1.
僕はメルヴィス工房の見習い職人、ロビン。
工房には、親方を始めとするすごい職人たちがたくさんいる。
僕は昔から手先が器用だったので、職人にはすぐなれるんじゃないかと簡単に考えていた。でも先輩職人たちにはまるで追いつけない。
工房で一番の凄腕職人はジョーさんだ。彼は腕だけじゃなくて、多分頭がすごく良いんだと思う。普通の職人じゃ考え付かないようなやり方を思いついて、そして実行してしまう。
ただ、ジョーさんは無口で、口下手。というか、会話が噛み合ってなくてあんまり人の話を聞かないのかな、と感じていた。僕が教えてほしいって頼んでも無視されたし。
でも、基本的には親切で良い人だ。
僕はまだ見習いの半人前なので、職人というより雑用をする方が多かった。
家では下に五人も弟妹がいるので、皆の後始末をしたり、揉めているのを解消したり、家の手伝いをするのは当然だった。うちは父が亡くなって、母だけだし。だから、工房でもそういう働きは自然にしてしまう。
けれど、今のままじゃ一人前になるのはなかなかだなあ、と苦心しながら働いていた。
ある日、この工房の一大出資者である公爵家から、そのご令嬢が考えた製品を開発してほしいという案内が入った。
親方は乗り気じゃなかった様子だけど、公爵家御用達の工房だ。そのお嬢さまはとんでもない性悪で、意地悪で、恋人たちの間に入り込んで仲を引き裂こうとする悪女だと皆が言っていた。新聞にも書いてあるから間違いないらしい。
皆は、どんな悪いお嬢さまかと野次馬根性で見るのを楽しみにしていた。
僕も、どんな人だろうかとは思ったけど、見習いの分際で貴族のお嬢さまの前に出たら無礼者とか怒られるのかなっていつも通りにしていた。
でも、お嬢さまは前評判とはまるで違った。
普通にお綺麗で、嫌な感じは全然しなかった。
お嬢さまが希望する製品は、とても難しそうだったけれどジョーさんが立候補して、開発担当になってくれたからホッとした。皆、有能だけど話が通じなかったり、話しかけても無視したりのジョーさんを少し煙たがっていたからだ。
だが、そのジョーさんが耳が片方聞こえていなくて、親方は目が悪くて、そのせいで話が通じていなかったのなんて、全然知らなかった。ジョーさんは話が聞こえてちゃんと応答する時もあったし、親方も大体は見えていたからだ。
それを解明して、補聴器造りまで依頼してくれたのはお嬢さまだ。
ジョーさんはスマホ開発に、そして親方は補聴器造りに熱心になって。工房の雰囲気はとても良くなった。
昔は意地悪な先輩もいて、ジョーさんの耳が片方聞こえなくなったのは、そういう先輩が殴ったせいだったらしい。
でも、親方がジョーさんを始めとする職人たちを大切にするのを表面に出すようになって、ジョーさんもお嬢さまの誘いを断って親方と一緒にこの工房で仕事をしたいと言ってから、絆のようなものが出来た。
それもこれもお嬢さまのお陰だ。
僕は一生懸命働こうと、雑用にも見習いの仕事にも、今まで以上に打ち込んだ。
ある日、スマホの付属品の開発をすることになり、その数値検出の協力者として、三人が工房にやってくるようになった。
一人は大人、あとの二人は子供だった。
大人のリンゼイさんは、スマホを販売する商会の従業員だった。そして心臓があまり良くない。
あとの二人は、貧しい子たちだと聞いた。
『お前と同じように兄弟がたくさんいる子もいるから、二人の世話は頼むな』
雑用係がそんな風に言いつけられるのは、ごく当然の流れだった。
僕の弟と妹たちは、賑やかで騒がしい時もあるけど、優しくて良い子たちだ。
だから、僕はやってくる二人とも仲良くなれるとごく自然に思っていた。
やってきたクリスくんとジェシカちゃんは、どちらも魔力が不安定で、その為の計測をするらしい。
そして、二人の仲はとても険悪だった。
僕はもう、びっくりしてしまった。
二人とも、整った綺麗な顔をしている。
その綺麗な顔をしたジェシカちゃんの、可愛らしい唇から
「早く消え失せてほしいわ、貧乏自慢が得意なクソガキなんて」
という言葉が発せられるのだ。最初聞いた時は、思わず二度見してしまった。
クリスくんの整った顔からも、罵倒が飛び出す。
「うるせぇ、くそブス」
「ふん、頭だけじゃなくて目も悪いのね」
「お前の心は汚れ切ってる」
「ねえ、知ってる? 貴方、ちょっとアランさまに似ているんだって。全てが劣った、質の悪い模倣品なんて必要ないでしょ」
「お前こそ、知っているのか。お前みたいな口先と顔の皮一枚で皆を騙そうとしているクソみたいな女は、ここでは必要ないって」
本当に、こんなに口が達者なのがすごい。
僕がこの年頃の時は、もっとボーっとして生きていたから。
しかし、これ以上険悪になるのもどうだろう。
最初はリンゼイさんが、二人をそれとなく諫めたり気を逸らしたりしてくれていたが、彼は無理をしてしまう傾向があるのでここには来なくなってしまった。
僕がやるしかないのか。
先輩職人たちが、チラチラと僕になんとかしろという視線を送るので、仕方なく口を開いた。
「二人とも、そこまで。そろそろエリザベスお嬢さまが来る時間だよ」
すると、二人は黙り込んだ。
