1.
「来たな、エリザベス」
「はい、王妃殿下……、ご機嫌麗しゅうございます」
私は逃げ出したくなる心を必死に押さえつけ、引き攣る笑みを浮かべて淑女の礼をした。
お父さまの兄の嫁、つまり私にとって伯母に当たるパトラ王妃さまは一言で表すと『女傑』だ。とんでもなく有能で行動力があって、そして王国と王族の為に心血を注いでおられる。
そこには家族の情なんてものも無かった。
だから私はこの王妃さまをめちゃくちゃ怖いと思っていて、出来るなら避けたい。けれど、何故か呼び出されてしまって仕方なく王宮のパトラさまの執務室にやって来たのだった。
彼女は私の動作をじーっと見て、そして簡潔に指示する。
「一周回れ」
「はい」
ここで、なんで? とかどうして? なんて愚問を口にしたら罵倒が長くなる。
私は王妃さまには滅茶苦茶イエスマンなので素直に返事をして従った。
その場でくるりと回ると、パトラさまは執務机から回り込んできてつかつかと私に近付いてきた。そして腰回りをガッと掴んで言った。
「細い! このような薄い骨盤では安産も多産も見込めぬ」
「はい」
「やはり、エリザベスは王太子妃候補には入れられぬか」
「入りたくないです!」
ついそこは強く言ってしまった。
パトラさまは応接ソファの方につかつかと歩いて、優雅に着席してまた命じた。
「座れ」
「はい」
私もソファに行って、パトラさまに向かい合って座る。
女傑はテキパキと話し始めた。
「妾が子を一人しか産めなかったばかりに、ランベールには苦労をかける」
「……まあ、ランベール殿下もお若いですし、これからたくさん子供が生まれるでしょう」
私が適当な慰めを述べると、パトラさまは悔やむように言った。
「だからあの時アンドリューに、あれ程子を作れと言ったのに。逃げ出す程嫌だとは、側室候補の方々にも失礼ではないか」
「…………」
アンドリューとは、パトラさまの夫で国王陛下のことだ。
パトラさまは、ご自身の子はランベールしか望めないと早々に見切りをつけると、側室候補の方々を招き入れ国王陛下にお勧めした。
この中から好きな女性を選べ、と。
まだ私が子供の頃の話なので詳細は憶えていないけど、女性を宛がわれた陛下はなんと、うちに逃げこんできた。そう、陛下の弟であり私のパパであるセントリム公爵家のお屋敷にだ。
国王陛下は、そういうのヤだって思うタイプだったらしい。
私には考えられないけど、パトラさまは子を成す為なら愛人でも側室でも何でもオッケー。でも陛下は家族関係を大切にしたくて、その頃はギスギスしていたと聞いた。
「全く、アンドリューが『私は種馬じゃない』とか『そういうのは萎える』とか言うから静観し待つことにしたというのに、結局どうにもならなかったではないか」
「っ、王妃殿下、ちょっとそういう生々しいことをおっしゃらないでください!」
「ははは、エリザベスはまだまだ初心だな。そういう所がランベールも気に入っているんだろうが。エリザベスは本当にランベールを選ばないんだな?」
実は、今日お呼ばれしたのは少々下心がある。
一向に進まない私の婚約の話を、伯母であるパトラさまからどうにかしてもらえないかとおねだりに来たのだ。
私はここぞとばかりに前のめりになった。
「王妃殿下、いいえ、パトラ伯母さま。私は、アランさまとどうしても結婚したいのですが、婚約の話が全く進みません。王妃パワーで何とかなりませんか?」
「ふむ、条件次第だな」
「え……」
「エリザベスがわらわの希望を叶えるなら、そなたの婚約を整えてやろう」
私は一縷の望みに縋りついた。
「パトラさまの希望って何でしょうか」
「ヴァランシ公国の公女、セリーヌ姫が我が国に留学しているのは知っているか」
「そういえば、そうでしたっけ……」
全然政治に興味ないから聞いたような、聞いてないような。
そんな私に、パトラさまは溜息を吐いて教えてくれた。
「王立学園に通っているセリーヌ姫は十七歳。来年には帰国する予定だ。その前に、セリーヌ姫が我が王国を好きになるよう動いてもらいたい」
「セリーヌ姫さまが我が国を好きになるように、ですね。分かりました!」
「細かなことは、公国のお側付きに聞くといい」
以上だ、下がれってことなので私はホッとしながら王妃殿下の執務室から退室した。
お姫さまは私より一歳下だし、友達になって楽しい所に連れて行ってあげて美味しいもの食べさせてあげたらいいよね!
