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2.


 私の魔道具作りに父が出資してくれると聞きつけたヴィクトルお兄さまも、自分もお金を出したいと申し出てくれた。相変わらず視線がじっとりとしていたヴィクトルお兄さまだけれど、これで更に資金は潤沢になった。


 母も、やりたいことがあるならどんどんやってみなさいと応援してくれている。有難い話だ。

 そして、父が工房に話をつけてくれて、いよいよ出掛けるという日がやってきた。

 先ずは、私の為に雇ってくれたという女性騎士と対面だ。

 そこで、私は度肝を抜かれた。


「マドレーヌ・レスナックと申します」


 騎士の礼をしたその人は、男装の麗人だった。

 はっきり言って、めちゃくちゃ麗しい。

 女性としては高いすらりとしたスタイル。薄茶色の髪は短い。濃い茶色の瞳は少し垂れていて、優しそうだけれどお顔の表情はきりりとしている。

 女性だけの歌劇団の、男役を思い出させる美しい騎士さまだった。


「美っ……」

「は?」

「いいえ、なんでもないわ。マドレーヌ、よろしくね。名前も可愛いのね」

「は、いえ……」

「私はエリザベスよ。これからお出掛けの時は一緒に居てね」

「ハッ!」


 マドレーヌは控えめな態度で、余計なことは口にしないタイプのようだった。私の好みである。

 というか、聞かれてもいないのに自分からぺらぺら喋る使用人がヤバいのである。

 そのヤバ使用人、ステイシーは私の後ろでぶつくさ言っている。


「ねぇ~、エリさま~。どうして私は一緒に行っちゃいけないんですかぁ」

「付き添いは騎士だけで事足りるもの。貴女は屋敷で他のお仕事をして頂戴」

「私も外出したいのに。なんでそんな男女なんかを……」

「は? いま何て言ったか、もう一度聞こえるように教えてくれるかしら」

「いーえ! なんでも!」


 私が威圧すると、ステイシーは不貞腐れてぶすくれた表情でキレていた。

 今まで、エリザベスはステイシーとニコイチという感じでいつも一緒に居たが、私は最近、彼女を干し気味にしている。お風呂や着替えなどのお世話も、別の気の利く侍女やにこやかかつ無口な侍女に任せているのだ。


 すると、ステイシーは別の侍女たちにさりげなく意地悪をしているらしい。

 本当にヤバすぎる。早くクビにした方がいいのかもしれない。

 けれどステイシーもどこかのご令嬢で、行儀見習いに来ているから満期になるあと少しだけ待った方がいいのかなあ、と注視している状態だ。侍女頭にも母にもその旨は相談している。


 ま、今はそのことは置いておいてとにかく工房だ。

 セントリム公爵家お抱えのメルヴィス工房は、大きくてたくさんの職人を抱えている。王都でも勢いのある工房だ。

 工房には馬車で出向いた。魔法がある世界なのに、移動は馬車っていうのが解せない。


 なんだか、わざと技術を発達させないでロマンを追い求めているような、そういう歪さを感じる。

 魔法でぴゅんっと早く移動するとか、車や電車みたいな魔道具は出来ないものなのだろうか。まあ、馬は可愛いし公爵家の馬車の中はふかふかクッションで乗り心地も良いけれど。


