1.
いくら衝撃的な話を聞こうとも、世界は止まってくれない。
パーティ会場では、ごく普通に社交が行われ、着飾った参加者たちが歓談し、私はお腹が減ってご飯を食べている。
この世界がゲームって。異世界ゲーム転生だったなんて、全く思いもしなかった。
それも三角関係を楽しむゲームで、私は既に死んでいる筈で、アランさまはラスボスって。
荒唐無稽すぎると思うけど、その真偽を確かめる術は私にはない。
皆がゲームのキャラクターなんて、やっぱり信じられない。少なくとも、私はプログラム通りには動いていないと思う。
とりあえず、整理がてらシーラと話をしたいので、早くパーティを乗り切りたい。何事もなく。
そう思っていると、セリーヌ姫とランベールがパーティ会場に入場してきた。勿論、ランベールのエスコートで。
二人はとてもお似合いだし、上手くいっているように見える。
このまますぐにでもゴールインしてくれないかな。そうなったら、慶事の雰囲気で私とアランさまの仲も進むかも。
セリーヌ姫は取り巻きを数人連れて、こちらに向かってくる。
何か、話でもあるんだろうか。ランベールと仲良くしていたらいいのに。
しかしそれを表面上には出さず、料理の取り皿を置いてニコリと微笑んだ。
挨拶はセリーヌ姫からだ。
「ごきげんよう、エリザベス。今日は紹介したい友人を連れて来たの」
「まあ、どなたでしょうか」
奥から進み出て来た少女の顔を見て、私はアッと叫びそうになった。
「我がヴァランシ公国の侯爵令嬢、ソフィア・コルト嬢よ。今はまだ、後見人を得ているけれど、成人したら女侯爵になって婿養子を取る予定なのよ」
何故、ソフィアがここに。
セリーヌ姫とは、同じ公国の貴人だけれど。
この二人が繋がっているだなんて、全然知らなかった。
呆然とする私に、ソフィアが虫も殺せないような邪気の無い笑顔でさえずる。
「ええ、私は婿養子に後見人の方を指名するつもりですわ」
これって一体、どういうこと? 宣戦布告的な?
そのバックには、セリーヌ姫が付いてるってこと?
無言の私に、セリーヌ姫が小声で呟いた。
「策略が上手くいったつもりで、さぞ気分が良かったことでしょう」
「…………」
これは。
セリーヌ姫は、ランベールと結婚なんてしたくなくて、ハメられたことを恨んでいたのかもしれない。無理やりこの狩猟祭に参加させられたと、怒っているのだろう。
撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだという台詞が脳内に浮かぶ。
ハメて良いのは、ハメられる覚悟がある奴だけだ、とセリーヌ姫は思っているのかもしれない。
内心焦っていると、ランベールが近付いてきた。この異様な雰囲気に気付いてくれたのかもしれない。
「どうかしたのだろうか、セリーヌ公女」
「私、少し足を痛めてしまったようで。ファーストダンスはエリザベスに踊ってもらおうかと思っているのです」
今回の主催であるランベールと、一番の貴人であるセリーヌがファーストダンスを踊るのが当然だ。しかしセリーヌがそれを譲るとなると、次席は公爵令嬢のエリザベスとなるのだ。
すぐにランベールは頷いて、私に手を差し出した。
「エリー、踊ろう」
いや、これはまずいような気がする。
セリーヌの策略に乗って、ランベールと踊ってしまうとなんだか私が王太子妃候補になってしまうような気がする! そして、セリーヌは公国に帰ってしまうような、そんな直感があった。
私は首を横に振った。
「いえ、私には連れがありますので」
「連れ? 誰だ」
私は周囲を見渡した。
ヴィクトルお兄さまは、婚約者であるミリセントと腕を組んでいる。此方を見ているが、助けるつもりは無いようだ。
ヴィクトルお兄さま的には、アランさまとの仲を裂く為ならランベールとの方がまだマシなのかもしれない。
ユリアンお兄さまも遠くから見ているが、私が困っているのが面白いのかうっすらと笑っている。性格悪い。
リーシャオとライナス、魔術伯ロイの姿も見える。彼らは皆私とアランさまとの仲を引き裂きたいようだ。乙女ゲームのキャラクターって性格悪い奴ばっかりなのか?
セリーヌ姫の側付使用人ルイスも、広間の隅に控えている。セリーヌ姫とランベールとの仲を引き裂くには、私とくっつけたいのだろうか。
まずい。
私への包囲網が完全に出来上がっているじゃないの。
どうしよう。私も足が急に痛くなったって言おうかな?!
