3.
翌日、使いの使用人が工房に取りに行ってくれたジョーの日報を見て、私は目を剥いてすぐに再び工房に駆け付けたのだった。
連日の工房訪問に、親方は身構えながら受け入れてくれた。
「どうしたんです、お嬢さま。昨日の今日で。ジョーが何か失礼やらかしちまったんですかね」
「親方さん、これを見て。ジョーはとんでもない職人なんじゃない?」
届けてもらった日報には、びっちりと魔道具について書かれてあった。
これからの実現可能な計画や設計など、裏面にまで細かく記されているのだ。これなら、私の夢であるスマホは十分に出来てしまうのでは、という希望を持てる内容だった。
私が興奮気味に紙を手渡しても、親方はちゃんと読んでくれなかった。
「字が小さすぎて読めねぇ」
「老眼鏡……、拡大鏡とかルーペ、そういうので見れば良いでしょう」
「最近は目が霞んで細かい字はよく見えねえ。作業は大丈夫なんですがね。おい、ジョー! こっち来て説明しろ!」
ジョーは遠くで集中しているのか、背中を向けて作業をしていて親方の声に気付かない。
「僕、呼びに行ってきます!」
見習いらしい、十代半ばに見える若い職人がすぐ立ち上がって走っていく。そして、ジョーの肩を叩いて呼んで戻って来た。
「…………はい」
「ジョー、おめぇこれ口で説明しろ」
「…………」
ジョーはぼそぼそと説明し、途中で親方が口を挟んで質問するが、いまいち要領を得ない答えになっていた。
この二人、全く嚙み合っていない。
私は親方に告げた。
「ジョーは口が重く、説明が下手ですが書面では素晴らしい報告をしているわ。親方の方から歩み寄るのは難しいかしら」
「なんだってオレがこいつに合わせなきゃいけねぇんだ! こいつが聞いてんのか聞いてねぇのかはっきりしねぇのが悪いんだろうが!」
従業員に合わせて社長が態度を変えろ、的なことを言うと親方が激怒してしまった。人を使う管理職ならアリかと思ったけど、封建的な師匠と弟子だったらナシなのか。
そして、聞いてるのか聞いてないのかという親方の言葉に少し引っ掛かり、一応訊ねてみる。
「ジョー、耳はちゃんと聞こえてる? 聞こえにくかったり、耳鳴りがあったりはしていない?」
するとジョーは左耳を指していった。
「……あまり、聞こえない」
「……! やっぱり。それでだったのね」
すると親方は大したことのないように言う。
「片耳が聞こえてるなら十分だろ」
私はかなりカチンときた。
「十分な訳ないでしょう。いつも大きな音が鳴っている工房で、片方聞こえないなんて聴力は無いに等しいわ。貴方、片目を瞑って作業してみなさいよ。老眼くらいでどうこう言ってるくせに」
「なんだと。お嬢さまか何だか知らねぇが、この工房の主人はオレだ!」
「従業員を大切にしない工房になんて用は無いわよ! この人を引き抜いて私の工房で作業してもらうわ!」
「何を~! やれるもんなら……!」
そう言ったところで、マドレーヌが私の前に割って入った。剣に手をかけ、今にも抜きそうだ。それに親方を完全に威圧している。
工房中がシンとし、皆が固唾を飲んで見守っている。
流石の親方も、先ほどまでの威勢の良さは無くなった。まあ、こっちは騎士に命じたら親方の命なんて簡単に取れるんだから当然だ。
私はジョーに穏やかに告げた。
「私は職人を大切にする工房を作りたいわ。ジョー、私の工房に来て作業を続けてくれないかしら」
すると、ジョーは秒で返事をした。
「ここに居ます」
「えっ! 待遇、めちゃくちゃ良くするんだけど?!」
「…………」
言い募っても、ジョーは黙って首を横に振る。
なんと、思い切り振られてしまった。ガクーっと床に膝を付きそうなのを堪えて言う。
「そう。じゃあこのまま、この工房にお願いするわ。ただし! ジョーに話しかける時は右耳から分かりやすくすること! それに親方は老眼鏡をかけてちょうだい。工房なんだから、それくらい出来るでしょ!」
「……分かりました」
親方が、渋々といった感じで返事をする。
私は思いついたことを口にした。
「あと、補聴器って無いのかしら」
「あるにはあるが、あんなのはデカいし片手が使えなくなるしで、ロクなもんじゃねぇ、です」
親方が頑張って敬語を使おうとしている。マドレーヌにビビっているのだろう。交渉ごとは、武装した騎士を前に立たせるに限る。
「じゃあ、小さくて手を使わなくて良い補聴器を作ればいいじゃない。骨伝導がいいとか聞いたことあるけど、どうかしら」
「耳の後ろの骨に当てると、いいのかもしれない」
ジョーがボソッと言う。多分、自分の声のボリュームが分からないから、大声を防ぐ為に小さく話すようになったんだろう。大きな声で話して、うるさいと怒られたことがあったと予想する。
もう、そんな工房やめてうちの待遇良いとこに移ればいいのに。
でも、新しい所に一から移って、私がやっぱりやーめたとか言い出したら中途半端に放り出されると警戒したのかもしれない。
それならば、信頼してもらえるように良い依頼者、良い出資者になるしかない。
私は鷹揚に頷いて気前よく言った。
「じゃあそれで作ってちょうだい。手で持つのではなく、耳にかける型が良いわ。勿論、私からの依頼だから材料費はこちらで持つわ」
「……先に、最初の依頼の品を作りたい」
「いいけど、あれは本当に遊び道具で全然急がないわよ?」
「…………」
それでも先にスマホの開発をしたいというジョーの意思が良くわかった。頑固職人だ。でも、依頼主に阿るより良い職人な気がする。
私はジョーの意思を優先することにした。
「分かったわ。順番は任せるし、仕事のペースも任せるわ。ただ、無理はしないで休みは十分に取ってね。過労には気を付けて。締切なんて無いからね」