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ヒーローを追いかけまわすタイプの悪役令嬢に転生してしまったけどキャラ変したいです  作者: 園内かな
公女さまの宮中懇親会

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4.


 話は少しさかのぼる。

 まだ私が舞台プロデュースの仕事を引き受ける前の話だ。

 私の懸念通り、ネット上での誹謗中傷及び脅迫事件が起こってしまった。それが発生したのは、少し意外な所からだった。


 震源地は『女騎士マリーの事件簿』の感想掲示板だった。

 その掲示板は、有志が作って楽しく感想を書き込む場所だった。最初は。

 作品を連載形式で販売していたので、更新されると熱心なファンがすぐに購入して感想を書き込む。

 それはすぐに、レオン派とグイン派の争いとなった。


 レオン派は「グインみたいな身分もないおじさんとマリーは釣り合わない、あれはただの当て馬だ」と推測していた。個人的に、よく分かる意見だわ。

 一方のグイン派は「レオンみたいなすぐに嫉妬して攻撃的な言動をする若造になんてマリーを任せられない、あれこそ当て馬だ」と書き込む。


 その対立は段々過激になっていって、「グイン派なんておじくさい人たち、生きてる価値あるの?」とか「レオン派の人たち、息してる? マリーは完全にグインのこと好きなんですけど~」なんて言葉が飛び交う。


 そして最後の結末だけど、私は勿論シーラに任せた。

 シーラも大分迷ったようだけれど、結局は史実通り(?)マリーはグインを選んでハッピーエンドとした。

 掲示板は、グイン派の歓喜の声で溢れかえった。


「なんかレオン派とかいう人たち、ごめんね~? うちのグインが幸せになっちゃって」

「グイマリしか勝たん、敗北を知りたい」


 そんな風に煽る言葉が並ぶ。

 レオン夢派の人たちも喜んでいた。


「レオンは私が幸せにするから」

「むしろマリーとくっつかなくて良かった」

「レオン主人公の続編頼む」


 終わったばかりですぐ続編も期待されていて、ファンの気持ちも高ぶっていた。

 おさまらないのは、レオンとマリーのカップルガチ勢だ。

 その人たちは怨嗟の声を書き込む。それは作品批判を乗り越え、作者批判となっていった。


 作者批判には、一躍人気作家となったアリーズ先生に嫉妬している作家志望の人たちも居たと思う。とにかく、作者を罵っても大丈夫という風な空気がそこには蔓延していた。

 掲示板でアリーズ先生を悪しざまに罵り「許せない」や「才能がない」くらいではなく酷い言葉を書き込む人が多数居た。


 「責任を取って死んでほしい」とか「アリーズの正体分かった、殺してくる」なんて言葉まであった。

 シーラは本名ではなくペンネームで連載していた。覆面作家アリーズ先生だ。シーラのスペル、SYLAをさかさまから読んだだけの名前だ。アリーズ先生は謎に包まれた人物として、私生活を一切公表せず淡々と作品を更新していた。今になってみれば、それで良かった。