進退窮まっていると、涼やかな声が後ろから降って来た。
「エリザベスさま、お待たせいたしました。遅くなり申し訳ございません」
振り返ると、二人の男装の麗人が微笑みかけていた。
「マドレーヌ!」
「はい。そしてこちらは私の学園時代の同級生のナタリーです。彼女はエヴァンズ伯爵令嬢で、私を幼馴染の友人として同行させてくれました。さあ、エリザベスさま。私と踊って頂けますか」
「喜んで!」
私はマドレーヌの手を取った。
マドレーヌは私が同行させようとしたら、主催からやんわりお断りされていたのだった。マドレーヌは平民であるグレゴリーと結婚したからだ。参加者には身分が必要という名目らしいが、別に身分のない従者だって居るだろう。
今から思えば、それも私を孤立させる企みだったのかもしれない。
けれどマドレーヌは、彼女の伝手で友人の同行者として来てくれた。
私はナタリーにニコッと笑いかけた。
「ありがとう、ナタリー」
「エリザベス嬢、後で踊って頂けますか」
「勿論よ!」
ナタリーに返事をした後、周囲のご令嬢たちが二人を見てきゃあきゃあと騒いでいるのに気付く。
セリーヌ姫も、頬を紅潮させながら食い入るようにマドレーヌを見ている。
私は彼女に囁いた。
「セリーヌさま、良かったら後でマドレーヌと踊りますか? 足が治ったらですけど」
「……! もう治ったわ!」
秒で足の痛みは治まったようである。
ランベールは口をへの字形にしてムスッとした表情でセリーヌ姫に手を差し出した。
セリーヌ姫が踊れるなら、ランベールの相手は彼女になるからだ。
いくら細かいことは気にしなくて、デリカシーの無いランベールでも、己が押し付けあう対象になっているとムカついたようだ。
ファーストダンスはセリーヌ姫とランベールで、私とマドレーヌも続く。
「マドレーヌ、来てくれてありがとう」
「間に合って良かったです。ナタリーの同行者として入ろうとしたら、難癖をつけられ少々時間を取られました。彼女が伯爵家の威光を出してくれて、何とかここまで来ることが出来ました」
「ありがとう、新婚なのに」
「実は、まだ入籍はしていません。貴族籍を今失うと良くない気がして」
「えーっ! そうなの、わざわざ? ごめんね……」
私の為に、入籍を遅らせてくれたようだ。でも、そのお陰で男爵家の令嬢としてここまで入って来れたのかもしれない。
でもグレゴリーにも申し訳ない。これは、豪華な結婚祝いを送るしかない。
「構いません。エリザベスさまが結婚して引っ越しするまでは、急ぐこともありませんから」
「それはグレゴリーが可哀想」
「そうでもありませんよ」
マドレーヌは、グレゴリーのことを好きなのに結構クールなのよね。私みたいにメロメロにならないんだ。
そんなことを思いながらダンスして、終わり間際に話す。
「後で、私の部屋に来て。話したいことが色々あるの」
「ハ!」
一曲目のダンスが終わって、私の相手はマドレーヌからナタリーに引き継がれる。
ナタリーは、マドレーヌとはまた違ったタイプの女性騎士だった。
男装しているのだけれど、その長く豊かな金髪や麗しい緑の瞳は女性らしい柔らかさを持ったままだ。
エリザベスは男役をこなしているけれど、ナタリーは男性の服装を美しく着こなしている女性というイメージだ。
そのナタリーが私に囁く。
「エリザベス嬢、お噂はかねがね。一度、お会いしてみたいと願っていました」
「あら。とんでもない悪評じゃなかったかしら」
「いいえ。マドレーヌからは、お嬢さまは素晴らしい方だという話ばかりを聞いていました」
「まあ。マドレーヌったら」
ナインヴァンス城の夜会会場を、すいすいと流れるように踊っていくナタリーのダンススキルはとても高い。男性パートを完璧に踊りこなしている。
そして、彼女は私がしている指輪をススッと指で撫でた。
「この指輪。エリザベス嬢が贈られる側だったのですね」
「えっ。あ……!」
以前、マドレーヌが『普通はこんな指輪を贈らない、知り合いに真相をぼかして尋ねたらそう言われた』と言っていた。
その相談相手はナタリーだったんだ。
思い当たる私に、ナタリーはクスッと笑った。
「確かに、この指輪を贈った人物は、とても嫉妬深く束縛が強いようです」
「私は別に、嫌じゃないもの……」
「そんな人物が、ここに来ることが叶わず、そして周囲は仲を裂こうとしている。少々、おかしな状態に見えますね」
それは、この世界の強制力みたいなものなのだろうか。
でも、ここでナタリーにゲームの世界がどうこうと言えるわけがない。
私はしおらしく言った。
「応援してもらえると、嬉しいわ」
「ええ」
マドレーヌがセリーヌ姫と踊っているのが正面に見えた。
セリーヌ姫は推しと出会えて舞い上がってるファンみたいになっている。頬が上気して夢中って感じだ。
ランベールにもこんな風になってくれたら良いんだけど、ままならない。
まあセリーヌ姫側の公国にしたら、わざわざ王国に嫁入りしなくても、自国の貴族に嫁ぐ方がいいのかもしれないけれど。
セリーヌ姫も策略をもって私とアランさまを別れさせようとしている。だったら、私も少々汚い手を使ってでも二人をくっつけてやろう。
私はそんな風に考えたのだった。




