3.
私のお願いに対し、アランさまはとろりとした甘い笑みを浮かべて言ってくれた。
「何だ、何でも言ってくれ」
優しい。声まで甘く感じる。
は~、好き。
しかし、そんなことを思っている場合では無い。
ジェシカは、危険かもしれない場所に単身で乗り込む決意をしてくれたのだから。
私は真面目な表情を保ってアランさまにお願いした。
「こちらのジェシカを、アランさまのお屋敷で務めさせて頂きたいのです。ソフィアさんの、魔力を安定させる為の人員として」
「ソフィアの。何故だ」
私は用意していた台詞を口にした。
「ジェシカは以前、魔力が不安定で体調も悪かったの。けれど、アランさまにも協力いただいたスマホ活動量計を使って以来、魔力も枯渇せず体調が良いわ。それで、この活動量計をソフィアさんにも使って頂いて、ジェシカがその補助をして、彼女の体調を良くしたいの」
「それは本来なら私がすべきことだったのに、貴女がしてくれるというのか。エリザベス……」
「だって、そうすればアランさまと早く結婚出来るかもしれないでしょう。私、打算的なのよ」
それでも、彼は嫌な顔をせずフッと笑ってくれた。
「貴女は、ソフィアに害されたかもしれないのに、そんな風に動いてくれるのだな。ありがとう」
「では、いいの?」
「ああ。私から、活動量計を渡し、常に装着するように伝えよう」
私は喜んで、更にこずるい事を言った。
「計測した数値は、工房の数値解析の職人のスマホに送るよう設定させてもらうわ。プロにお願いするのが一番でしょう」
「ああ、そうしよう」
ソフィアが仮病かそうでないか、しっかりチェックさせてもらうわよ~!
「では、ジェシカのことをお願いします」
「お願いと言われても、私はあの屋敷にはもう、あまり行かないつもりだ」
「え。どうかされたのですか?」
何かあったのだろうか。尋ねると、彼は疲れた様子で溜息を吐いた。
「貴女に指摘されて以来、久しぶりに屋敷に戻ると酷いありさまだった。クレモン夫人は主のように振る舞い、そしてソフィアを女主人のように扱っている。私が何を言おうと、まるで言うことを聞かない。以前エリザベスが言っていた『ですが!』というやつだ」
「あぁ~、それは……」
ヤバ使用人が出来上がっているようだ。
「ソフィアの家庭教師になるであろう人材を送ってみたが、教えを受けることなく拒絶したらしい。そして私が多忙故に屋敷に行かなくなったことを責める手紙が、毎日送られてくる」
「成長するつもりはなくて、アランさまが居てくれればそれで良いって感じでしょうか」
「それに、王宮に割り当てられた部屋も、まるで休まらない。あそこに居る限り、無限に仕事を押し付けられる」
「そうですね。やっぱり、職場と屋敷に一定の距離は必要かもしれません」
「そして私はどうやら、薄情だったらしい。時間が出来た時、屋敷に戻るよりここに来ることを優先してしまった。……先ほど、エリザベスが私を迎え入れてくれた時、私は嬉しかった。ここに一緒に住んで、いつもあのようなやり取りをしたいと、そう感じたんだ」
それって~!
アランさまも、私と早く結婚したいって思ってるってコト?!
