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4.


 それから暫くは、ジョーの日報を見るだけで工房には行かないようにした。

 毎日押しかけて『進捗どうですか』って言ってたら鬱陶しいだろうし、プレッシャーに思われても嫌だろうから。


 ジョーのスマホ開発はとても順調だった。それはもう、怖いほどに。

 彼の日報の見立てはいつも正確で、計画通りに着々と進んでいる。

 こんなにあっさり完成しちゃっていいのかな、とちょっと思う。


 だって、私が思いつくくらいのアイデアなんだから、この世界の賢い人たちはとっくに考えて製品化して良い筈なのに、と考えてしまうのだ。

 まあ、たまたまスマホの概念を知っていた私に権力とお金があって、工房を我が物顔で使えたという特殊な条件を備えていたのもあるけれど。


 ジョーには、七日に一度か二度はお休みを取ってほしいと言っているが、今のところ無視されている。七日連続で報告書が届いてしまった。今は手を止めたくないのかもしれない。

 深く考えず、なるようになるのかな、と思いながら屋敷で魔法の本を読むのが日課となっていた。

 近頃は開き直って、魔法について学んでいるのを隠していない。魔道具を開発する為、と公にしているしヤバ侍女のステイシーが何か言ってきても、他の場所で働くよう命じている。


 護衛騎士のマドレーヌを埃っぽい地下書庫で立たせるわけにはいかないので、今は書物を部屋に運んで読むようにしている。

 マドレーヌは無口ながらも、優しく見守ってくれているのを感じる。ステイシーが背後に立った時はじろじろ見られているようで嫌だったけど、マドレーヌが後ろに立っていても温かな眼差しを感じる。私が彼女を好きで好意的だからそう思えるのかもしれないけど。


 それと、屋敷の中でも警護というのはちょっと大袈裟に思うので、出掛ける用意のある日だけ短時間付き従ってもらい、他の日は自由に過ごしてもらうことにしている。

 彼女にも休みが必要だろうし、鍛錬なんかも勤務に含めておきたい。

 そう、私は良い雇用主を目指しているから。


 今日も屋敷で書物を読んでいると、ジョーの日報が届いた。

 うちの使用人の中で、ガタイの良い男性にひとっ走り行ってもらい、誰にも渡さないでそのまま私の手元に持って来てもらっている。


「エリザベスお嬢さま、今日は親方からの手紙も預かっています」

「あら、そう。ありがとう」


 何かあったのだろうか。下がってもらってから、親方の手紙を読んでみる。すると、意外なことが書いてあった。

 最近、工房の周囲に怪しい人物がうろついたり、きな臭い動きがあるというのだ。


 えっ、なんで~?!

 まさか。ひょっとして、スマホのことが漏れちゃって、開発を阻止しようとしているとか?!

 こうしちゃいられない。

 私は急いでマドレーヌをお供に連れて、工房に向かった。


「親方! お手紙、見たわ! 情報漏洩は大丈夫なのかしら」

「お嬢さま、わざわざ来て頂いて。おい、ジョーを呼んでくれ」


 親方は、以前のように大声を張り上げて呼ぶのではなく、見習いの若い職人にジョーを呼ぶよう頼んだ。彼は奥まったところで背を向けて作業しているから、聞こえないのだ。

 若い職人に肩を叩かれ、こちらを見たジョーは私に気付きぺこりと頭を下げた後、向かってきた。

 近付いて来た彼を見て、私はアッと声を漏らした。今までもさもさしていたジョーの髪のうち、左側がヘアピンで留められ耳が見えている。

 そしてその左側の耳の後ろには、補聴器と見られる魔道具が装着されていたのだ。


「それ、補聴器? 作ったの?」

「オレが作った」


 答えたのは親方だった。


「へー! こんなにすぐに出来たのね」

「ああ。魔道具に、離れた場所の声を聞くものがあるんでさ。それと今まであった大きなラッパ型の補聴器を参考に、お嬢さまの言う通り耳の後ろに装着する型で作ったらあっさりと」


 私はジョーに尋ねた。


「ジョー、どう? よく聞こえる?」

「……周囲が騒がしいと、全ての音が響いて聞こえる。けど、今までよりはよく聞こえます」


 おお、格段に口数が多くなっているし、声も聞き取りやすい。


「良かったわねえ、親方に作ってもらって」

「………………」


 私がニコニコしながらそう言うと、ジョーは無言ながらに少し喜んだ様子を見せた。

 多分、はにかんでる。目元はよく見えないけど、雰囲気ではそう感じた。

 親方もフンと鼻を鳴らしたが、ちょっと照れてるようだ。


 なんだ、結局は二人は思い合ってて仲良しなんじゃん。ジョーの引き抜きに失敗しちゃったけど、でもま、工房的には良かった。

 二人とも、仲良くなったきっかけの私には感謝してほしい。

 気を取り直して口を開いたのは、親方だった。


「それでどうやら、このお嬢さまが考え付いた補聴器が、評判になっているらしい」

「え……」

「試作品を、耳の遠い爺さん婆さんや、元から難聴の子供なんかに試してもらったんですよ。そしたら出るわ出るわ、怪しい商人やらいくら出しても買いたいという貴族やら。断っても周囲をうろついてたまったもんじゃねぇ。こないだなんか、工房の中に何食わぬ顔をして入り込む野郎まで出ちまってなぁ」

