1.
地下の蔵書庫に入り浸る日々が始まった。
はっきり言ってしまうと、片付けるどころか本を引っ張り出しては読み漁り、余計散らかしている状態だ。けれど、本の内容はめちゃくちゃ面白かった。
王国やこの公爵家の歴史も面白いし、魔法が使われている世界観について学ぶのも楽しかった。
そう、この世界には魔法がある。
前世で当たり前のように恩恵を受けていた科学技術が無い代わりに、魔法があるのだ。
魔法を使ってみたいと思うのはごく自然のことだろう。
そして、この体の持ち主であるエリザベスは魔法の才能があったようで、簡単な魔法なら書物を読んですぐ使えるようになったのだ。
簡単で便利な魔法、いわゆる生活魔法というものを読み漁ってはこっそり練習していった。
服や体を清潔にする洗浄魔法は本当に便利だと思う。
それから暗い所を明るく照らす、いわゆる懐中電灯のような灯す魔法。
私にとって有意義と思う、気持ちを落ち着けて感情を表に出さない抑制魔法なんかも覚えた。エリザベスはすぐに感情が表情に出やすいので、すまし顔が出来るのはありがたい。
抑制魔法はともかく、生活魔法は便利なのに貴族は使わないのが美徳、とされている。
あえて使用人や高い道具を使うことが権威となるのだろう。だからエリザベスは今まで魔法を一切学んでこなかった。
魔術伯であるアランに片思いをしているにも関わらず、である。
やり方が下手くそすぎない?
魔法のことを学んで話しかけるとか、いっそのこと弟子入りして近付くとか、そういうアクションを起こせば良かったのに。
まあ無関係だからもういいのだが。
しかし、そのことに納得していない人物もいる。
「ねぇ~、エリさま~。いつまでこんな埃っぽい物置に居るんですか? お外に遊びに行きましょうよ! そしたらアランさまにバッタリ会えるかもしれませんよ!」
「……ステイシーはここに居なくていいわ。別の仕事をしてきたら」
「やですよ。私はエリさまの侍女なんですから!」
「…………」
なんというか、今まで悪友のようにノリ良く遊んでいたステイシーは、侍女という立場を勘違いしているようだった。
まあ、彼女にしたら今まで陽キャのノリで楽しくウェイウェイしてた主人が、急に陰キャの本の虫になってしまったのだ。戸惑いもあるし、退屈でもあるだろう。
でも私には、ステイシーははっきり言って邪魔なのである。
まず、この態度が無理。
仕事しろよ。
主人の言葉を拒否するな。
それに、私を探るような視線も嫌だった。
「……ステイシー、後ろに立たないで」
「だって、エリさまが何を読んでるか気になるんですもん! 私も一緒に見たいし!」
「ここは埃っぽい物置だから嫌なんでしょう? 外に行ってなさい」
彼女と居る時は、当たり障りのない学術書や歴史の本を読み、居ない隙にこっそり魔法の本を学んだりしている。主人の方が気を遣わなければいけないなんて、なんだかなあ。
早く侍女を変えてもらうように言いたいけれど、彼女は今まで通りの態度で落ち度はない。変更するのも可哀想かなあ、と思いながら次の侍女は物静かで詮索しない人がいいと考えているところだ。
ぶつぶつ言っていたステイシーがようやく外に行ったので、静かになった書庫を見回す。
それにしても、魔法のある世界なのにどうして紙の本なのだろう。
お父さまに、書類をデータにしないのか聞いたが何を訳の分からないことを言っているのだという顔をされた。
魔法があるくらいなんだから、紙じゃなくデジタルにしたらいいのに。しかし、この世界にはデジタルという概念がないようなのだ。
それでいて、音声や画像を録音録画する魔道具はあるのだ。
魔石という魔力が込められた石を使うと、保存出来るらしい。
だったら、魔石はメモリーになるわけだ。
メモリーがあるなら、本をデジタル保存するくらい出来そうなのに。データ保管が難しいのだろうか。
そこまで考えて、フとスマホが欲しいなと思う。
前世の私は、完全にスマホ中毒だった。ソーシャルゲーム、いわゆるソシャゲに友達との連絡用アプリ、SNSツールなどを使わない日は無かった。スマホが手元から外れるとそわそわするくらいで、暇さえあればスマホを見ていた。
今も、書庫の本をスマホかタブレットにデータで入れて部屋で読めたらな、と思う。そしたら柔らかいベッドで寝そべりなら読めるし、空気も埃っぽくはない。
私は魔石についての本を読み始めた。
魔力が長年蓄積された石は、鉱山や魔物の体内から取れるらしい。
魔物というのは王都の中には居ないので、私は見たことがないけれどとても危険な物らしい。
そしてアランさまは、そういう魔物とも対峙したり魔石と魔法を研究したり、まさに賢者と言われる存在のようだ。エリザベスが憧れるのも無理はない。
まあ、彼女はアランさまの顔とスタイルだけに惹かれたのかもしれないが。
本を読んだ結果、やはり魔石はメモリーとして使えそうだ。そりゃ、同じような魔道具があるのだから当然だ。
ではスマホのメモリーにするとして、液晶はどうすればいいのだろう。
映像を録画するだけの魔道具は、水晶に映像出力していた。じゃあこの水晶の魔道具でスマホの液晶に出来るのかもしれない。
しかしこの映像魔道具は録画という概念がない。使用者が見た記憶を、魔力を込めて入力すると映し出されるのだ。
何それ。過去の頭の中のデータを映像化出来るとかすごすぎる。
スマホのように今ある画像をデータにするにはカメラ機能が必要だ。だが魔力を込めて入力するなら、今使用者が見ている景色をメモリーに入力するという形になるのでカメラは要らないのかも?