一気に顔が熱くなってきた。
「わ、私も! 早く、アランさまと一緒に住みたいです」
「私は今日から住むから、エリザベスも来られる時はおいで」
わー、照れる。そんなの、同棲みたいになっちゃうかも。
「はい……、でも、使用人や色々、決めないといけないのにいきなり住んで大丈夫でしょうか。工事も入りますし」
「どうとでもなる」
アランさまの決心は固いようだ。
「では、ロナルドに連絡をしてみますね。彼がこの屋敷の仲介をしているので」
スマホでメッセージを送ると、彼はすぐ来るとのことだった。
スマホ販売で忙しいのに、家の仲介を誰かに任せないですぐ対応してくれる。営業担当の鑑だよ。
本当にすぐやって来たロナルドは、アランさまに挨拶し、工事や使用人のことなどを尋ねて詰めていく。
アランさまは内装については私に任せるし、温室も簡易的なもので良いがお茶を飲めるようにしてほしいとのことだった。
「私も、内装は特にこだわりはないわ。アランさまが今日から住まれるなら、お邪魔にならない工事にして」
「ではアランさまが使われる部屋だけ最後に工事をしましょう。他の部屋が出来上がってから一時的に別の部屋に移って頂くという方法でやりましょう」
ロナルドの提案に、アランさまも頷いたのでそれで決定となった。
更に彼は話を詰めてくれる。
「使用人は、こちらで気働きの良いものを選んで探してよろしいでしょうか」
「それもやって貰えるの? ありがとう、本当に助かるわ」
私が礼を述べていると、珍しくアランさまが要望を口にした。
「使用人に関して、一つだけ決まりを作りたい」
「はい、何なりと」
「全員、既婚者にしてほしい」
「は……」
「出来れば夫婦で務めてほしいが、もし片方だけの場合は夫婦円満な者に限るという条件が良い」
ひょっとして。
アランさまは、もうスキャンダルはこりごりだと思って、使用人を夫婦縛りで集めようとしているのだろうか。
ロナルドは、笑みの形の目をしながらも珍しく困った様子だ。
「全員夫婦ですと、少し条件が難しくなります」
「金なら払う」
「夫婦に子供が居た場合はどうなるのでしょう」
「使用人棟に居るなら良いが、屋敷内には一切立ち入り禁止だ」
「えーっと、年寄りの使用人は独身でもよろしいでしょうか」
アランさまもそこはグッと詰まる。
私は思ったままを口にした。
「アランさまを見たら、お婆さんだって好きになっちゃうかも」
「私は年寄りをそんな目で見たりしない」
「アランさまが見なくても、向こうがそう見るんです!」
「エリザベスさま、そんな話はどうでもいいんです。既婚であることが必須ですと、見習いの若者は働けず、育てられないしなかなか集めるのが大変なんですよ」
わいわいと話していると、マドレーヌが恐る恐るという態で口を挟んだ。
「あの……、発言してもよろしいでしょうか」
「どうしたの、マドレーヌ」
「私はエリザベスさまが結婚後も、騎士としてお側に仕えるつもりなのですが。騎士も婚姻を求められるのでしょうか?」
すると、アランさまは冷たい声を出した。
「当たり前だ」
「そんな!」
青ざめたのはマドレーヌと、ジェシカもだ。
「まさか、エリザベスさま付の未成年の侍女もですか」
「当然だ。未成年だろうが、ややこしい侍女が私に言い寄ってきたら困る」
「貴方さまに言い寄ろうとはまっったく思わないのですが! 私は今十三歳で、結婚出来るまであと三年もかかるんです!」
「その間は、私の屋敷で侍女をしていると良い」
ジェシカは今までに見たことがないくらい青ざめ、ぷるぷると震えながらぶつくさ言いだした。
「三年以内にエリザベスさまが結婚した場合、どうしたら……」
マドレーヌはロナルドにキッと向き合った。
「商人殿、私の結婚相手を用意してもらえないだろうか」
「えっ……」
ロナルドが更に困った様子で怯んでいる。
私は慌てて止めた。
「ちょっ、マドレーヌ。待って、そんな焦らないで。先ず、好きな人とか、好ましい人を見つけることから始めましょ」
「……好きって、何なんでしょう」
「あぁ~……、そこからかぁ」
黙り込んでいるロナルドに、アランさまは言った。
「出入りの商人も既婚が望ましいのだが」
「うっ……。全員は無理です。自身の生活だけで精いっぱいの者もおりますし、事情でやむなく独身の者もおります」
「では、裕福な商会長は如何か」
ロナルドは諦めたみたいな表情になった。そして精いっぱいの愛想笑いをして言う。
「私は弁えております。ですが、そろそろ商会を内側から支えてくれる同志が欲しかったのも事実。結婚し、更に商会の飛躍を目指します。しかし今すぐには無理です。婚約期間中も結婚していると同様に出入りを許して頂けませんか」
「分かった」
それを聞いて、後ろでジェシカが小さく「よしっ!」と呟いた。
婚約なら、十六歳以下でも出来るからだろう。
でも、みんなにこんな風に結婚を急かしても、良くないような気がするんだけど。大丈夫なのかなぁ。
アランさまの要望は爆弾発言となり、周囲に騒動を巻き起こす切欠となったのだった。




