2.
なんだかんだあって、泣いている二人を公爵家の馬車に乗って送ることになったのは緊張した。
「公爵家の馬車なんて、一生のうちに乗れることなんて無いと思ってた。すごいなあ」
「…………」
二人は涙を流しながら、黙り込んでいた。
そしてぽつりと、ジェシカちゃんが呟いた。
「もう、要らないって言われたらどうしよう」
「そんなことは、ないと思うけど」
僕が取り成したら、ジェシカちゃんは泣いて取り乱していた。
「だって! すごい迷惑、かけたって。明日から来なくていい、顔も見たくないって言われたらどうしよう」
その言葉に、クリスくんも悲壮な顔をして涙を流す。
こういうところは、子供なんだなあ。
僕は弟妹たちにするように、二人を慰めた。
「不安を考えて、どうしようどうしようって言っても仕方ないよ」
「でも、怖いの……!」
「二人がすることは、明日、皆に謝ることだよ」
「謝ったって、そんなの! 許されるわけない……」
「謝っても許さないって、誰かに言われたの」
「……今まで、そうだったから」
「お嬢さまも親方も、そんなこと言ったことあった?」
すると、二人はハッとした。
「無い……」
「無かったわ」
「そうだよ。だから、まずみんなにごめなさいをして。二度としませんって謝るんだよ」
僕がお兄さんぶってそう言うと、二人は神妙に頷いた。
「ごめんなさい……」
「ごめんなさい、ロビンさん」
素直な二人は、やっぱり可愛い。
「僕には謝らなくていいから。明日、みんなにね。そして、許してもらったら、ありがとうもね。ごめんなさいとありがとうは、ちゃんと言うんだよ。挨拶も、した方がいい。基本だよ」
「はい……」
「ありがとう、ロビンさん」
素直になって、僕にも懐いてくれたようだ。
良かった。これで、明日丸く収まったらいいな。
そして翌日、二人は素直に謝ったし、その謝罪をお嬢さまも受け入れてくれた。
しかも、怪我の功名というかなんというか、二人が本気でぶっ放していた実際の魔法に使われる魔力量、それが検証結果にぴったり合うと確認出来たのだ。だから開発の正しさが証明されて、進捗も一気に進んだ。
それに、この一件で何故か、お嬢さまに僕の名前が認識され、褒めて頂けることになった。
一生懸命やっていたら、認められるんだなあと感動していた。
すると、昨日は懐いてくれていた二人がぎろりと僕を睨んできた。
そしてお嬢さまが見ていないところで小声で釘を刺してくるのだ。
「いい気にならないで!」
「負けないから」
僕にまで張り合ってくるのか。つい苦笑いしながら言う。
「僕は工房で、親方に認められる職人になるのが夢だから。ジェシカちゃんとクリスくんとは違うよ。勿論、お嬢さまに認めてもらえたのは嬉しいけれど」
「もっとありがたがりなさいよ!」
「でも、舞い上がって声が裏返ってただろ」
二人して、僕を攻撃してくる。こういう時は息が合うんだなあ。
「あー、でも、二人と同じところもあるな。僕は六人兄弟の一番上で、父が亡くなって母しか居ないんだ。豊かではないけど、働いたら暮らしていける。二人も、お仕事があることをありがたいと思って頑張ろうな」
「…………」
「…………」
仲良くは無理でも、衝突は避けろとお嬢さまもおっしゃっていた。
皆の大事な職場を大切にしようと告げたら、二人は黙った。多分、分かってくれたんだろう。
その後、二人は攻撃的な口をあまりきかなくなって、そして開発は順調に終わって、スマホは販売開始となった。
それが落ち着いたら、エリザベスさま主催の宴会が開かれることになった。
なんと、工房の職人全員、しかも家族も招待してくれるらしい。
そのことを、母と五人の弟妹たちに告げるとみんな大喜びした。本当に行っていいのか、ご馳走はあるのかと何度も聞かれた。
そこから宴会の日までは、行儀よくしないと連れていかないぞという言葉が家じゅうで飛び交い、皆は少しだけ大人しくなった。それでも、いつもながらに賑やかな我が家だったけれど。
