4.
いよいよ『女騎士マリーの事件簿』の関係者お披露目会の日がやって来た。
観客は劇団や興行関係者、特別招待者だけなので全員が誰かの知り合いという状態だ。一般の観客がおらず、座席数より少な目に招待しているので警備は通常の観劇より楽な筈だ。
特別招待者の中の一番の目玉は勿論、ランベールとセリーヌ姫だ。二人が絶賛していたという評判を、後で新聞各紙に書いてもらう予定にしている。
二人は感心にも同じ馬車でやって来た。ランベールにエスコートされたセリーヌ姫は、うっとりする程美しかった。ランベールも、見た目だけは良いので二人はとてもお似合いだ。
しかし、セリーヌ姫は観劇にソワソワしてはしゃいでいる様子でランベールには見向きもしていない。ランベールの方も、つまらなそうにスンっとしていてあまりセリーヌ姫を気遣っていない。
これは。
王妃さま、二人、大丈夫ですかね?
私は二人を同席することは出来ても、両想いまでは面倒見れないですよ~!
そんなことを思いながら、劇場支配人や劇団総監督と一緒に二人を劇場ロビーで出迎える。
勿論、ランベールたちは二人きりではなく、従者やら女官やら護衛騎士やらたくさんの人に囲まれている。セリーヌ姫さまの側付使用人のルイスとかいう男も居た。ちょっと可愛い系の童顔だけれど、見た目と違って慇懃無礼な人だ。この間、私にやり込められたせいか、更に敵対心が強くなっているようだ。
でも知らな~い。私の方が、立場は上だし。
ルイスは笑顔なのに笑っていない瞳を私に向けた。すごいヘイトを感じるけど無視よ。
ランベールたちへの挨拶は、身分的には私が最初のようだ。
「ランベール殿下、それにセリーヌ公女さま。本日、ご観劇頂けること大変光栄でございます」
「エリザベス! 本当に楽しみにしているのよ。舞台はもう完成したのよね?」
セリーヌ姫は前のめりに私に話し掛けてくる。よっぽど楽しみのようだ。
私はうんうんと頷いてにこやかに説明した。
「はい、勿論でございます。案内は劇場支配人にさせますが、セリーヌ公女さま。貴賓室と一階席センターブロックでのご観劇、どちらがよろしいでしょうか」
「えっ、選べるというの……」
セリーヌ姫の喉がごくりと鳴った。
普段は一般の観客が入っているので、絶対貴賓室だろう。だが今日は関係者しかおらず、警備もやりやすい。導線が確保された一階席センターブロックでも大丈夫だ。
「はい。貴賓室からですと、遠くからになりますが全景を見ることが出来ます。一階席ですと、やはり近いので迫力がある演技を見ることが出来ます」
「私、一階席で観たいわ」
「それでは支配人、一階席にご案内を。ランベール殿下も、是非セリーヌ公女さまと共にお楽しみくださいませ」
ランベールは私をじろりと見降ろして言った。
「わざわざ来てやったんだ。つまらなかったら承知しないぞ」
「大丈夫です、きっとお気に召すことと存じます」
私はニヤリとして答えた。
ちょっとした仕込みがあるのだ。
二人が客席に入るのは最後だ。招待客たちが、立ち上がって拍手で迎え入れる。
そして舞台が始まった。
設定とあらすじは大体同じだが、舞台用にアリーズ先生に書き下ろしてもらったシーンもある。
女騎士マリーは近衛騎士だ。そして仕えるのはパール王妃。王妃には息子のランス王子が居る。ランス王子は原作ではちょい役だったが、舞台版ではイケメン役者で殺陣も上手い人をキャスティングした。当然、乱闘シーンでは目立つしレオンを助けて
『ここは私たちが引き受けよう。レオン、お前は先にマリーを救助しに行くのだ』
なんて良い人ブームをかましたりする。
そう、私はランベールっぽい人を出して実際の王子を人気者にしようと画策したのだ。
私は観客の様子が見えるスタッフルームから、皆の反応を見守りつつ観劇した。
やはり、殺陣のシーンは皆が夢中になっているようだ。ランス王子の評判も良さそう。
一幕では、ちょっとした謎を解いて殺陣があって、そしてマリーはグインによろめきつつある。それを止めようとするレオンが居て、マリーはこの後どうなっちゃうの~? というところで幕間となった。
