2.
その後も、エリザベスさまが泣いた時どうお慰めしたら良いかを、私は真剣に悩み続けた。
けれど、決してその態度を表に出したつもりはない。
だが、それを言い当てた人がいた。
「何か難しい顔をしているな、マドレーヌ嬢」
「嬢は止めてくれと言っただろう、グレゴリー殿」
「だったら、殿も止めてくれ」
工房の警備をしている、素晴らしい実力を持った元騎士の傭兵だ。
私も最初は、足を怪我した元騎士としか聞いていなかったし、足が悪いから門番のような仕事をしているのだろうなと思っていた。
だが、彼は次々と工房への侵入者を捕まえた。魔法での追跡さえして見せ、依頼主から押さえることもしたのだ。
最初、彼は私にも敬語で丁寧に接していたが、彼の方が年上で実力者だ。敬語を止めてもらい、こちらから教わりたいと警護や追跡について色々話を伺った。勿論、引継ぎなど必要な情報交換でも話すことはある。
そして、グレゴリー殿もエリザベスさまに敬意を抱いていると知った。
私は彼を信頼に足る男だと見込んでいた。
そして、つい訊ねてしまったのだ。
「グレゴリー殿なら、傷ついて泣いている女性をお慰めするのは、どうする?」
「そうだなあ……」
彼は少し遠い目をした。私は甘いミルクティのことを思い出しながら続ける。
「甘いものを差し上げれば、泣き止むとは思う。しかし、そのような真似は出来ない」
「そうか、甘いものか。それは良い案かもしれんな」
「それ以外を考えているんだ」
「結局は、本人の気持ちが落ち着くしか無い。だから、気が済むまで泣かせるかな」
「そうかもしれないが、ずっと泣いている姿を見ているのも気の毒で」
「だから、胸を貸すんだ。存分に泣いていいから、ここで泣けって慰めると良いだろう。だが泣いている原因を解決しないと、一時しのぎの対応になってしまう」
「なるほど」
似たようなことをレンドールも言っていたが、心根が全然違う。
そして私は、グレゴリー殿の言った通り、エリザベスさまに胸を貸して思う存分泣かせてあげた。エリザベスさまは、泣き止んだ後に照れくさそうに笑ってお礼を述べてくださった。
本当に健気でいじらしい方だ。
そのエリザベスさまを泣かせるなんて、許せない。私の憎しみは、あのアランとかいう優男に向かった。
適うことなら、剣で切りつけたかった。
だが、間合いが遠すぎる。
魔術師との戦いは、遠距離では剣士は不利だ。近接戦なら倒せるだろうが、こう離れていては先に奴の魔法で倒されてしまうだろう。
エリザベスさまの告白中、私はそんなことを考えていた。
だが、意外なことが起こった。アランは翌日、エリザベスさまに求婚したのだ!
誰もが驚く出来事だった。
それは、エリザベスさまに告白指南した怪しい呪術店のヴィンスも同じだった。
後日、エリザベスさまからの御礼状と金一封を持って行った私に、ヴィンスは驚きのあまりソファの上でひっくり返っていた。
「マジで! 告白、上手くいったのかよ!」
「ああ」
「すげーな、俺って天才かも」
「エリザベスさまの魅力だ」
「しかも本の出版まで誘われてる! 完全に俺の時代が来たワ」
「…………」
ヴィンスはお金は欲しいが、本を書くのは面倒だなどふざけたことを抜かしていた。
私は、こいつのことは信用出来ないが、エリザベスさまの為に橋渡しになろうと努力した。スマホを渡し、直接エリザベスさまと彼がやり取り出来るまで、連絡係となったのだった。
それから、エリザベスさまが悲しまれるから、アランとの手紙もやり取り出来るようにもして差し上げた。シーラさんは私と同様、エリザベスさまをとても大切に思っている。そのせいで、アラン憎し! になっていた。
彼から届いている手紙を隠してしまったのだ。
私はそれに気付き、それとなくエリザベスさまに手紙の仲介をアランともしましょうかと遠回しに持ち掛けた。しかし、エリザベスさまは手紙の件には気付いていなかった。
アランに手紙を送るという行為も考え付かなかったようだ。
ヴィンスには送っているのに。
結局、私は家令のトマスさんに告げ口をし、手紙のやり取りを出来るようにして差し上げた。
その後、無事にアランとエリザベスさまスマホで手紙を送り合えるようになったので良かった。
二人は度々、激しくいちゃつきだすので止めるのが大変だが。
清い交際をしながら、二人は仲を深めていき、たまには妨害やお邪魔虫も入るが、新しい屋敷まで買った。
私はその屋敷にエリザベスさまと一緒に住み込む気満々だった。エリザベスさまには許可を貰っている。
しかし、しかしだ。
エリザベスさまの夫となる人は、言ったのだ。
既婚者でなければ、屋敷には入れないと。
自慢ではないが、私は誰かと色恋沙汰になったこともない。人に好意は抱いても、男女の仲になりたいとは思わなかった。
それより、私は騎士になって生活をすることが重要だったのだ。
騎士になる為の借金も、公爵家に少しずつ返しているが、まだ残っている。
恋人への好きとは、どんな感情なのか分からない。
エリザベスさまを見ていると、とても感情が豊かなので大変そうだな、と感じる。
私は騎士として生き、エリザベスさまをお守りし、そしてその給金で借金を返すという人生を過ごしたいので、感情が不安定になる恋愛などしたくはない。
だが、結婚はしよう。
借金は私が返すので、それを気にせずに自分の暮らしは自分で賄ってくれる人がいい。