そう考えていたのだが、現実は甘くなかった。
「公女さまのスケジュールは厳格に決められておりますので、貴女さまとの時間を取ることは出来ません」
慇懃無礼、木で鼻を括ったような公女の側付使用人ルイスはそんな風にのたまったのだ。
わざわざ私が公国の大使官邸にまで足を運んでやったというのにである。
「これから先、食事を取る時間くらいあるでしょう。その時に一緒に食べると良いじゃない」
「残念ながら、公女さまの食事時間は全て予定が入っております」
「来年までずっと?」
「はい」
嘘つくなよ。まあこの使用人の独断で、私との時間を取らせたくないと考えているのだろう。
となると、こいつを突破して直接話しかけるしかない。
私はルイスをじっと見据えた。
まだ若く見えるというか、童顔で可愛い顔をしている。しかし王国の人間には心を許さないと決めているようだ。態度が丁寧なのに失礼さを感じる。
公女は学園に通っているのと、月に一度は王宮に来ていると聞いた。その時を狙うしかない。
そう考えながら、少しは反撃しておく。
「なるほど、分かったわ。貴方のお名前、ルイスだったわね。貴方のその言葉、よーーーく王妃殿下にお伝えしておくわ」
こっちは王妃さまに言われてきてるんだからな、とあからさまに告げるとピクリと反応してから口を開いた。
「ただ、食事ではございませんが。来月の王宮での懇親会でのお席を隣にご用意することは出来ます」
「王宮での懇親会って、どういうものかしら」
「大抵は文化交流ですね。シュルマン王国の伝統的な音楽、芸術などを披露して頂き公女さまが観劇されます」
舞台とかコンサートとか、そういうのだろうか。
なるほど、それならエンタメを用意したら良いのか。そう思いながら、私は一応確認した。
「公女さまは着席して観劇されるのね。公女さまに踊って頂くとか、芸術体験をして頂くことは可能かしら」
「警備上の都合もありますので、着席での観劇が必須です」
「公女さまが王宮以外に出掛けて芸術体験をすることは可能かしら」
「警備上の都合がありますので、王宮外での懇親会は参加することが出来ません」
「では公女さまがお好きなジャンル、様式とか分野があれば教えてちょうだい」
それにはルイスの慇懃無礼スマイルがさく裂した。
「公女さまにはそのような好悪は一切ございません」
「は~い」
腹の立つルイスだが、結構顔が整った若い男性であることには間違いない。
そこから推測するに、公女は絶対イケメン好きに違いない。
ということは、若いイケメン俳優が出る舞台にするとか?
