2.
一方シーラの方は、とても優等生だった。今日出来た進捗を教えてくれる。それに集中力もあって熱心だ。
途中まで読ませてもらっても、とても面白い。
「すごくいいわ! 登場人物も魅力的だし、エピソードも面白いもの!」
「ありがとうございます。このまま続けてもよろしいでしょうか」
「勿論よ。毎日報告しなくても、ヴィンス先生みたいに完成してから提出してくれても良いしね」
短いお話ながらも、完成するにはある程度の日数が要る。
その間、私は未来の新居、現在アランさまが仮宿としている屋敷の改築についてや、約束してしまった皆での祝宴の用意について、調整をしていた。
私としては、貴族のお嬢さまである私が
「宴会をしたいわ」
と言ったらみんなが用意して当日参加するだけ、かと思っていたのにめちゃくちゃ準備をさせられる。
勿論、私が実際に飲食物を買い物してくるわけではない。
けれど、今までに前例がない参加者の身分となるので、上から仕切った方が早い。
まず、私とアランさまが絶対参加出来る日を設定して、後は皆に参加出来るように調整してもらった。工房の皆やサンポウ商会のスマホ事業に関連する人たち。クリスとジェシカみたいな、数値のテスターになってもらった人たちも。
それから、その人たちの家族も参加可能にした。同居してる家族か、ごく近しい家族だけに制限させてもらったけど。それらの人々の参加リストを作るのは私だ。
それから場所。たくさんの人が入るには大宴会場を借りたいところだけど、そんな場所はないので修練堂の裏庭でガーデンパーティをすることにした。雨が降った時の為に簡易テントみたいな屋根も建てる。
飲食物の量と、どういうものをどれくらい注文するか想定する。
そういうのを決めて、こうしてちょうだいと担当者にお願いするのは全部私の役目となっていた。
まあ、スマホや電子書籍の立ち上げも同じような感じだけれど、私って何でも屋かつ宴会係でもあるんだわ。
それから新しい屋敷の改装工事の立ち合いも同時に進行している。アランさまにはそこまで希望が無いし、私も同じくなので、手抜き工事は無いか程度の確認になる。しかし、この屋敷の存在をあまり大っぴらにはしていないので、私が実際に行ってチェックするのが一番良い。
アランさまは、異常ともいえる程の業務量の増加に、所在を明らかにせず屋敷に居る状態なのだ。
アランさまが宮廷に居ないと仕事は振られなないらしい。つまり、アランさまがソフィアの居るお屋敷に居ると見なされると業務量は増えない。
これ、なんかお父さまか誰かの私怨が混じってない?
しかし残念、アランさまは私との未来の新居に姿を隠しているのでした。
アランさまがたまに仕事をサボってお屋敷に居て、私とお茶をしながらお話してくださる時はとっても幸せ。
それでニヤニヤ笑いが止まらないまま屋敷に帰ってきたら、シーラが見るからに沈んだ様子で部屋にやって来た。
「どうしたの、シーラ」
「お嬢さま。私には、もうこのお話を書けるかどうか分からなくなりました」
「えっ! ついこの間まで、順調だったじゃない」
「これ、面白いんでしょうか」
そう言ってスマホを差し出すシーラは、思いつめた表情をしていた。
私は安心させるような、落ち着いた声を出した。
「勿論よ」
「お嬢さまはそうおっしゃってくださいますが、私にはこれが面白いかそうでないか、もう分からないんです」
あーー。創作者がよくなる症状らしい。
とにかく励まして書いてもらうしかない。スマホを受け取って操作していく。
「とりあえず、書いたところまで読ましてね。うん。悪の敵が出現して、悪も生まれながらに悪だと宿命づけられ、苦しんでいるのは良い展開よ。面白いじゃない」
「でも、上手く表現出来ないんです。もっと悪を悪たらしめる理由、存在意義があるんじゃないか。もっと怖くおどろおどろしい表現も出来ないし、このまま戦って主人公が勝っても、なんの盛り上がりも無いんじゃないでしょうか」
シーラはとても真剣に悩んでいた。
いつも無表情で、笑顔一つ浮かべないので彼女を怖がる人は多い。
けれど、内面はとても真面目で繊細で、私がお話を一つ作ってと他愛ないお願いをしてもこんなに真剣に悩んでいる。
そういえば、前に私がアランさまに振られた時は、真剣に怒って悔しがっていた。
とても情が深くて、愛情豊かな人なのだ。
それに何よりも、人の本質を見抜いてそれを言語化する能力がある。それは作家業にぴったりの能力だと思う。
私はシーラのことを改めて知ることが出来て、嬉しくなってニコッと笑った。
そして創作のアドバイスをした。
「うんそうね、悪を美形にしましょう」
「……え?」
シーラはすごい悩んでいた表情から、ぽかんとしてしまった。
「悪を人型の美形にする。この世のものでは無いくらいの美しさってことにして頂戴」
「しかし、それでは悪では無いのではないでしょうか」
「怖くても美しいは両立するでしょう。ものすごく切れ味の鋭い剣だって、光り輝いているわ」
「えっと。では、美しいからと手を伸ばしたら危険だと。剣とは違ってその認識が出来ない人型だから、恐ろしい姿より逆に強敵だと、そういうことでしょうか」
「理由はなんでもいいわ。とにかく敵を美形にするの。それでよろしく」
「はぁ……、分かりました。やってみます」
シーラは気が抜けたようで、今までの思いつめた様子も失せたようだ。
「あまり気負わず、楽しんで書いてね」
「楽しんで、ですか」
「そうよ。お話を読む時って、わくわくして楽しいでしょう。それを皆に届ける為に書いてもらっているのよ」
「……! はい、はいっ! 分かりました。私、頑張ります!」
「出来れば、最後は大団円でよろしくね」
「分かりました。お嬢さまがおっしゃってることが、分かったような気がします!」
シーラはいつになく勢い込んで返事をし、スマホを取り戻し急いで部屋を出て行った。
その後、シーラは一気にお話を書きあげた。
それはとても面白くて、ハラハラして感動して、そして大団円という、読んだ後にハッピーな気持ちが残る良書だった。
電子マネーの決済が完成すると同時に、私は二つの本を売りに出してみた。
スマホをすぐに使うような新しいもの好きな人だ。どれどれと買って読んでみるや、大反響。どちらも続編が待ち遠しいと話題になったし、もっと別の、大人の男性が読めるような本も欲しいという声もたくさん挙がっていた。
私はサンポウ商会に書籍部門を作ってほしいとお願いし、最初に作った本のノウハウを書いて、それを新しい書籍担当に引き継いだ。
これからはこっちの世界でもエンタメが強くなって、楽しい本が読めるようになる筈だ。
後は楽しむだけなので気が楽だ。
その後、ヴィンス先生も覆面作家のシーラ先生も、編集は私が良いとゴネて続編が出るまでに揉めたのだが、この時の私はまだ知る由も無かったのだった。