私の希望はそれだけだ。
しかし、どうやって結婚相手を探そう。商人に頼んだら、見合い相手を探して組んでくれることもあると昔、実家でそんな話を聞いた気がしてサンポウ商会の商人殿に頼んでみた。
エリザベスさまに慌てて止められてしまったが。
だが、エリザベスさまの結婚もすぐには進まなそうだ。
その間に探すと良いだろう。
そう考えているとある日、エリザベスさまの自室に呼ばれた。
中にはエリザベスさまの爺やである、家令のトマスさんも居た。
「エリザベスさま、何か内密のお話でしょうか」
この面子だと、秘密の打合せで呼ばれたのかと思ったのだ。
「いいえ、内密といえば内密だけれど。ちょっと、マドレーヌのことを色々尋ねようと思って」
「はい」
「まず、マドレーヌは性愛の対象は男の人? それとも、女の人だったりする?」
質問に、びっくりした。
考えたこともなかった。
対象に男女両方があるのか。
「私はこんな格好ですが、女ですので。相手は殿方だと思います」
「恰好は関係ないのよ。そういう性愛の人も居るっていうだけで。殿方同士で愛し合う古典とかあるでしょう」
「そうですか」
「じゃ、次は対象の年齢ね。マドレーヌは今、何歳?」
これは、大分色々聞かれそうだ。
私は覚悟して答え始めた。
「ハ、二十四歳です」
「では、相手の殿方は年上が好ましい? 年下? 同い年?」
「年下と同級生はちょっと。年上が良いです」
「何歳年上まで大丈夫?」
「父親よりは年下を希望します」
「結構大丈夫なのね。じゃあ十歳上までとするわ。次は、文官と武官ね。どちらが好み?」
「どちらでも構いませんが、あまり弱々しい方ですと、私と接触しただけで倒れてしまうかもしれません」
以前の主のことを思い出して言うと、エリザベスさまは何も知らないらしく頷いた。
「じゃあ武官ね。騎士とか良さそうね。うふ、私アキネーターみたい」
「アキネーター?」
「あっ、何でもない」
「はぁ……」
たまに、エリザベスさまは不思議なことをおっしゃる。
彼女はトマスさんの方に向いて言った。
「では爺や。二十五歳から三十……、三十歳までで、騎士で、貴族出身で顔と体躯の美しい方で未婚の殿方はいるかしら? 私が結婚を命じたら引き受けて、マドレーヌを幸せにする方よ」
年齢が少し狭められた上に、かなり高望みな条件を出している。そんな都合の良い者がいるはずがない。
「ちょうど一人、おります」
トマスさんの答えに私は驚愕し、エリザベスさまは喜んだ。
「そんな都合の良い人が……」
「やったー! どなたどなた?」
「はい、我が公爵家の騎士、レンドール・マリガンです」
私は真顔になってしまった。
しかしエリザベスさまは嬉しそうに詳細を聞いている。
「どんな方かしら」
「マリガン伯爵家の次男で、優秀な成績で騎士学園を卒業。卒業後当屋敷に就任し、ヴィクトルさまの騎士となっております。今まで問題は起こしたことはありませんし、これからが楽しみな青年です。それに、マドレーヌとは同級生だったはず」
「……その男だけは嫌です」
どう断ろうか考えたが、遠慮がちに言っていたら話を進められそうで私は硬い声を出した。
「えっ、何かあったの」
「そいつは……、その、私の大切なものを貶めました。許せません」
「仲が良くないの? 話し合っても仲良くは出来なさそう?」
「嫌です。彼以外なら誰でも良いです」
私が言い張ると、エリザベスさまはとても残念そうな声を出した。
「レンドールって、お兄さまの側によく付いている、若くてすらっとした騎士よね。ちょっと目付きは鋭いけれど、そこもまた良い感じ。マドレーヌととってもお似合いそうなのに……」
「一緒に居れば、いつぞやのクリスとジェシカのようになりそうです」
魔法で本気の戦いをしていた二人の例を挙げると、エリザベスさまは渋々その案をひっこめた。
「そっか~。残念だけど、仕方ないわね。本当に残念だけれど。爺や、他には居ない?」
「その条件に合う者はおりません。しかし、対象を広げるとすぐにでも見つかるでしょう」
「そうよね! やっぱり、マドレーヌが気が合う人が一番だものね」
「…………」
やっぱり結婚のことを考えると、気が重くなる。
まあ、トマスさんが相手を用意してくれるだろう。
そう思っていると、エリザベスさまが販売した電子書籍とやらがとても面白いという話を侍女たちがしているのを聞いた。
私も買ってみよう、エリザベスさまが手掛けた品だ。
そう思って、仕事が終わってから買って読んでみる。
一冊目は、とても面白い冒険小説だった。
出来れば続きも読みたい。
二冊目は、私が散々お使いに行っていたヴィンスの本だった。
何が告白の心得だ、と思うが読者の声として
『私はこの方法で殿方の心を手に入れました』
という匿名の貴族令嬢のコメントが載っているではないか。
これは、エリザベスさまのことだ。
私は心して読み始めた。
よく分からないなりに読み進め、また読み返す。そのうち、私は結婚相手をトマスさんに丸投げしてはいけないのではという気持ちになった。
ヴィンス本人はあんな感じだが、本の中では真摯に、自分の人生を誰かに任せてはいけないと書いてある。少しでもより心が豊かになる暮らしを求めるべきだ、その為に自分で考えて動くべきだとも。
私はこれからのこと、自分のこれまでのことをじっと考え始めたのだった。