 私はマドレーヌにエスコートされ、馬車を降りた。男装の麗人に手を取って介助……? 手助け? してもらえるのは嬉しくてちょっとドキドキした。

 うちの騎士はかっこよかろ? とついドヤ顔をしてしまう。

 そんな公爵家の威光を見せつけつつ、工房に入ってさっそく親方に作りたい魔道具の説明をした。親方は私の拙い説明書でも理解してくれたようだった。


「ふーむ。録画魔道具に、秘密保管文字盤の機能をくっつけ、伝達魔法を使えるようにする、ねえ。欲張るねえ、お嬢さん」

「ええ。製作は可能かしら」

「出来るっちゃ出来るが、とんでもねぇ値段になるぞ。どれだけ大きな魔石が必要になるやら」


 やはり、大きい魔石はたくさんのデータを記録出来るメモリーになるようだ。

 しかし、私はそんなに大きな魔道具にはしてほしくない。見本のスマホ、木で作ってもらったモックを見せる。


「大きさは、これくらいで。薄さもこれで」

「そいつぁ不可能だ。文字盤の魔道具だけでもあれだけ大きいんだ。他に機能をくっつけるとなりゃ、もっとデカくなる」

「文字や画像のデータを、ゼロとイチに分けて保存って出来ないかしら。二種類の文字だけを記憶させるの」

「はぁ?」


 何言ってんだという親方の視線が痛い。

 私もよくは分からないが、データを突き詰めればゼロとイチの情報になると聞いたことがある。


「全てを二進数の数字に分けて保存して、表示する時はまた元に戻すの」

「もっと分かるように言ってくれ」


 私もよくは分からない。だったら一回、大きな試作機を作ってもらって、そこから小さく削っていく方法がいいのかなあ。

 そう考えていると、周囲に居たたくさんの職人のうちの一人が、ぼそりと呟いた。


「文字と色、全てを二進数の四つの数字にして保存か」

「……! そう! それ! 出来るのかしら?」


 私が問いかけると、親方がすぐ怒鳴った。


「テメー、ジョー! いい加減なこと言ってんじゃねーぞ! テメェみたいな、客の要望も満足にこなせねぇ半人前が口出しすんじゃねぇ!」


 私はジョーと呼ばれた職人を見た。

 とても大きな男性だった。藁色の髪がもっさりとしていて、前髪が目元まで隠れているので人相も年齢もよく分からないが、まだ若いように見える。体格も良く、逞しい身体で職人として力仕事をしているであると予想される。それなのに猫背で姿勢が悪く、喋るのもぼそぼそといった感じで、親方に謝ったであろう言葉も口の中で消えていた。


 これは、陰キャ。体格はいいけど絶対理系陰キャ。

 そういうのを嗅ぎつける私の嗅覚は鋭いのだ。

 親方にすぐさま尋ねる。


「親方さん、彼は半人前の職人なのですか」

「あー。そうですね。客の要望にないことまで勝手にやっちまって、追加料金払う払わねぇで大揉めしたこともあるし、客に商品持って行って説明するくらいの仕事さえ出来ねぇ。とても一人前とは言えねぇ。お嬢さまにはもっとしっかりした職人を付けますんで」


 それはジョー氏が口下手陰キャかつ、技術がありすぎて説明する前に勝手に腕を振るったのでは。

 私は即決した。


「彼、分かってるみたいだからお願いしてみたいわ。もし失敗してもやり直せば良いし、急ぎの仕事ではないもの」

「はあ。それなら良いですが。後から料金で揉めるのはごめんですよ」

「予算は潤沢だから大丈夫よ」

「こいつはジョージってんでさあ。他にもジョージが居るので、ジョーで通してます。おいジョー、お嬢さまにご挨拶だ」

「…………」


 ジョーはぼそぼそ、と口の中で何かを呟いたが賑やかな工房内のことなので聞こえなかった。おそらく、よろしくという挨拶をした筈だ。

 これはコミュニケーションを取るのがなかなか苦労しそうだ。しかしやりようはあるだろう。

 親方に渡していた要望書をジョーに渡し、再び説明してから言った。


「おそらく、貴方の中では技術的に分かっているだろうことが、私には分からない。そして貴方にはそれを説明する能力が無いと思う。だから、紙に書いて説明して頂戴」

「…………」


 私は簡単に、白紙の用紙に今日やったこと、出来なかったこと、明日以降にやろうと思ってること、その他報告すべきことの四つの欄に分けた。


「これを出来れば毎日、一日の終わりに書いてほしいの。翌日にでも、使いをやって取りに寄越すわ。分かった?」

「…………」


 つまり日報を提出するよう要求したのだ。普通の職人なら、そんな手間のかかる前例のないことは断固拒否するだろう。

 しかしジョーはこくりと頷いてもごもご言った。多分引き受けてくれた。もし日報の書き方が全然駄目だったり意思が疎通出来てなかったら、今度は例文を書いて見せてみよう。

 私は最終的な要望を述べた。


「この仕様の魔道具を、とりあえず五台ほど作ってちょうだい。予算、期間は問わないわ。進捗はたまに聞きにくるけど、急かしたり失敗を責めたりはしないから、慌てず良いものを作れるように頑張って」

「………………」


 多分、ジョーは頑張りますと言ったはずだ。全然聞こえなかったけど。

 そう思うと、さっきの二進数の時の発言は彼はかなり思い切って大きな声を出してくれたに違いない。

 彼が期待外れでも、少しずつ技術を進歩させていきたい。スマホって何年くらいで作れるのか分からないけど、三年とか五年以内で作れるものだろうか。


「親方さん、ジョーが要望する材料は道具は全てこちら持ちで用意するので、何でも叶えてあげて」

「へぇぇ~。そんな気前の良いことで、大丈夫なんですか。とてもじゃないけど、採算が取れないんじゃ」


 その言葉に、私は笑った。


「これは私のお遊びの魔道具作りなの。道楽だから、採算なんて取れなくて大丈夫よ」

「ははぁ~。大貴族さまは違いますなあ。では、そのようにさせてもらいます」


 まあ焦らずのんびりやっていこう。

 五年めどに出来なくても、私が死ぬまでに完成すればいいライフワークにしよう。

 そんな風に思っていた時期がありました。


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