1.
私の名はマドレーヌ・レスナック。一応、貴族籍の騎士だが実家は貧乏男爵家で、貴族とは名ばかりだ。
私は幼い頃から、身長が高く力が強かったので、力仕事を任されおよそ令嬢らしい躾は受けなかった。兄に付けられた剣術の師範に力任せの剣を打ち付け、一応見どころはあるので騎士を目指せばどうかと推薦してもらったのが騎士になった切欠だ。
女騎士は人数が少ないが、それなりの需要はある。身分の高いご婦人や令嬢の身辺警護に必要だからだ。
私は騎士養成学園に通い、さしたる苦労もせず、騎士になることが出来た。
ただ、金銭的には大いなる苦労が待っていた。
実家には学園に通うようなお金などない。そして騎士になるにはとてもお金がかかるのだ。全て借金だ。
だが、騎士は俸給が良い。
勤務先となる貴人に肩代わりしてもらう形で、私は俸給からその借金を支払っていくことになった。
勤務先は理想的な貴人のお屋敷だった。
身分が高く麗しい旦那さま。奥さまも同じような身分の出自で、二人の間には幼い子供たちもいる。
私は奥さまの警護をしながら、二人のお子さまの世話もしたり、真摯にお仕えした。何の問題もなくお勤め出来ていたと思う。
ただ、おかしいなと感じたのは、旦那さまの距離感だ。
私のすぐ真後ろにぴったりくっ付いたり、髪に触れたり、匂いを嗅いだりするのだ。
最初は一体どうしたのだろう、と不思議に思っていたが段々、用も無いのに執務室に呼ばれてくっ付かれるので辟易としてきた。
しかし、主に対して文句を言うなど、騎士としては出来ない行為だ。
私は騎士学園時代の同級生で、数少ない女性騎士と連絡を取ってみた。こういう場合はどうすれば良いのだろうかと相談する為だ。
連絡を取ると、快く会ってくれたナタリーは、話を聞くなり叫んだ。
「それ、セクハラじゃないか! 完全に性的嫌がらせだろうそれは」
「そうなのだろうか。しかし、旦那さまには美しい奥さまと、可愛い子供たちが居るのだ。私のようなごつく力強い騎士に触れて楽しいのだろうか」
「いやぁ、マドレーヌは力強いし中身はかなりボケてはいるが、顔だけは美しいだろう。たまには違ったものを弄んでやろうと思ったのかもしれない」
ナタリーは、思ったことをそのまま言う正直者だ。それで何度も学園で喧嘩沙汰を起こしていた。
今の言葉も結構酷くないか?
そう思いながらも、私は相談を続けた。
「結局、どうしたら良いのだろうか」
「手をひねりあげ、これ以上触れたら殺すと言えば行為は止まるだろう」
「脅迫じゃないか。主人にそんなことをして、大丈夫なのか……」
「しかしこのまま放っておけば、状況は悪化してその美しい奥さまも知るところになるかもしれない」
それはそうだ。
そういえば最近、奥さまは私が話しかけても聞こえないのか、全く返事をしてくださらない。これは話す時ではないということだろうか、と言葉を控えるようにしている。護衛は余計なことを話すべきではないと教えてくださっていたのだろうか。至らない私にも、奥さまは親切だ。
もし旦那さまが不埒な行動をわざとされているなら、奥さまがそれを知るととても悲しまれるだろう。それとなく止めさせる、というのは難しいかもしれないが、いざとなれば腕を拘束させてもらおう。
私はナタリーに礼を述べ、その時の飲食代をご馳走して解散した。
いざという日は、すぐに来てしまった。
旦那さまは、はっきりと私に後ろから抱きつき、その、腰にある硬いものを私の臀部に擦り付けたのだ。ナタリーの言った通り、完全なる性的嫌がらせではないか。
私は彼を振り払おうと、腕を動かした。
すると、なんということだろう。偶然にも、私の手は旦那さまの顔に当たってしまったのだ。
力の強い私が、旦那さまに裏拳を放った状態になり、旦那さまは昏倒。ご尊顔が血まみれになってしまった。大きな物音に皆が集まり、顔中血まみれの旦那さまを見て悲鳴をあげる阿鼻叫喚の大事件となってしまった。
しかも何故か、旦那さまは『合意の上だった』とおっしゃり、私は否定。
奥さまが、私を睨みつけ『出て行きなさい!』と命令。
こうして、私は最初の勤め先をクビとなったのだ。
その後は、主人をいきなり殴り付けた女騎士と噂され、貴人の護衛任務からは離れることとなった。何か、華やかな凱旋パレードなどがあれば呼ばれるが、普段は仕事が無い状態だ。
