3.
このプロジェクトは、いつまでもレオン派とグイン派の争いが収まらなくて、シーラの顔が曇ってきた時に考え付いた。
私は、どうせすぐに皆飽きて他の話題に移るだろうと思ったのだが、他にあまり娯楽も無いせいなのか、なかなか下火にならない。三角関係の恋愛小説で、毎週更新されるのを皆で感想を語り合いながら盛り上がるというのがこの国では初めてだったのもある。
今なお、新規読者が参入し続ける状態で、レオン派は永遠に文句を言っている。
シーラは悩み抜いて私に相談してきた。
「レオン派を満足させる為に、また新しい物語を書くべきでしょうか。でも、今は別のお話を書いている途中だし、私の中ではあの物語は終わったんです」
「私も考えていたんだけど。舞台化しましょう」
「舞台化、ですか」
「ええ、そう。今回は、ちゃんとした劇団に頼んで、演出もしっかりしてもらうわ」
シーラは心配そうな表情になる。
「でも、大丈夫でしょうか。本はグインが選ばれたのに、舞台はレオンでまた炎上しないでしょうか」
「大丈夫。私に考えがあるから。アリーズ先生に、元となるシナリオは書いてもらわないといけないけれど」
「それは、お任せくださいませ」
ちゃんとした劇団は、今までの上演経験があるので、制作進行がどういうものか分かって居る。
私は前回の製作助手のテッドの再就職先の製作会社を紹介してもらった。勿論、たくさんの実績がある良い会社だ。そこから舞台企画を立ち上げ、オーディションから立ち会って、マリーっぽい主演女性と、グインとレオンに感じが似た男性のキャストを選んだ。
シナリオはシーラに書いてもらって、演出と脚本は経験豊富なベテランに担当してもらった。
有能な人たちと仕事をすると、さくさく進んでいくという良い例だった。
本当はもっと準備期間と稽古の時間を取りたかったが、次の私の担当の王宮懇親会の開催日に合わせて二か月後にした。かなり急な話であるが、前回よりはマシと思おう。
そして舞台の期間、劇場、製作スタッフなど全てを決定させた後、『女騎士マリーの事件簿』の舞台化を発表した。
原作を知っている人は、発表された詳細に皆驚いた。
なんと、舞台は結末が二つある。その日によってバージョン1,バージョン2があって、バージョン1は原作通りのグエンエンド。そしてバージョン2は原作にはない、レオンが選ばれるエンドだというのだ。
レオン派の人たちは狂喜乱舞した。勿論、チケットは販売即完売。
発表後、セリーヌ姫からの再三の出頭要請をスルーし、私は王宮で王妃殿下とお茶会する日を彼女に連絡した。
この日にご都合よろしければ、一緒にお茶でも如何ですか、というお誘いだ。
セリーヌ姫は勿論、駆けつけてきた。
するとそこには、何故か王妃殿下に呼ばれたランベールも居合わせて、偶然にもセリーヌ姫と同席するっていう寸法よ。
セリーヌ姫はずっと私にチラチラ視線を送っていたけど、王妃さまの手前、電子書籍の話なんてする訳にはいかない。
でもあんまり引っ張るのも可哀想だな、と思って良きタイミングで教えてあげた。
「そういえば、私がプロデュースする新しい舞台が今度あるのですが」
「ええ、そうね!」
セリーヌ姫がいつになく前のめりで勢いをつけた返事をする。
私は王妃さまに尋ねる形で言った。
「それで、次に私が担当する王宮の懇親会を、その舞台が開演する劇場で行いたいのですが。そういうのって可能でしょうか?」
「勿論よ。前もって言っておけば、劇場でも開催可能よ」
王妃殿下の返事に、セリーヌ姫が弾んだ声で言う。
「まぁっ! では、次の懇親会ではその舞台を観劇出来るのですか!」
「でも、セリーヌさまは参加可能でしょうか? 以前、懇親会について尋ねた時は『警備上の都合がありますので、王宮外での懇親会は参加することが出来ません』って伺ったわ。ほら、あの、セリーヌさまの側付使用人のルイスとかおっしゃる方が」
「…………」
セリーヌ姫は、少し離れた所に控えていたルイスを刺すような鋭い目で睨みつけた。
私は更に追い打ちをかける。
「それに、来年までスケジュールが埋まっていて、予定外のことは何も出来ないとも伺ったわ。観劇にお誘いなんて、難しいかしら」
公国の側付使用人がそう言ったのだから、公的にそうなのだろう。
それを、姫さまが勝手に否定することは出来ない。
「……………………」
たっぷり無言のまま、セリーヌ姫はなんとかしろと私に目で促す。
私はわざとらしくポンと手を打った。
「そうだわ。これを懇親会ではなく、かつ警備をしっかりする理由を作れば良いのだわ。そして、両国の友好関係を築くことにもなる」
「一体、何が言いたいんだ。お前は」
ランベールが、早く結論を言えと促してくる。
私は、セリーヌ姫に二枚のチケットを手渡した。
「これは!」
「公開前の『女騎士マリーの事件簿』の、関係者お披露目会のチケットです。勿論、バージョン2のレオンエンドです。このチケット、二枚ありますので一枚をランベール殿下にお誘いくださいませ。そうすれば、警備面も安全になりますわ」
「まあ、それでしたら。ランベール殿下、こちらご一緒如何ですか」
「喜んで」