そしていよいよ宴会当日。
皆は思う存分飲んで食べていた。すぐ下の妹は、十四歳でしっかり者なので、皆の食事の面倒も見てくれる。その下の十二歳の弟も、最近しっかりしてきて、下の子の世話をしてくれる。クリスくんと同い年で、彼に比べたらまだまだ子供っぽいところはあるけど。
最初は、家族の為に料理を運んだり、甘える末の妹にちょっと食べさせたりと世話をしていたけれど、母も居る。皆も行ってきていいというので、幼い弟妹たちの世話は任せた。
僕は工房の皆がちゃんと食べているか、飲みすぎていないか、なんかをそれとなく見て回った。親方が飲みすぎないよう食事も届けた。門番のグレゴリーさんは、こんな日まで遠くから警戒をしているようなので、食事とお酒を届けに行く。
他は、と見回してハッとした。
ジェシカちゃんが、とても大人っぽい様子で、会場をゆっくり歩いていたのだ。
勿論、まだ十三歳だし全然子供なんだけれど、大人っぽいドレスで、自分を見ている男の人にじっと目を合わせて歩いている、その様子はドキドキというかヒヤヒヤした。
大丈夫なのかな、これ。危なくないか。
この中は関係者だけしか居ないけれど、それでもジェシカちゃんが子供でも構わないって大人の男が声をかけたら駄目なんじゃ?
僕は急いで彼女の元に走って行った。
「ジェシカちゃん!」
「……ロビンさん」
「えーと、足、大丈夫? 履きなれない靴で、疲れるだろう? 座ろうよ」
いつもとは違いハイヒールの、それもすごく高いのを履いているのだ。疲れているだけでなく、慣れていなかったら靴擦れにもなっているかもしれない。
「…………」
なんだか、いつもとは少し様子が違ってあまり喋らない。
どうしたんだろう。足が痛いのかな?
「えっと。どこで座る? 僕の家族のとこに行く? 騒がしいけど、ジェシカちゃんと年が近い妹も居るから友達になれるかも……」
「行かない」
「そっか。うるさいもんね」
「……一緒って言ったのに」
「え?」
とにかく近くに座ろうと、少し歩いて空いてる椅子に着席した。
「飲み物取ってくる? 食べ物は?」
「……要らない」
「どうかした? 足が痛いなら傷薬取ってこようか?」
「優しくしないで」
「えっ……」
これは、優しい行為なんだろうか。僕が弟妹たちの世話を焼くのはごく当然のことだから、これが優しいとか分からなかった。
それより、ジェシカちゃんの様子が気になる。
どうしたんだろうと思っていると、いつもより赤く塗られている唇が開かれた。
「ロビンさんの家も、母親だけで、子沢山って言ってたわよね」
「うん」
「だから、私は、きっと、うちみたいな家だと思ってしまった。でも、違った。ロビンさんの家は、あるものを分け合ってる。仲良くて、皆が想いあって、心も与えあってる。うちは、みんな、無いものを取り合って、いつも争ってる。どうして。うちはああで、ロビンさんの家はちゃんとしているの」
そんな場合じゃないけれど、ジェシカちゃんの言い回しは詩的で情緒が豊かだなあと感じていた。感性が素晴らしいのかな。
そういうことをなんとなく思っていたけど、質問されたからには、ちゃんと返事をしなきゃと口を開く。
「え、ええっと。うちも、全然お金はないし、いつも仲良しってわけでもないよ。喧嘩もするし、狭い家に住んでるから揉め事も多いし……」
なんだか焦ってしまう。きっと、ジェシカちゃんはこういう答えを望んでいないだろうけど、何を言えばいいんだろう。彼女はぽつりと言った。
「でも、うちとは本質が違うの。これって、どうにもならないのね……」
その姿が、なんだか僕の胸をぎゅうっと締め付けた。可哀想、でもそんな風に同情したらきっとジェシカちゃんは傷つく。
「その、親御さんが環境を良くしてくれないなら、ジェシカちゃんにはどうしようもないんじゃないかな。うちは、両親が仲良かったから。父は、病気で亡くなったけど、母はずっと看病してて。想いあってるんだなって、なんとなく感じてた」
「そう。そうね。うん、ロビンさんは勘弁してあげる」