本番と同じように、休憩も取る。化粧室に行ったり、飲み物を飲む人もいるだろう。
皆の反応は、とても良い感じだった。特に今日を楽しみにしてきた女性陣が、やっぱり動きが付くと素晴らしいと感想を語り合っている。
本だけでは想像力が必要だったが、ビジュアルがそれらしいキャストが動いて喋って、歌ってくれるのだ。皆の想像を超えていく出来だったようで、好評で良かった。
そして、二幕が始まった。
元近衛騎士だったグインの過去と絡む謎に迫りつつ、三角関係も大詰めだ。
二幕でも、ランス王子は殺陣を魅せてくれるしマリーをそれとなく庇護し、後押しをしてくれる。
マジで良い役すぎる。ランベールは私に感謝してほしい。書いたのはアリーズ先生だけど、ランベールっぽい良い役の王子を、と注文したのは私なのだから。
マリーとグイン、レオンが活躍して謎を解き、事件は決着をつける。勿論、裁いて場をまとめるのはランス王子だ。
そしていよいよ最後の大詰め。マリーはグインとレオン、二人から同時に求婚される。
マリーはどちらも選ばず、近衛騎士として務め続けたいと返事をする。そこに待ったをかけるのもランス王子だ。
王子の出番、良いとこで多いな。
ランス王子は、マリーに問いかける。
「心に正直に、考えてみるがいい。その胸の中に求めている者は、誰なのかを」
マリーが切ない心情を歌い上げる。
そしてここからが原作と違うのだが、マリーはレオンに告白しにいくのだ。
「今まで、貴方とはずいぶん張り合ってきて、ライバルのように感じていた。そんな貴方に突然告白されて、私は戸惑ってしまった。けれど、レオン。張り合って、ライバルだと思っていたのは、貴方に認めて欲しかったからだ」
レオンに絆されて、今では好きになったと告白するマドレーヌ。
そしてグインには、レオンと一緒に断りに行く。
「グイン、貴方に憧れていた。尊敬し、敬愛していた。けれど、それは貴方の求める愛ではない。すまない」
納得いかないグインは、レオンに決闘を申し込む。
ただの決闘ではなく、騎士学園伝統のあれだ。
ここが最後の見せ場になるが、二人は上半身裸になって、拳で語り合うのだ。
二人が服を脱ぎ始めた途端、貴婦人たちが一斉にオペラグラスをスチャッと構えた。勿論、キャストの二人にはかなり腹筋を鍛えてもらっている。二人とも、顔も身体も極上だ。その肉体美を余すことなく見る為のオペラグラスである。
劇場でオペラグラスを売ろうかな、と思いついてしまった。レンタルでも良いだろう。
今回はレオンエンドなので、戦いの後、二人とも倒れこむ。そしてマリーが助けに行くのは、レオンだった。
抱き合う二人に、貴婦人たちの声なき悲鳴が聞こえたような気がした。
最後はカーテンコール、代表してマリー役の女優の挨拶、それからアンコールソングとして一曲歌って、幕が下りた。
最初に退出するのはランベールとセリーヌ姫なので、私は急いでロビーに向かって二人を待ち構える。
セリーヌ姫は、私を見つけるや駆け寄ってきた。そして私の手を握りながら興奮して早口で喋り出す。
「ねぇ~! もう、最高なんだけど! 特に告白シーン! レオンとグイン、それぞれの心情が歌と台詞になって、最後は三人にハモりながら、マリーは身を引こうとして騎士の道一筋になろうとするでしょ! それから決闘よ! 本当に殴り合っているのかと思ったわ! 本当にレオンが選ばれる世界線があるなんて! でも、そうなったら選ばれなかったグインの気持ちに切なさを感じてしまって、グインが選ばれる原作通りの回も観たいわ! 何とかならないかしら!」
「一般公開日になりますが、貴賓室での観劇でよろしければ……」
可能です、と言う前にセリーヌ姫は食いついた。
「是非! お願いするわっ!」
「では、スケジュールはまたセリーヌさまの側付使用人の方と打ち合わせをして……」
「初日っ! グインバージョンの公開初日で!」