すごい口が立つけど、まあ可愛いもんじゃないか。二人はお嬢さまに気に入られるように頑張っているんだから。
お嬢さまがやってくると、二人は雰囲気を一変させて天使みたいになる。
可愛い顔をしてニコニコして、お嬢さまに甘えてまとわりついている。
お嬢さまは、二人が良い子だと信じ切っていて、可愛い可愛いと笑顔で頭を撫でていた。
僕たち数値担当の職人たちは、なんとも言えない表情でその光景を見ていた。
お嬢さまが帰ってしまった後、クリスくんは無表情になってスンとしている。
ジェシカちゃんの方は、僕たちにも慣れて愛想よくなってきた。
「今日の数値はどうでしたか? 私、ちゃんと出来ていましたか」
先輩も、美少女に懐かれて悪い気はしないので、にこやかに取得したばかりの数値を見せながら説明する。
「上手く下限値ぎりぎりまで数字を落としていて、良い魔力量になっているよ。ジェシカちゃんは魔力操作が精密に出来るんだね」
「うふ、ありがとうございます」
それを聞いていたクリスくんが冷たい声を出した。
「皆も気を付けた方がいい。こいつはカマキリのメスだ。容姿と愛想で取り入ってくる。利用された後は食いつくされ何も残らない」
ジェシカちゃんの目が険しくなった。
「フン。貴方みたいなクソガキには分からないでしょうけど、円滑な人間関係を築くにはきちんと会話をすることが大切なわけ」
「エリザベスさまに取り入る為に、ここの人たちを利用してるだけだろ」
「あぁ~、貴方はエリザベスさま以外の人と話さないことが誠実とでも思っているわけね? そんな浅はかな対応、エリザベスさまが喜ぶわけがないわ。ちっさ」
ジェシカちゃんはプークスと嘲笑して見せたので、今度はクリスくんの額に血管が浮いた。
「お前は利用できると踏んだ相手だけに、くねくね媚びてるんだろうが。くねくね女」
「媚びているんじゃなくて、周囲の人たちに感じよく対応しているんだけど。エリザベスさまだって、自分にだけ話しかけて他の人とはろくに話も出来ない、根暗で陰気な社会性のないネチ男なんて好きじゃないわよ」
「お前がエリザベスさまを語るな……!」
「何キレてんの、キモ男。もう話しかけてくんな」
「キモいのはお前の魔力操作だろ! 気持ち悪いんだよ、ちまちまと」
「はぁ~? 量に合わせた力任せのバカの使い方のやつに言われる筋合いは……!」
「そろそろ、ここ閉めるから! 帰ろうか!」
最後は僕が無理やり二人を追い出して話を終わらせた。
この二人の歩み寄りは難しいだろう。
ただ仲が悪いというだけでなく、互いに譲れない主張があるのだ。その上でエリザベスさまの寵愛を競っている。
一応、先輩たちと話し合って、親方にこの二人の仲は結構悪いということを報告することにした。
二人の間にあるそのひりつく緊迫感に、僕たち職人は無事に開発が終わってくれと祈りながら進めていた。だが、僕たちの祈りは空しく大事件が勃発してしまった。
魔法での、本気の戦闘だ。
あの日、僕も現場に居た。
お嬢さまが居た時は、二人はいつものように甘えていた。
けれど、アランさまがやって来てお嬢さまと一緒に奥に散歩をしながら話した時、一瞬目を離した隙に二人の姿は消えていた。
あれ、どこ行ったんだ、と思っていたら、しばらくしたら戻ってきた。
その時には、二人の様子はおかしかった。
青ざめて、少し震えて、思い詰めたように見えた。
「二人とも、どうかした?」
「…………」
「……いいえ、なんでも」
その後、二人は調子が悪いということで、その日の検査は無くなって解散になった。
お嬢さまが帰ったので、僕たちも一旦工房に戻ろうか、と声をかけようとした時、突然二人は言い争いを始めた。
「あんたのせいよ!」
「うるさいっ!」
喧嘩はいつものことだけど、この日はただならぬ様子で、二人は空を飛んで魔法を撃ちあうという、驚きの行為を始めたのだ。
皆はぽかんとして空中を眺めていた。
およそ、現実のものとは思えない光景だった。
多分、あの魔法の一発でもこちらに向かってきたら、僕たちは死ぬ。
それが分かっていても、皆は足が動かず皆でただぼんやり見守っていた。
僕もしばらくは呆然としていたが、ハッとして実験機のスマホから親方に電話をかけた。
「親方! 大変です! 子供たちが、二人が、魔法を撃ちあって、喧嘩以上の争いをしています! 死人が出るかもしれません!」
「なんだって?! すぐに行く! お嬢さまには俺から連絡しておく!」
工房と修練堂はすぐ近くにあるので、親方はお嬢さまに電話をし、そして駆けつけてくれた。
職人の先輩たちと僕は、危ないから修練堂の中に移動するということをやっと思いついた。ここなら魔力は届かないからだ。
そこに、親方が到着した。
「こら! テメェら! やめねぇか!」
親方が怒鳴っても、二人に声は届かない。
「親方! そこは危ないからこっちに入ってください!」
「おぅ。一体、なんだってんだ。アランさまを呼ぶように頼んだが、今日から遠征だとか。連絡が間に合って、戻ってきてくれたらいいが」
確かに、これを止められるのはアランさまだけだろう。
しかし、結局止めてくれたのはエリザベスお嬢さまだった。
彼女は魔法を恐れず、大きな声で二人を制止した。そして、お嬢さまの声は、二人に届いたのだ。




