は無かった。お仕事中で見られないんだろうけど、今どこで何をしているか知らせてもらえていなくて、気になっている。
マドレーヌはアランさまに憤っている。
「全く。エリザベスさまを不安にさせて、あの男は何を考えているんだ。連絡の一つくらい出来ないものか」
「ところで、エリザベスさま。つかぬことをお伺いしますが。アラン魔術伯とは、既に深い関係があるのですか」
突然ナタリーにぶっこまれて、私はむせそうになった。
「ゴホッ、深い関係って。そんなの、まだ結婚前なのよ。清い仲に決まっているじゃない」
「そうなのですか? 私が見たところ、彼はとても独占欲が強く嫉妬深そうです。それにその指輪に魔力……。お二人に既成事実は無いのですか」
「や、やぁね。そんなことはないわ」
私がそう言うと、マドレーヌが何故か机に突っ伏して額をガンッと打ち付けた。
「!? マドレーヌ、どうしたの」
「いえ。何でもありません」
「何でもないことはないでしょう……?」
「その。エリザベスさま、今まで散々、私の目の前であれ程アランさまとベタベタしていたのに、何もしていないのですか」
声を潜めて尋ねられて、私は照れながら答える。
「その、一度、唇にキスされたことはるわ。でも、その時、私ったら興奮のあまり気絶してしまったの。それで、アランさまはまだ早いっておっしゃってたわ」
「普通は、キス程度では気絶しません」
ナタリーが胡乱な表情で私を見て言う。
「そうかもしれないけれど。アランさまに近付いたらドキドキするし、額にキスされただけでもドキドキしすぎてボーっとなるのよね……」
「ふぅむ。それにしては魔力が馴染みすぎています。まだ清い仲というなら、一体どうしてこんなに彼の魔力が……」
ナタリーが考え込むのを、私とマドレーヌが不思議そうに見つめていた時だった。
「皆さま、こちらで一緒にお話ししませんか」
私たちを誘う令嬢の声があった。
見れば、そのテーブルにはソフィアとバーバラが居る。
何か、仕掛けてくるに違いない。そう決めつけた上で、私はにっこり笑って返事をした。
「ええ、勿論よ」
「エリザベスさま」
マドレーヌが大丈夫かと問いかけるが、頷いて見せる。
「皆さん、マドレーヌとナタリーの話を聞きたいのでしょう? よろしくてよ」
移動する前に、私はスマホでロナルドに連絡を取った。
『決行するなら今』
セッティングされた席に着くと、さっそくソフィア以外の令嬢たちがあれこれと質問を始めた。
「お二人が騎士になられたのは、どうしてでしょう」
マドレーヌが答える。
「私は、令嬢としての振る舞いは苦手だったので。騎士が良いのではないかと思って目指しました」
「私は、家の方針ですね。我が家には女しか産まれませんでしたが、父はそれでも騎士になってほしいと願っていましたので」
ナタリーが答えるや、またすぐ次の質問が降って来る。
「お二人は、学生時代から仲が良かったのですか」
「騎士学園は女子生徒が少ないので、学生時代も卒業してからも、何かと関わり合いがあるのです」
マドレーヌが補足を伝える。
「ナタリーは相談しやすいので、私は困りごとがある度に話を聞いてもらっています。とても頼りになる友人ですよ」
「ふふ。マドレーヌにそう言われると、まんざらでもない気持ちになってくるな」
二人が目を合わせて微笑みあうと、周囲に声の無い悲鳴が聞こえたような気がした。
やはり、二人の麗人を見ているのは目の保養になるし気軽なときめき成分になるのだ。
そう思っていると、初めてソフィアが発言した。
「では、エリザベスさまとお二人の関係はどうなんでしょう。新聞記事では、女騎士を良いようにこき使っているとか」
「新聞記事なんか読まずとも、以前お会いしたじゃない。アランさまと私が訪問した時に、マドレーヌも一緒に居たでしょう」
途端に、周囲がザワついた。
やはり、私とソフィアの対立は面白おかしいネタとして期待されているらしい。
すると、ソフィアがわざとらしく怯えて見せた。
「怖いわ……。エリザベスさまは、いつもアランさまのお屋敷に来ては怒鳴ったり脅したりするんだもの……」
