3.
宴会が終わって、家に帰ると、幼い弟妹たちはすぐに眠ってしまった。はしゃぎすぎて体力を使い果たしたのだろう。
母とすぐ下の妹、弟の四人でしみじみと話す。
「今日は、本当に良い日だったね」
「美味しかった!」
「ご馳走たくさん食べられてすげー幸せ」
「これも全部、エリザベスさまのお陰だから感謝しなきゃ」
すると妹が突然、話を振ってきた。
「お兄ちゃん、すごく可愛い子と話し込んでいたじゃない。あれ、お兄ちゃんの彼女だったりするの?」
皆はニヤニヤして、そんな訳ないよね~という空気だ。
僕が今まで、女っけが無く職場と家の往復をしているのを知っているからだ。
だから、僕は真面目に説明するべきだと思って口を開いた。
「ジェシカちゃんは、仕事の関係で知り合ったんだ。結婚の約束をしてる」
「えっ……」
皆は目を丸くして、驚いて、そして僕に色々詳細を尋ねて、結論づけた。
「お兄ちゃん、騙されてるよそれ」
「そんなことは無い、と思うんだけど」
母も心配そうに言う。
「だって、魔法を使えて、貴人に仕える侍女をする方なんでしょう。そんな方が、ロビンの相手をするかしら」
「仲良くなったし、放っておけない子だから」
「お兄ちゃん、悪い女の人は最初は何も要求せず、後からじわじわお金をだまし取るそうよ」
「兄ちゃんが結婚詐欺にあうのはやだ!」
三人はかなり心配している。
僕には三人をなだめるしか出来ない。
「そんな子じゃないし、僕の方が養ってあげるって言われたから大丈夫と思う」
「あんなに美人で、魔法も使えたら、うちみたいな普通の家と結婚なんてしないでしょう。大丈夫なのかなあ」
もし妹が、すごく美男子で魔法も使える人と結婚するって言いだしたら、僕も心配すると思う。
でも、結局は本人同士の意思だし、安心してもらうしかない。
「もし、騙されているとしても、どうして騙そうとしたのか、何が必要でそうしたのか、ちゃんと聞いてあげるよ」
「兄ちゃんはお人よしすぎるよ」
「…………」
母さんは心配そうにしながらも最後は黙っていた。
だから見守ってくれているのかな、と思ったけどそうじゃなかった。
ところで、僕が工房で働けるようになったのは、亡くなった父さんが親方と知り合いだったからだ。
だから当然、母さんも親方とその奥さんと付き合いがある。
心配になった母さんは、親方の奥さんに相談。親方の奥さんが親方に言って、親方はびっくりして、ジェシカちゃんを雇って今も面倒を見ているサンポウ商会の会長に怒って抗議。
そして今、僕はサンポウ商会の応接室に呼ばれていた。
応接室には商会会長のロナルドさんとジェシカちゃん。そして僕と親方。さらに、エリザベスお嬢さままでやって来た。勿論、背後にはマドレーヌさんも居る。
親方が黙ってられないとすぐに口を開く。
「うちの職人をたぶらかすのは止めてくんな! こいつは真面目でお人よしなだけが取り柄なんだ。口の上手ぇ女に涙の一つでも見せられたら、コロッと参っちまう」
「いや、あの、親方……」
「おめぇは黙ってろ!」
僕が色々説明をしようとしても、親方は聞く耳を持ってくれない。
僕が騙されていると確信しているようだった。
ロナルドさんはいつものように柔和な笑みを浮かべているけれど、ジェシカちゃんの顔は無表情に強張っていた。
どうすれば親方に聞く耳を持ってもらえるんだろう。
そう考えていると、お嬢さまの可愛らしい声が響いた。
「こんな風に、皆の前でこういう話をさせるのは気の毒よ。個別にちゃんと気持ちを確かめて話を聞きましょうよ」
「俺はこいつの父親が亡くなる前に、よろしく頼むと言われたんだ。保護者が話を聞くのは当然だろうが!」
聞いてくれてないんだけど、親方にそれを言っても余計怒るだけだしなあ。
ロナルドさんが商人らしい滑らかな声を出した。
「それでは、こちらの言い分も聞いてくれませんか」
「おうよ、言ってみろ」
すると、ジェシカちゃんが硬い口調で話す。
「結局、結婚の約束は無しでお付き合いもしないってことかしら」
「そうだ!」
勝手に親方が返事をする。
すると、ジェシカちゃんは僕をじっと見つめて言った。
「だから、最初から優しくしないでって言ったのに! だったら、どうして私に近付いてきたの!」
その瞳が潤んでいて、僕は胸がギューってなった。
お嬢さまが口を挟む。
「ロビン、知っているかもしれないけれど。ジェシカは辛い環境で生きてきたの。誰からも好かれず、気にかけられずね。そういう時に、貴方みたいな人が優しくしたらどうなるか分かるでしょう?」