学園の紹介により、王宮の一角で住み込みの騎士として暮らしてはいけた。
ただ、女騎士としては男だけの騎士の一隊に入れて遠征に出すわけにもいかないと、干された状態だった。
いつかは仕事があるだろうと腐らず、黙々と身体を鍛えているとお声がかかった。
それも、貴人の専属警護だ。公爵であり、王弟殿下であるフィリップ・セントリムさまが、彼の娘の為に私を雇ってくださったのだ。
最初に王宮より説明を受けた時には、エリザベスさまはとても我儘で男狂いだとお伺いした。そして、騎士などむさ苦しい存在は視界に入れるのも我慢ならないと、騎士を出し抜いて出掛けるとのことだった。
そのエリザベスさまに何を言われようと食らいつき、護衛として付いて回る。それが私のお役目だと教えられた。私は騎士の礼をして請け負った。
「ハ! 必ず、エリザベスさまを護衛いたします」
公爵家のお屋敷で、最初にお目通りが適ったのは公爵さまだった。
「君が、例の。いや、しかし私はその強さと潔癖さも買っているのだ。もしエリザベスが不埒な男に絡まれた時は、容赦なくその鉄槌をくだしてくれるな?」
何やら誤解があるようだ。
私はただ、元旦那さまを振りほどこうとしただけなのに。
しかし、ここで余計なことを言うのもいけないだろう。
「ハ! お任せください」
そして、エリザベスさまの元に出向いたのだ。
エリザベスさまは、聞いたような悪癖があるようにはまるで見えない、とても可愛らしい令嬢だった。赤にピンクが混じったような豊かな髪がまず目を惹く。つり目がちだが瞳は大きくぱっちりとしていて、確かに小生意気に見えるかもしれない。だがそういう所も魅力的だろう。
エリザベスさまは私を見るなり
「ビッ!」
とよく分からない叫び声をあげられたが、その後はとても友好的だった。
名前まで可愛い、などと言われたのは初めてだった。
そして前評判とは違い、私の護衛をきちんと受けてくださった。
むしろ、私と一緒に出掛けることを喜んでくださっているようだった。
そして、私のことを『男女』と揶揄した侍女を、諫めてくださった。
やはり、女だてらに騎士をしていると、そのような揶揄はしょっちゅある。私は気にしないが、気に病む同窓生も居た。
それを気遣ってくださったのである。
しかも、エリザベスさまはとても才媛だった。
工房に行き、私には何のことかも分からない話をし、想像もつかないものを創らせるのだ。
その合間に、工房の人間関係の改善さえして見せた。私には、何が問題かも分からなかったし、二人がそれぞれ目と耳に不調を抱えていることも気付かなかった。
親方がエリザベスさまに凄むような態度を見せた時、すぐに反応するとそれにも礼を述べてくださった。
私はエリザベスさまが大好きになった。
この方にずっと仕えたいと、そう思ったのだ。
公爵家には、同僚の騎士が数名居る。
その中に、同級生も居た。
レンドールという、赤錆色の短髪の男だ。彼は学園でも相当優秀で、実技も強いし試験の成績も上位だった。それに身分もどこかの伯爵家の子息とかで、体躯も立派だ。
しかし、なかなか皮肉屋でひねくれているらしい。私はあまり話をしたことがないが、ナタリーが揉めて喧嘩沙汰になっていたようだ。
彼は私を見るなり、声をかけてきた。相当、嫌そうな様子だ。
「フン。お前みたいなボサッとした、落第寸前の女騎士と同じ職場になるとはな」
「ああ」
事実だ。この後、よろしく頼むと続けようか迷ったが、優等生としてはよろしくされたくないかもしれないので返事に留めておいた。
「それで? あの噂は本当なのか。お前、ご主人さまをぶん殴って骨折させちまったってのは」
「主家の話を他人に漏らすなかれ」
例えクビになった、元主家でも、私はその話を口にするつもりはない。学園で教わった教訓を告げると、レンドールは舌打ちをし、更に何か言おうとした。しかしその時、筆頭騎士のノディさんがやって来たので話は終わった。
後日になるが、ノディさんとは共にエリザベスさまに付き従って、リーシャ商会に出向き、そのご褒美としてレースのハンカチを頂いた。
ノディさんも、すっかりエリザベスさまを好きになったと思う。
そんな温かな日々が続き、エリザベスさまは望んでいた魔道具の製品開発に成功したらしい。
それを、王宮で発表することになったが、私はお供することは適わなかった。