バルバラがこれまたわざとらしくソフィアを庇うようにして割り込んできた。
「ええ、ええ。私も見ておりましたとも。全く酷いものでした」
「使用人が出しゃばるのは感心しないわね。だからアランさまも、お屋敷に寄り付かないのよ」
私がそう言ってやると、隣に居た野次馬令嬢が興味津々で尋ねてくる。
「まあ。アランさまは、今は彼のお屋敷にはいらっしゃらないのですか」
「ええ、そうよ。そもそも、あのお屋敷はソフィアさんの魔力を安定させる為に用意した場所で、アランさまは一緒には住んでいらっしゃらないのよ」
「そうなんですか! 初耳ですわ、驚きました」
野次馬令嬢が驚いて返事をしている途中に、彼女の手が目の前のティーカップに伸びる。
手を伸ばした本人が、己の手を驚いたように見ているのが目に入って、私もハッとした。
これは、まさか。
予想通り、私の隣に居た野次馬令嬢は突然、カップの中の紅茶をソフィアに向かって浴びせかけた。
ソフィアは大袈裟に悲鳴をあげる。
「きゃぁぁ!」
「まぁっ! なんてことを! 貴女、ソフィアお嬢さまに何の恨みがあって……!」
勿論、更に騒ぎ立てるのはバルバラの仕事だ。
これも様式美のようなものだ。
突然騒ぎに巻き込まれ、血の気が引いた様子の野次馬令嬢は言葉も出てこない。
「うそ、違います、こんな……、私、違いますわ……」
「いいえ、貴女はソフィアお嬢さまとは何の面識もありませんでしたね。ひょっとして、そちらの隣の悪辣な令嬢に唆されたのではありませんか?」
一気に私に視線が集まった。
そこで満を持して私が口を開く。
「一体何の話? 何が起こったと言うの?」
「何をわざとらしい! 貴女がそちらの令嬢に、お茶をかけるよう命じたのではありませんか!」
「お茶? 誰がお茶にかかったというの?」
「勿論、ソフィアお嬢さまに決まっています! お気の毒に、何の罪もないお嬢さまにお茶を浴びせかけるなんて!」
「私には、お茶なんてかかっていないように見えるけれど?」
「……!」
ソフィアもバルバラも、驚いているようだ。
確かに、さっき紅茶がかけられた筈のソフィアのドレスなのに、染み一つなく美しいままだったからだ。
説明しよう!
私はソフィアにお茶がかかった瞬間、衣類を綺麗にする魔法を即時にかけたのだ。
汚れた瞬間だから綺麗に落ちるわよ。
全く、何度も同じ手に引っかかると思わないでもらいたいわねぇ~!
俺に二度同じ手は通用しない、みたいな台詞を言ってやりたいものだわ。
代わりに、私は半笑いで告げた。
「いつもそうやって、人の同情を誘う為に自らを被害者に仕立て上げるのは止めた方がいいわ。それでアランさまも愛想をつかして、そちらの屋敷には行かなくなったのが分からないの?」
「んまぁっ! なんですってぇ!」
「ソフィアさんの魔力が不安定だから、アランさまはわざわざお屋敷の内部に魔力放出可能な建物を作っているのよ。それなのに、まるで不安定さは感じず泊りがけの遠出をされているのは何故かしら」
ソフィアが活動量計を付けていないこともチェック済だ。しかし、今はそれを突っ込まないようにじっと見据える。
ソフィアはこういう時、絶対自分で口を開かない。怯えて見せるだけだ。
そして反論するのはバルバラの役目である。
「今は安定していらっしゃるから、出掛けても大丈夫なんです! 貴女はソフィアお嬢さまの外出を禁止出来るお立場なんですか?!」
「いいえ。ただ、今はあのお屋敷が空っぽなのかと、そう思っただけよ」
私の言葉に、ソフィアとバルバラは急にそわつき始めた。
「……私、少し気分が悪いわ」
「お嬢さま、お部屋で休みましょう。ここは空気が悪いみたいですので!」
「ふふっ。どうぞお大事に。都合が悪くなったらそう言うのも、いつものことだものね」
二人が天幕から出て行ったのを見届けてから、私はスマホをチェックした。ロナルドからの返事はまだ無い。
私は更に連絡をした。
『対象が視界から去った』
すると、返信が届いた。
『予定より遅れています』
私は短い了承の返事を送った。
『朗報を待つ』