「分かり、ました……」
私でも気圧されるような勢いだった。
ルイスがまた目が笑っていない笑顔で私を刺すように睨んでいる。文句なら自分のご主人に言って欲しいんだけど。
「謎解きのシーンも、立ち回りの乱闘も良かったわ~。あと、出会いも良かったし、でもやっぱり告白シーンかしら! すごく心情が表現されていて。あれって、アリーズ先生が脚本も担当されているのよね!」
「ええ、そうです」
「アリーズ先生は、今日はこちらには?」
期待に満ちた表情でセリーヌ姫が尋ねる。
しかし、私は首を横に振った。
「残念ながら、今日は来られておりません。スケジュールが多忙のようです」
「そうよねぇ。観劇にはいつ来られるのかしら」
「私も伺ってはおりません。でも、目立ちたくないとおっしゃられているので、きっとお忍びで来られるでしょう」
「はぁ~、アリーズ先生に直接、感想をお伝えしたいものですわ」
「ところで、ランス王子の活躍は如何でしたか」
私が振ってみると、セリーヌ姫は全然刺さっていない様子で言った。
「原作では無い展開でしょう。私、原作通りのストーリーを求めているので、オリジナル展開は余り……」
「アリーズ先生が、舞台用に書きおろしされた展開ですのよ」
その言葉に、セリーヌ姫は目を見開いて手で口を覆って驚いていた。
「まぁ、まぁ! そうなのですね」
「はい。アリーズ先生が、王室の方ならこんな方なのではないかと、実在のモデルに想像を膨らませて書いたキャラクターですの」
そう言いながら、私は意味ありげにランベールに視線を送った。
今まで、セリーヌ姫は興奮して滅茶苦茶喋ってきたけど、ランベールは空気だった。早くこの会話終われよくらいに思っていたに違いない。
しかし一応は話を聞いていたようで、フンと鼻で笑う。
「そんなことでご機嫌取りをしなくとも、上演に関してうるさいことは言わないぞ」
「ご機嫌取りではないけど、観客が喜ぶ展開ではあるでしょ」
どうやらランベールは、今回の王子キャラの活躍を王室への忖度と感じ取ったようだ。違います~。素直に喜んでないだけまあまあ優秀だけど、まだ甘い。
あわよくば、ランベールに似たキャラを出してセリーヌ姫が好きになってくれないかと狙ったのだ。でも、彼女は原作の三角関係に夢中みたいでランス王子にもランベールにも興味無さそうだ。
「エリザベス! 今度語り合いましょうね。絶対よ! 時間を取ってちょうだい」
熱心に私の手を握ってぶんぶん振ったセリーヌ姫は、まだ夢の中に居るかのようなうっとりした表情のまま帰っていった。
オタクの早口トークをもっとしたいのだろう。
そしてアリーズ先生ガチ勢のオタクはもう一人居た。
「エリザベスさま。お招き頂きありがとうございます。今日もアリーズ先生の脚本は素晴らしいものでした」
「セルジュ先生。先生のような男性ファンの方にも楽しんで頂けると分かって、安心出来たわ」
セルジュ先生を呼ぶのは、正直迷った。
でも、呼ばなかったら根に持たれそうだし、これからもセルジュ先生には色々働いてもらわなければいけない。ヤバいファンではあるけれど、有能な法律家であることは間違いない。
それで、釘を刺して招待したのだ。
きょろきょろと周囲を伺うことをやめられない様子のセルジュ先生に言う。
「先日も言っておいたけれど。アリーズ先生を探るなら、関連の仕事からは一切手を引いてもらうわよ」
「勿論です。しかし、この劇場に今誰が居るかは確認させて頂きたい」
「も~……」
そうは言いながら、今日はシーラもマドレーヌも連れて来なかった。
鋭い人に色々推測されないようにだ。
「ふむ。それではそろそろ、失礼します。『手筈は予定通り』です」
「……ええ。今日はありがとう。ロナルドにもよろしく」
私は何気なく返事をしたけれど、少し緊張もしていた。
これから、少々危険かもしれないことをする。
待つだけの姿勢ではなく、攻めていかないといつまでも後手になるからだ。
私は自分の幸せを、自分で掴み取る所存よ。