いやでも、この王国での流行は悲劇らしいし。公女が舞台は退屈で、ダンスとか音楽の方が好きってこともあり得る。
もしくは、他に趣味があるとか。
とにかく公女の好き嫌いと懇親会について調べなきゃ。
私はまた王宮に戻って懇親会担当役人を紹介してもらった。すると、その役人も困り果てているところだった。
疲れた様子の中年男性の役人氏は、深いため息を吐いた。
「正直、ネタ切れです。もう何をして良いのかも分からないんです」
「公女さまの反応はどうなの?」
「どれも笑顔で拍手はしています。けれど特に気に入った様子もなく。毎月の懇親会ですので、流行の劇や伝統的な舞踊、オーケストラコンサートなど本当に色々やったのですが何の手ごたえもありません。王妃さまにもご指導頂いたのですが不甲斐なく……、うっ……」
胃の辺りを押さえている役人氏。きっと胃潰瘍になってるか、なりかけなんだろう。気の毒に。
「次の懇親会っていつなの?」
「二十日後です」
「えー! もう時間が無いじゃない」
「そうなんです。あの! エリザベスさま! よろしければ、今月の懇親会の内容についてお任せしても良いでしょうか。私は来月の懇親会の担当を致しますので」
「そんな、急すぎでしょう……」
「とにかく国の名誉を傷付けなければ、何をしても結構ですので! エリザベスさまが素晴らしい発明家であることは有名ですので、何とかよろしくお願いいたします!」
「わ、分かったわ……」
押しに負けて、つい頷いてしまった。
あと二十日で何が出来るんだろう。いざとなったら人脈とお金を使いまくって何とかするしかない。
その前に、せっかく王宮に来ているのだからアランさまのお顔を拝見して、ついでにヴァランシ公国について聞いてみよっと。
私はルンルンとアランさまの研究室に向かった。
アランさまは私を快く迎えてくれる。それだけで幸せだな~ってじーんと感動しちゃう。
ソファに向かい合わせに座って、休憩がてらお茶にしましょうって誘ってお喋りもしてくれる。
だが、公国の公女や向こうで流行してる芸術について聞いた時、アランさまは顔を曇らせてしまった。
「すまない、何も知らないんだ」
「では公国で暮らしていらっしゃった時、社交したり観劇したりはされていなかったんですね」
「ああ。今もそうだが、私は面白みのない男でそういった場所には顔を一切出していない」
申し訳なさそうにちょっとしょげて見えるので、そういう顔も可愛いと思ってしまう。
私は思わず笑顔になってしまった。
「アランさまは昔から真面目で堅実な男性だって分かって嬉しいです。うふ」
「また君は、何でも良いように受け取るんだな」
「聞いてからなんですけど、逆に公女さまのことに詳しくてもちょっと嫌だなって思っちゃいました」
私がニコッとすると、アランさまも少し顔を綻ばせてくれた。けれど、疲れたような表情で視線を落とした。
「私は、エリザベスに何もしてあげられないのだと最近よく思う」
「えっ! そんなことないですよ! アランさまが私にこうやって構ってくださるだけで幸せなのに!」
そう言うアランさまは、やっぱり疲れの色が滲んでいるようだった。
私はささっとアランさまの隣に移動して同じソファに座ってしまう。
いつものように護衛してたマドレーヌが厳しい目をしたけど、まあちょっと許してちょうだいと気付かないふりでアランさまに寄り添った。
「ちょっとお疲れのようですね。まだ働く時間が長くて、こき使われているんですか」
「ああ。君に言うことではないが……、最近では、成果も何もかも取り上げられているようだ。私も実績を作ろうと頑張ってはいるんだが、どうも立ち回りが上手くない。これまでのやり方がまずかったのだろう」
「えっ、実績作りって、ひょっとして……」
前に法律家のセルジュに、そういう方向で活動すれば結婚を認める流れになるのではないかと教えてもらったと話をしていた。
アランさまは私の問いかけにこくりと頷いた。
「そうだ。エリザベスとの結婚、まずは婚約を成立させる為に何かしたいと思ったのだが、思惑を読まれているようだ」
「そうなの……」
じわじわと嬉しくなったけど、次にハッと気づく。父や兄、それにランベールまでがアランさまを追い出したいと言っていた。
あれは冗談だと思っていたが、本気で何かしてる?
しかしアランさまは首を横に振った。
「それをも覆す成果を出せばいいだけだ。エリザベス、不甲斐ないだろうがもう少し時間がほしい」
「アランさまがそうやって考えてくださってるだけで嬉しい! それに、私も頑張ります!」
王妃さまに認められるよう、公女を喜ばせよう。私は改めてそう考えてぎゅっとアランさまに抱き着いた。
彼も私を抱きしめてくれてたし、髪や頬に口付けてくれた。
もー、嬉しい。充電完了よ。
マドレーヌの咳ばらい攻撃によってすぐ離されてけど。
アランさまのお仕事をあまり邪魔するわけにもいかないから、私は研究室をすぐに辞した。