「どうなるってんだ」
これも親方だ。
親方への回答だけど、お嬢さまは僕を見つめながら口を開いた。
「そんなの、好きになっちゃうに決まってるでしょ!」
その時、ジェシカちゃんがぽろりと涙を零した。
ジェシカちゃんは、僕のこと好きで、だから僕に好きになって欲しかったんだなって胸に染みた。
この間も、僕の優しさは毒とかそういうことを言っていた。あの時はよく分からなくて、何かの例えなのかな、って思ったけど深く考えてなかった。ジェシカちゃんをちゃんと安心させてあげないとって気持ちが強くなる。
「僕も好きですよ」
そう言うと、隣の親方が諫めてくる。
「女の涙に騙されるな! おめぇはコロッと騙されて、流されてるだけだ」
「ジェシカちゃんが嘘をついてるかどうかくらい、分かる、と思います。あと、もし騙されていたら、どうしてそうしたか聞いて解決出来るよう頑張りたいです」
「あやふやじゃねぇか。大体、そんなに深い付き合いでもねぇだろうが! 人に向かって魔法をぶっ放すような子供だぞ!」
「それでも。親方が僕を心配して反対してくれているのは分かりますけど、ごめんなさい」
「だったら、その子のどこがそんなに好きなのか、俺に教えてくれや」
そう尋ねられ、僕は目を瞬いて、そして胸にある気持ちを言語化しようと考えてから口を開いた。
「ジェシカちゃんは、表現がとても詩的です。こんな表現の仕方が出来るんだなって僕はいつも感心してます。おしゃべりが上手で、皆と暖かく話が出来てて良い子だなって思います。でもちょっと人見知りで、初めましての人とはあまり上手く喋れないところは可愛いです。それと、感情豊かで、涙もろくて、すぐ泣いちゃうところも可愛いです。それに努力家で、頑張り屋で……」
「ちょっと、ちょっと! それは二人の時に、ジェシカ本人に言ってあげて。ねっ」
お嬢さまが止めたので、僕はジェシカちゃんの方を見た。すると、彼女は顔を真っ赤にして、やっぱり涙を零していた。
でも、これは嬉しい涙なんだろうなって思うと、嬉しいような恥ずかしい、甘酸っぱい気持ちになった。
親方がフンと鼻を鳴らして言う。
「ちょっと良いところを並べただけじゃねぇか」
その言葉に、お嬢さまは冷たい声を出した。
「いくら子供でも、気持ちを無理やりこんな場で言わせる必要はないわ。だったら、親方、あなた、奥さんの良いところを今言いなさいよ。私に聞かせなさいよ」
「そんなの、関係ねぇだろ……」
「言えないの? 好きなところを言えないような人と結婚したの? それは利用したとかされたとかじゃなくて?」
「………………」
親方がむっつり黙り込むのを、ロナルドさんが「まあまあ」と諫めて場をまとめてくれた。
「二人は想いあってるようだし、まだジェシカは十三歳。結婚するにしてもまだ間はある。とりあえず婚約か、結婚の約束ってことでいいでしょう」
エリザベスさまはそれに否やを唱えた。
「とりあえず、なんて駄目。今優しくするなら、これからずっとよ。面倒見るなら一時じゃなくて一生だからね」
「はい!」
「ロビンなら大丈夫よね。本当に気が利くしフッ軽……、働き者だし、良い子だわ」
「フン。まだまだ半人前だ。そんなことくらいでいい気になってもらっちゃ困る」
「そんなことくらい、ですって! はっきり言って、こんなに気働きの良いすぐ動ける子、どこを探しても居ないわ。ロビン、うちに来ない? 今の御給金の何倍でも出すわよ。それに、好きな仕事をさせてあげる」
「うちでも欲しいですね! ロビンくんほど働ける子が来てくれたら、商会もどれほど楽になるか」
お嬢さまと、ロナルドさんまで僕を評価してくれている。
親方が慌てたように言った。
「駄目だ駄目だ! こいつはうちの大事な職人なんだ。堂々と引き抜こうすんのはやめてくんな!」
「あら、それはロビンの気持ち次第よ。親方の待遇が悪かったら、辞めていつでも転職したらいいわ」
「駄目だ! ったく、うちの遠縁の娘と結婚させようと考えてたのによ~!」
それは初耳だった。でも、親方に目をかけてもらえてて嬉しい。
お嬢さまは、悔しそうな親方にくすくす笑う。
「動くのが遅かったわね。ジェシカ、すぐに行動して良かったわね」
「はい……」
こくり、と頷いたジェシカちゃんはとても可愛かった。
そして話し合いの後、ジェシカちゃんが近付いてきて小声で
「親方が縁談を薦めても、受けないで……」
と僕の袖を掴んで上目遣いで言ってきた時は、もっと可愛かった。