口ではそう言いながらも、呆れたような苛立ったような表情でランベールが睨んできている。私は気にせずニコッとほほ笑みかけた。
「ランベール殿下、招待をお受けするだけじゃ友好関係を築くことにはなりませんわよ。殿下からもお誘いしないと」
「何をだ」
「今度開催される、狩猟祭のお誘いですわ」
するとパトラ伯母さまがわざとらしく手を打って喜んだ。
「それは上々。是非ともセリーヌ姫にナインヴァンス城を見て頂きたいものだ。なあ、ランベール」
「……はい、王妃殿下」
上手くいった。
ランベールは狩猟祭にセリーヌ姫を誘い、彼女はこの場で断れず了承した。
すごい、私ってなかなか策士なのではいの。
ニヤニヤしてしまう。
すると、ランベールとセリーヌ姫が、じーっとジト目でこっちを見てくる。二人、なんだか気が合うみたい。
そう思っていると、セリーヌ姫が今思いついたという風に口を開く。
「では是非とも、エリザベスにも一緒に行って頂きたいわ。ね、ランベール殿下」
「そうだな。その方がセリーヌ公女も心が休まるだろう」
「えっ、私も……?」
二人は頷いた。やっぱり、気が合っているようだ。
私、あんまり行きたくないんだけど。狩りも城も興味ないし。
けれど、セリーヌ姫は私に決断を迫る。
「エリザベスが行かないなら、気が乗らないわねぇ」
「……分かりました。私も参加させて頂きます」
返事をすると、彼女はクスクスと嬉しそうに笑った。
「楽しみだわ。色々とね」
「そうだな」
ランベールもにこやかに返事をしている。
私は直感した。絶対、なんか企んでる!
二人は気が合っているようだけれど、それは何か違う方向に進みそうな意気投合だと。
一体、どうするつもりなのだろう。
分からないけれど、一応アランさまに相談しよう。
私はお茶会後に、その足でアランさまの研究室へと訪問した。そして狩猟祭に参加することと、そこでセリーヌ姫とランベールをくっつけたら私たちの結婚も決まるかもしれないという話をした。
すると、アランさまは即決してくれたのである。
「では、私も行こう」
「えっ! アランさまも一緒にですか」
「そうだ。王都から離れて何か、危ない目に遭うかもしれないだろう。エリザベスだけを遠くに行かせるわけにはいかない」
「そこまで、危なくはないと思いますが。でもアランさまと一緒に行けるなら嬉しいです! 旅行みたいですね。えへ」
アランさまは甘い笑みを浮かべて私に言う。
「おいで、エリザベス」
「はい!」
今は、マドレーヌが新婚休暇でまとまったお休みを取っている。というか、ずっと長期休暇が無かったので、たまには休んでと私が説得して、ついでに引っ越し作業とかグレゴリーとの新生活の準備とかをするよう申し伝えた。
で、私の護衛は、公爵家の騎士を日替わりで連れている。
王宮に来る時は、他の騎士はマドレーヌと違って部屋の外で待たせている。
アランさまといちゃつき放題というわけだ。
私はアランさまの腕の中に飛び込んだ。ぎゅっと抱きしめてくれて、アランさまは髪や額、頬にたくさんキスしてくれる。
唇にキスされたら、私が興奮のあまり気絶してしまうのでそれはしない。もう少し私が慣れた後にしてくれるって教えられ、それも嬉しくて興奮した。
優しくたくさんのキスをされる今も幸せすぎる。私はぎゅーっとアランさまに抱き着いて、思い切り甘えた。
「可愛いエリザベス。狩猟祭では、私の側を離れてはいけないよ」
「はい!」
「きっと、色んな思惑が渦巻いて謀略に塗れた祭となるだろう。エリザベスを守る。そして、私たちの関係を深めたい」
「アランさま~!」
嬉しくって、舞い上がって、カーッと顔も体も熱くなる。
額にキスされたら、また目の前が暗くなって眠くなってしまう。
アランさまにくっついてキスされると、よくこうなる。興奮しすぎなのかな。でも、すぐ目が覚めるし、甘えさせてもらおう。
目が覚めたのは、護衛騎士がノックをして扉の外から声を掛けてきたのが聞こえたからだった。
「失礼します! そろそろ帰宅時間です」
「ああ、もうそんな時間か。エリザベスは眠っている」
うとうとしていたけれど、護衛騎士が入室する音が聞こえて覚醒してきた。
アランさまは私を膝の上に乗せて、仕事をしていたようだ。書類をめくる音がして、私はハッとした。目を擦りながら言う。
「すごく、寝ちゃってた……。すみません、アランさま」
「構わないよ、エリザベス。私の傍で安心しているということだ」
頭を撫でて、髪にキスをしてくれる。
これは、またのぼせ上ってしまう。アランさまの膝から降りて、今更だけど淑女の礼をした。
「アランさま、今日は失礼致します。また連絡しますね」
「ああ、エリザベス。また」
私たちの仲は順調と思う。けれど、今日の護衛騎士の若い男子は、何故かアランさまに同情めいた気遣う瞳を向けていた。
そして、私には咎めるような視線を送るのだ。
「……何かしら?」
「いえ」
私が問いかけても、騎士の口は重い。
後日、騎士の間で
『アランさまは子守りみたいにエリザベスさまの寝かしつけをさせられていた、可哀想』
という噂が巡るのだが、勿論、私の耳には入って来ないのだった。