「勘弁って、何が?」
何のことか分からないので尋ねると、ジェシカちゃんは驚くことを告げた。
「私、十六歳になったらすぐ結婚したいから、今から婚約してくれる人を探しているの」
「えっ! そんなの、大丈夫? だって、まだ子供なのに、婚約しようって人がいたら、危なくない?」
僕がごく当然の懸念点を述べると、彼女は瞳を潤ませた。
「優しくしないでって言ってるでしょ!」
「え、これも?」
「ロビンさんは、本当に良い人で、愛情溢れた人だから。だから、私みたいなのにも普通に優しくしてくれるの。でも、そんなの、私みたいな女には毒なの!」
「ごめん、分からない。でも、危ない男の人も居るだろうから心配だよ」
多分、結婚してすぐ家を出たいから、相手を見つけたいんだろうなって想像がつく。
でも、だからって、まだほんの子供なのに。僕のすぐ下の妹が、今から結婚相手を探すって言ったら反対すると思う。本当に大好きな相手で、将来を考えているっていうならまだ分かるけど。
「ロビンさんは、たくさん愛する対象がいるから、要らない。私は、全く愛さない人か、全力で愛してくれる人のどちらかを探すわ」
彼女自身に言い聞かせているような口ぶりで、そんなことを言う。
「それって。僕に好きになってほしいって聞こえるんだけど」
「ち、違うわよ!」
そう言ったジェシカちゃんは、真っ赤になって狼狽えていた。
「でも、ジェシカちゃんだってエリザベスさまが大好きなんだろ。結婚する人以外に、愛する対象が居るでしょ」
「……うん」
「じゃあ、僕が家族や周囲の人を大切にしてても別に、良くない?」
そう言うと、ジェシカちゃんはキッと目元を赤らめて、僕を睨みつけた。
「だったら何。貴方が私と婚約してくれるって言うの」
「いいよ。結婚しようか」
「っ……!」
自分で言ったのに、ジェシカちゃんはめちゃくちゃびっくりした顔をした。
そして、潤んだ瞳からぽろりと涙が零れた。
「ジェシカちゃんって、感情豊かで泣き虫だよね」
「うるさい」
僕が紙ナプキンで涙を拭いてあげようとすると、彼女はそれを奪い取った。
「紙が硬いから、目元を擦らないよう気を付けて」
「赤ちゃんじゃないんだから、自分でやれるわ」
ぐすぐすと涙と鼻水を拭いているジェシカちゃんは、大人っぽい容姿だけどやっぱり子供だった。
放っておけないよなあ、こんな子を。
「僕、今十六歳なんだけど、三年後に一人前になってるかなあ」
「別に、半人前でも私が養ってあげるわよ。私、魔法も使える侍女になるから。次に働くあてもあるし」
「へー。魔術師にならないで、侍女になるんだ。やっぱり、お嬢さまのところでお勤めするの?」
「今すぐじゃないけど、いずれはなりたくて。結婚も、その為」
「そうなんだ」
すごいな、お嬢さまの侍女になる為に結婚までするんだ。
感心していると、彼女はジトっと僕を睨んだ。
「他人事みたいに言わないで。相手は貴方なんだから。もう、今更嫌だって言っても、絶対逃がさないから。勘弁してあげようとしたのに、ロビンさんの方から近付いてきたんだからね」
「うん」
「これからは、婚約者だからね」
「そっか~」
彼女も出来たことが無かったけど、急に婚約者が出来たんだ。
なんか、ドキドキするかも。
今までと変わってしまった関係に、なんだか何を話せば良いか分からなくなって、急にシンと気詰まりになってしまった。
ジェシカちゃんも、いつもはすごく口が達者なのに黙っている。
「…………」
「………………」
「きょ、今日はもう、帰るわ! あの、ロビンさんはスマホを持たないの」
「あっ、うん。スマホ、高いから僕にはまだ買えないよ」
「そう……、じゃあ、また」
「送らなくて大丈夫?」
「同じところに住んでる、商会の人と一緒に帰るから大丈夫」
ジェシカちゃんは、合わない家族からは離れて暮らしてるんだ。
だから、僕の家族が仲が良いのを見て苦しかったりしたのかも。
放っておけないし、慰めてあげたいなあ。