まず、王宮の中の会議室には王家の近衛騎士以外は入ることが出来ない。
お供も、伯爵さまとそのご子息が同行されるので私ではなくノディさんや年配の上位騎士が付くことになった。
そして帰ってきたエリザベスさまは、泣いて悲しんでいらっしゃったのだ。
今まで、いつも朗らかで楽しそうに過ごしていらっしゃったので、私は驚いた。何も出来ないのに、部屋までついて行ってお慰めしようとはした。
でも、狼狽えるばかりで何も出来なかった。
すると、侍女のステイシーが上手く話を聞きだした。なんと、エリザベスさまは適わぬ恋をしているらしい。
その分野は、私にはまるで分からない。
以前から、私はステイシーをあまり好きにはなれなかった。
エリザベスさまの侍女でありながら、エリザベスさまを軽視するような言動が目立つからだ。私は鈍いと言われるが、それでも主人に対する感情には敏感なのだ。ステイシーには、エリザベスさまへの敬意が無い。
その証拠に、怪しいまじないの店に行くように勧めてきたではないか。
エリザベスさまは私に、こっそりその店に行きたいと相談された。
なんと健気でいじらしい。しかし、そんな店に行ってもロクなことが起こらない。以前、王宮に居た時に駆り出された事件では、まじないの店で薬物を飲まされた女性が売られた、なんていうこともあったのだ。
だが、エリザベスさまは話を聞くだけだし、私を供に連れて行くとおっしゃる。危険な場合は、エリザベスさまを抱えて逃げると約束し、その店に行った。
その場でも、エリザベスさまの問答は素晴らしかったと思う。私にはよく分からなかったが、店主を味方につけ上手く知恵を授けてもらったようだ。
その後、エリザベスさまは片恋の相手に告白をすると決められ、私にも付いていて欲しいとおっしゃった。
私は了承した後、ノディさんに話を聞きに行った。騎士の訓練所に、各々皆好きに訓練をしている。そこに居たノディさんに、私は近付いて声をかけた。
「ノディさん、質問しても良いでしょうか」
「ああ、なんだ」
「悲しんでいる女性をお慰めするには、どうすれば良いだろうか」
すると、今まで離れた場所にいた筈なのに勝手に近付いて話を聞いていたらしいレンドールが口を挟んだ。
「悲しんでるったって、あのお嬢さまだろ。どうせ大したことも無いのに、大袈裟に泣いてるだけだろ」
私はその言葉に、本当に腹が立った。お前に何が分かる。
「傷ついたことが無い女性など居ない。分からないなら黙っていろ」
「は? 何キレてんだ、マドレーヌ」
「黙れと言っている」
私は、レンドール相手に喧嘩沙汰になっても良いと腹を決めて向き合った。真っ直ぐな殺気を込めて相手を睨みつける。
ノディさんが私たちを止めた。
「やめろ、二人とも。レンドール、今のはお前が悪い」
レンドールは不貞腐れて、舌打ちをした。
険悪な空気が訓練所を満たす。
すると、年上の温和な上級騎士がわざと明るい声を出した。
「うちのお嬢さまは、泣いてる時に高い高いをしたり、甘いものをあげるとすぐ泣き止むなあ」
「お前のとこのお嬢さまって、三歳だろ」
「あ!」
それを聞いて思い出した。
ステイシーは、いかにも甘そうなミルクティをエリザベスさまに差し上げていたではないか。あの時は、ただお茶を出したのかと思ったがそうではなかったのか。甘いものをあげて、泣き止ませていたのか。
何たる不覚。私はステイシー以下だった。
「どうした、マドレーヌ」
「いえ。しかし、貴婦人やご令嬢に、私から食べ物を差し上げるわけにはいきません」
「そうだなあ。ハンカチを差し出すくらいしか出来ないか」
また別の騎士も提案する。
「気分転換の為に、場所を変えるとか」
「うーん」
所詮、身体ばかりを鍛えた騎士など烏合の衆。話し合ったところで何も良い考えなど出てこなかった。
レンドールが意地の悪そうな笑みを浮かべてフンと鼻を鳴らして言った。
「俺なら、抱きしめてキスして、驚かせて泣き止ませるが」
「馬鹿、そんなことしたら旦那さまに首を斬られるぞ。物理的にな」
同輩がレンドールに注意をしていたが、確かに。
下劣なレンドールは無視して、ノディさんに一礼して訓練所を後にした。
「レンドールは拗らせてるよなあ」
そんな声が聞こえたが、興味がなくてまるで気にもならなかった。