 私は権力を使って、その掲示板に警告文を出した。


『掲示板での誹謗中傷は処罰の対象となります。ネット上の書き込みは匿名ではなく、発信者情報開示請求により明らかにすることが出来ます』


 しかし、すぐには誹謗中傷は止まなかった。

 意見を言えなくするなんて、言論弾圧だという書き込みも多かった。

 私はまず、アリーズ先生への殺害予告について告訴することにした。

 その担当をしてもらったのは、いつもの通りセルジュ先生だった。彼は有能な法律家なので、呼び出すとすぐに対応を考えてくれた。


「この書き込み文があれば、すぐに情報開示も出来ますし相手を訴えることが出来ます。これは明らかな脅迫ですからね」

「流石、セルジュ先生ね。ネット上の脅迫でも対応出来るなんて」

「以前、お嬢さまがおっしゃっていたからです。ネット上での脅迫が起こるかもしれないと懸念していらっしゃったので、準備はしておきました」

「ありがとう、本当に助かるわ」

「しかし、この脅迫された人物は、一体どうしてここまで人々に憎まれているのでしょう」

「ああ、それはね……」


 私はアリーズ先生が書いた物語が人々を熱狂させ、そして誹謗中傷から脅迫まで巻き起こしたのだと説明した。

 セルジュ先生は、あまりピンと来ないようだった。


「たかだか物語で、これほどまでしますか? 現実と物語の区別が付いていないのでしょうか」

「それくらい、アリーズ先生の筆力が確かということよ」

「はあ。高価なスマホを所持し、電子書籍を買って読めるのは富裕層かつ知識階級でしょう。それなのにこんな事件を起こすとは、早く正気を取り戻してほしいものですな」

「そうよね。あ、セルジュ先生も一応、電子書籍を読んで内容をザッとでも把握しておいてほしいのだけれど。スマホ、持っていたかしら?」

「そろそろスマホを購入しようかと検討していたところです。分かりました。時間を作って読んでみます」


 セルジュ先生は、仕事の書類として電子書籍を読むと言っていたのだ。

 この後の展開を予測出来ないのは、私だけではなかった筈だ。

 数日後、セルジュ先生は「至急お会いしたい」と突然先触れを出してきた。こんなことは初めてだ。何か進展があったのかもしれない。私は勿論了承した。


 いつもはマドレーヌと二人で打ち合わせ場所に出向いているけれど、シーラにも同席してもらうことにした。アリーズ先生の正体がシーラということは、私たち二人だけの秘密だ。

 だが、もしセルジュ先生に法律的に守ってもらう場合には、彼にも明かすべきかもしれないと考えたのだ。しかし、とりあえずは侍女として同席する態にしておく

 応接室にやって来たセルジュ先生は、何故か花束を抱えてやってきた。


「ごきげんよう、セルジュ先生。花束なんて、どうしたのかしら」


 いつもは「先生はやめてください」と言うのに、それを口にせず彼はバッと私に差し出して言った。


「これを、アリーズ先生にお渡しください!」

「アリーズ先生に? 残念だけれど、アリーズ先生は贈答品の類は一切受け取っておられないの」

「そうですか。私は昨夜、アリーズ先生の作品を拝読しました。気付くと朝になっていました」

「えっ、徹夜したの……」


 しかしセルジュ先生は全く眠そうではない。むしろギンギンに起きている。そして光るモノクル以上に、キラキラと瞳を輝かせて語り始めた。

 あの、いつも無表情で冷たい態度のセルジュが大興奮して口にしたのは、王子と竜』の作品語りだった。


 彼がいかにあの作品を良く思っているか、めちゃくちゃ早口の長文でだ。

 いわゆるオタク語りというやつだろう。

 ハマった所だから、誰かに聞いてほしかったのだろう。

 作者本人が聞いているのだが。


 私はさりげなくチラッとシーラの反応を見た。シーラは真顔で強張った表情のままだったが、めちゃくちゃ目が泳いで動揺していた。

 私は適当なところで口を挟んだ。


「それで、訴訟はどうなっているのかしら」

「はい。アリーズ先生を脅迫するなんて許せません。厳罰を望みます」

「いや……、ええ、まあ、そういう姿勢で臨みましょう」

「ところで、アリーズ先生はどちらにいらっしゃるのですか。是非、お会いしてお話をお伺いしたいものです」


 目の前に居るんだけれど。

 しかし、この分では会わせるのは止めておいた方がいいだろう。私はそう判断して、しれっと嘘を吐いた。


「アリーズ先生は、専用の執筆部屋で次回作を構想中よ。あと、ファンの方とはお会いされないの」

「そうですか。では次回作を楽しみにしているファンが居ると、くれぐれもお伝えください」


 本人聞いてるし。もう直接伝えているけど、私は頷いた。


「勿論よ」

「はあ、本当にあんなに素晴らしい物語は初めてでした。アリーズ先生の文章は、まるで渇ききった身体に水が染み込んでいくかのように、頭に浸透していくのです。それに情景が目の前に現れるかのような表現。それでいて、難しい文章や難解な表現は一切使っていない。誰にでも読めるけれど、奥が深いストーリー性。構成力も本当に素晴らしい……」