そしてこの魔道具にはない、文字を入力するという機能がスマホには必要だ。
これも、似たような魔道具があった。水晶の文字盤を入力し、秘密の情報を保管する魔道具だ。その魔道具は、情報をどこかに送ったりはせずにただその中に秘するのみだ。だが、文字を入力してメモリーに組み込むということは出来る。
だったら、スマホの中に組み込んで写真とメッセージアプリくらいは出来るだろうか。音声通話は難しそうだから後にするとして。
それに、電波はどうするのかっていう問題もある。
スマホの中にデータを入力出来たって、それを他のスマホに送れなかったらどうにも出来ない。
そう考えて調べていたら、こっちはそういう魔法があったのを知る。
そのまんま、知っている相手にメッセージを送る魔法だ。
ただ、それは魔力を込めて送っているので相手は確実に受け取らなければいけない。そして受け取れば、相手にも分かる。無視するとか、既読スルーは出来ないようになっている。例えて言うならば、郵便局を介さない電報のようなものだろうか。
やはりスマホのメッセージアプリのように、いつでも送っておくから好きな時に読んでほしい、という気軽なやり取りを出来るようになりたい。仕事なんかで重要な文書のやり取りをする人はそれでいいが、大多数の人たちは日々のなんてことのないやり取りを求めている筈だ。
一応、素人なりに考えてこういう組み立て方をすれば良いのではないか、という粗い設計は出来た。残念ながら、私は不器用で理系でもないので、後は魔道具作りのプロにお任せしたい。
そうなると頼りたいのが父だ。
私は久しぶりに身綺麗にめかしこんで、父に面会を求めた。彼は二つ返事で了承してくれたので、執務室に行ってお願いした。
「お父様。私、自分で考えた魔道具を作ってくれる職人さん? 工房を紹介してほしいのです」
「勿論だとも。うちのお抱え工房があるから、そこに行くといい。ただし!」
父がピッと人差し指を立てる。
何の条件があるのだろう、と小首を傾げて促す。
「ただし、なんでしょう」
「出掛ける時は、絶対に護衛の騎士を連れて行くこと」
「はい、分かりました」
「可愛いエリザベスに、もしものことがあったら心配なんだよ。だから、いつも嫌がっているけどわざとはぐれたりしないようにね! 騎士を撒いたらダメ!」
エリザベスは、騎士なんてむさくるしい存在と一緒に居るのは嫌だと我儘を言っては周囲を困らせていた。しかし、貴族のうら若き令嬢が護衛も無しで街を歩くだなんて危険すぎる。誘拐でもされたらどうするんだ、と思うがきっと彼女は何も考えていなかったんだろう。
「勿論です」
「でもエリザベスの為に、女性の騎士を雇ったから。見た目が気に入らなくても我慢して連れて行くように」
「はい。それから、工房でかかる費用なんですが。私のもう着ないドレスを売ったりしたらお金になりますか?」
そう言うと、父は目を真ん丸にして驚愕の表情でこちらを見つめた。
「エリザベスは、お金を知っているのか……?」
「いやそれは、流石に知っているでしょう」
どんだけ世間知らずなの。
しかし父は驚きと悲しみの中に居るようだった。
「可愛いエリザベスが、費用の心配をするなんて。たくさん無駄遣いをしておねだりしてほしいのに。最近、よそよそしい敬語で甘えてくれないし。エリザベス、どうしてしまったんだい……」
「お父さま。私ももう成人した女性なのです。いつまでも子供じゃありませんのよ」
「そうかぁ……、いつまでも可愛い小さなエリザベスが、大人になったのか。寂しいよ、パパは……」
「ええと、費用は?」
話が明後日の方向に流れそうだったので引き戻す。すると父は太っ腹にも言った。
「いいよいいよ、パパが全部出すから」
「でも、いくらかかるか分かりませんし、すごく高くなるかも」
「いくらかかっても大丈夫。パパがそれ以上に頑張って働くから」
「ありがとう、お父さま。もし儲けが出たら、お父さまにも分け前を渡しますね」
気前の良い父に、私も気前良く返すと彼は涙目になった。
「エリザベスは可愛いだけでも素晴らしいのに、何て良い子に育ったんだ」
「…………では行って参ります」
こんなに娘が大好きな父親って居るんだなあ、と感心してしまう。
前世の私の家族は、そんなに愛情表現なんてなかった。シャイな日本人だから、表立って愛を伝えるということも無かったのだろう。
けれど、衣食住に困らないようちゃんと育ててくれた。
どちらの両親にも感謝だ。