「えー! そっちなの!」


 てっきりスマホの産業スパイかと思ったら、補聴器の方だったとは。

 親方は重々しく頷く。


「そうだ。お嬢さまは気軽なものだと思っているかもしれないが、これは重大な発明だ。今すぐ特許を取った方がいい」

「そうね。じゃあそうするわ。お父さまに頼んで何とかするわ。でも、特許って私が取るものなの? 親方が考えて作ったものなのに」

「オレは指示されたものを工夫して作っただけだ。補聴器が欲しいと依頼して、型まで考えたお嬢さまにすべての権利がある」

「へー」


 私だって、前世で知ってたものをふわっとお願いしただけだ。補聴器の仕組みとかもよく分かっていない。だから、フーンといった感想しかない。

 親方はそんな私を見て呆れた顔をした。


「お嬢さま、これは本当にすごいことなんだ。それで、これからだが、お嬢さまはこの補聴器をどうするつもりだ?」

「え。どうしよう。欲しい人がいるなら売った方がいいのかしら。でも売るほどたくさん作れる?」

「作るのはやぶさかでもねぇが、売るのはどうするんだ? 商人どもが目の色変えて群がってくんぞ。お嬢さまにそいつらの相手が出来るとは、とても思えねぇ」

「え、補聴器屋さんを作って売ったらいいんじゃないの?」


 私に流通の難しいことなんて分かるわけがない。

 でも、そう言われてみたら工場から直接取引のお店なんて、前世でもなかなか無いような気がした。

 案の定、親方は「カーッ、これだから世間知らずのお嬢さまは」と小さな声で言ってから説明してくれた。


「うちの工房は、店に卸したりはしてねぇ。全て商会か商人が噛んでる。そいつらが管理し、運んだりまとめて引き取ったりするから、うちは在庫を気にせず作るだけで良いんだ」

「なるほど。じゃあ、今工房の周囲をうろついているっていうのも、その商会が決まっていないから」

「そうだ。話が早ぇな、お嬢さま。さっさと決めちまってくれ」


 そう言われても、私には本当に何の知識もない。

 ついでに言えば、商売っ気も無いしお金儲けなんかまあ向いてない。

 値切る商談をする時間があるなら、多少高くてもいいから早く決めてその時間を別のことをして過ごす方が良いさえある。


「うーん、それもまあ、お父さまに聞いて良いようにするわ。後は、色々決まるまでのこの工房の治安よね。そうだ、お父さまに頼んで、騎士に警護してもらうとかは?」


 私の提案に、親方は目を剥いてから激しく否定した。


「駄目だ駄目だ、駄目だっ! そんなの来てもらうとか、恐れ多すぎる! やめてくれ!」

「えーと、じゃあ警備員を頼むことって出来るかしら。警備会社とかはあったりする?」

「警備会社ってのは聞いたことがねぇが、傭兵に頼むのがいいかな。それか、冒険者ギルドに依頼するか」

「へー。冒険者ギルドなんてあるのねぇ」


 ゲームや漫画の世界みたい。そう思ったけど、ここは魔法を使えるファンタジーな世界だった。冒険者ギルドは現実なのだ。

 私の呑気な感想に、親方は頭が痛いといった感じで額を叩いた。


「しかし警備ったってなあ。工房にはうちの職人以外に出入りする商人も多い。そいつらをいちいち確認するわけにはいかねぇし、警備の傭兵も顔を覚えられないだろうしなあ」

「じゃあ、門番みたいに外に立ってもらうんじゃなくて、ジョーと親方の周りを警護してもらったら?」


 私の提案に、ジョーも親方も嫌な顔をした。


「……それは、困ります。集中出来ない」

「そんな警護してもらうような身分じゃねぇし、確かに集中出来ねぇな」

「うーーん。じゃあ、私の依頼の物だけ工房の奥でつくって、そこに行くにはカードキーが必要にすれば?」


 前世では、普通に社員証がカードキーになっていてそれを首からぶら下げて移動する時にピッと解除していたような記憶がある。

 勿論、親方とジョーにはこのイメージが伝わらない。


「カードキー? どういうことだ。それに、奥に行くったって、見た通りこの工房はだだっ広い一つの広間だ。この中に別の部屋を作れってのか?」

「もっと簡単にパーテーションで区切って扉を作れない? 秘密にしたい物だけ奥で作って、そこを仕切りで囲って、そこに入るにはピッてカードを当てて開錠する扉があるの」


 私のふんわりした説明に、ジョーはハッとしたように呟く。


「仕切り。そして魔道具で施錠開錠する扉」


 そして、紙にさらさらと設計図のようなイラストと考え付く仕様を書いていく。

 私はそれを覗き込んで、気が付いたことを指摘していった。


「そう、でもそんなに大袈裟な魔道具じゃなくていいの。磁石でロックが解けるくらいの、簡単な仕組みで。出入りする人だけカードキーを渡して、その人たちは首から紐でカードキーをぶら下げるの。警備の人は、ピッと開錠する前に居てもらって、怪しい人が来たら尋問するの」


 私の言葉を聞いて、ジョーはすぐさま訂正して新しい案を組み立てていく。

 親方は出来上がったカードキーの案をルーペで見て、ハーっと感心の息を吐いた。


「お嬢さまはほんとにすごいな。よくこんなこと、考え付くもんだ」

「えへ」

「これも特許を取った方がいいだろう」


 その言葉に、だったらと口を開く。


「物が出来上がるより前に特許申請出来るなら、スマホ……、私のお遊び魔道具も一緒に申請しておくわ」




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