「ありがとう。そんなに褒められたら先生も喜ぶわ」

「私ごときが褒めるなどおこがましいのですが。ああ、今日の仕事を終えて早くもう一度読み返したいです。今度は展開を知っているからゆっくり読める筈です。昨夜は続きが気になって、急いで読んでしまいました。勿体ないことです」

「帰って早く寝た方がいいんじゃ……? マドレーヌ、セルジュ先生をお送りして」


 いつもならシーラに案内を頼むところだけれど、彼女も動揺しているだろうからマドレーヌに頼んだ。

 普通、主が「お送りして」って言ったらもう帰れってことで、そんなことはセルジュ先生も百も承知だが彼はなんと、まだ帰らない。

 まだアリーズ先生を称賛して、物語の感想を言っている。

 私は遮って口を挟んだ。


「あの、セルジュ先生。そんなに感想を語りたいなら、ファンレターを書くのはどうかしら。電子書籍の最後に、感想を送る項目があるでしょう。あそこから書いたらいいわよ」

「そうですね。まだ語り足りませんが、今日のところはこれで」


 やっと帰った。

 マドレーヌとセルジュ先生を見送って、扉が閉まってから私はシーラに話し掛けた。


「シーラ、どう? 自分のお話の感想を直接聞くのは」


 彼女は両手で顔を覆ってしまった。耳まで真っ赤になっている。


「恥ずかしくて、身の置き所がないです。汗が酷いです。でも、恥ずかしいのに嬉しいんです……」

「ふふっ。じゃあ良かったわね。ここで座って、落ち着くまでお茶でもしましょう」

「はい……」

「でも、あの調子じゃセルジュ先生に正体を明かして協力を頼むのは考えちゃうわよね」

「そうですね。私だと分かったら、ガッカリされてしまうかもしれません」

「そんなことは無いわよ!」


 シーラは最初から、絶対に本名と顔出しはNGにしていた。名前も顔も、店も晒しているヴィンス先生とは対照的だ。

 その理由は、顔にあるらしい。


「……私の顔は、怖いですから」


 シーラの顔は一見すると怖く見えるのだが、内面は優しくてかつとても優秀な人だと公爵家の皆は分かっている。

 しかし、幼い頃から顔のことで何度も傷付けられたシーラは、人前に出るのは嫌なようだ。私はフンと鼻を鳴らして言った。


「文章を読んだだけで勝手に期待して、本人を見てガッカリする人なんてファンの風上にも置けないわ。こっちから願い下げよ!」

「こちらのお屋敷の皆さまは、私にも親切にしてくださいます。顔のことも忘れそうになります。けれど、外の人たちはそうではないのです」

「まあ、うちの中で問題なく過ごせているならいいわ」

「はい、ありがとうございます。ですので、私の正体は決して明かさないでいただきたく存じます」


 私は頷いた。


「勿論よ。屋敷の中でも奥向きの使用人は、薄々勘づいていると思うけれど。守秘義務として決して口外しないよう念押ししておくわ」


 シーラの侍女頭しての仕事を減らして、執筆に充ててもらっているのだ。それに、『女騎士マリーの事件簿』はマドレーヌをモデルとしてるのは分かる人にはすぐ分かる。詳細は言っていなくても、私に近しい人物がアリーズ先生だと分かるし、仕事を減らして何かを書いているシーラが怪しいとすぐバレるだろう。

 だが、優秀な我が公爵家の使用人たちは口が堅い。このままシーラの正体は隠して、彼女の平穏を保っていきたいところだ。


 翌日、セルジュ先生からめちゃくちゃ分厚い封筒が届いた。

 仕事の書類かと思って確認したら、中身は全部ファンレターだった。


『感想欄から送ろうとしたら、長文は遅れないとのことなので手紙で失礼します』


 これは、厄介ファンが付いてしまったかもしれない。

 なんとか彼からシーラを守らなければ。

 シーラが正体を明かしたくないと言っているのだから、私はそれに応じるべきだろう。

 こんなことなら、スペルを逆から読むとか適当な名づけにせずもっとちゃんと考えたら良かった!

 だがそんなことを今更考えても、もう遅いのだった。


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