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スマートウォッチ、改めスマホ活動量計の試験機がもう出来たと連絡が来た。
私は頼んだだけでよく分からないけれど、アランさまとジョー、そして親方のコラボはすごいモノを生み出したらしい。
そこで、その活動量計のテストをする為に人を雇うことにした。
私の希望で、実際に魔力が不安定な子と、心臓が不規則に動くけれどそこまで深刻な状況ではない大人を揃えてもらった。
実際に選出して雇用契約をしているのはサンポウ商会だ。
子供は経済的に苦しい状況にある子で、大人はサンポウ商会に務めている。
つまり、皆、実験体として使われても何も文句も言えないような立場にあるということだ。
勿論、そんなに酷い扱いをすることはないけれど、こちらが優位な立場で治験協力してもらうというのは大切だから。
というわけで、私たちははじめましての挨拶をしていた。
先ずは青い髪にグレーの瞳の男の子だ。
「クリスです、十二歳です。魔力暴発してしまって、ここを紹介されました。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、年の割には礼儀正しい。そして、ちょっとアランさまに感じが似ている。髪は短髪だけれど色味が似ているし、真面目なお澄まし顔なのが可愛い。アランさまが子供の頃も、こんな感じだったかも。
そして次は金髪に緑の瞳。ちょっとツリ目のツンとした美少女だ。
「ジェシカです。十三歳です。魔力が不安定で、いつも具合が良くないです。どうぞよろしくお願いいたします」
可愛い~。ツンとしているかと思ったら、結構礼儀正しい。そして、この子は状態がソフィアに似ているのかも。彼女を助けることが、ソフィアを屋敷から出すヒントになるかもしれない。
そして最後は、お腹が出てるぽっちゃりしたおじさんだ。
「リンゼイ・ウェストウィック、四十三歳です。たまに心臓に痛みがあるけど、検査をしても何も出ない状態です。よろしくお願いします」
おじさんはサンポウ商会で会計とか帳簿とかお金の関係の仕事をしているらしい。気が弱くて世渡りが上手くないせいで、前職は同僚に上手いこと追いやられて首になったとか。そこをロナルドに拾われたと聞いた。確かに、体形を見ても自己管理がなってなくて弱そう。
おじさんにだけ少々辛口の批評をしながら、私も挨拶した。
「皆さん、今回はこの活動量計の試作機を装着していただき、ありがとう。私はエリザベス。この魔道具製作の依頼主よ。皆にはしばらくの間、これを常に付けてもらい身体の観測をするわ。ここに居る間は、装着しながら歩いたり走ったり、魔法を使うことをお願いするわね。もし具合が悪くなったり、不快だった場合はすぐに教えてちょうだい」
するとクリスくんがハイと手を挙げて尋ねた。
「もしそれで試験中止になって帰されたら、約束の賃金はどうなるんですか」
し、しっかりしてる~! やっぱり家がお金に困ってるから、この年でも稼がなきゃという意識が強いんだろう。
しかしサンポウ商会に契約やら雇用に関して全部任せているので、私には分からない。
「賃金とか契約に関しては、私でなく商会が担当しているの。後で確認しておくわね」
「よろしくお願いします。うち、母子家庭で貧しくて。母さんは貴族のお屋敷で働いている時にお手付きになったけど追い出されたって。僕の魔力はそのせいで引き継いで……」
「あっ、大丈夫! そんな、詳しく個人的なこと、みんなの前で言わなくて大丈夫よ。ちゃんとしてもらうように手配するから、安心して。具合が悪くなっても、無理しないようにね」
すごいセンシティブなことまでいきなり言い出すから、慌てて止めた。
なんか心配になるな。彼の生活が苦しくないようにしてあげたい。
もう一人のジェシカちゃんは、素直に頷いて返事をした。
「はい! これを付けている人がみんな魔力安定出来るような試験にしたいです。がんばります!」
めちゃ良い子。思わず撫でくり回したくなるのを、親しくもない人にいきなり触れられるのは不快だろうと我慢する。
リンゼイさんは苦笑いしながら言った。
「僕はあまり無理しないよう、ぼちぼちやっていきますね」
試験の立ち合いは、ジョーと工房の職人たちだ。彼らにもスマホで心電図と魔力量の上下を見てもらいながら、被験者に動いてもらう。
ドーム状の修練堂に入れば、中は依頼通り風景画が描かれていた。殺風景な白の背景より、少しは心が癒されるような気がする。
クリスくんは魔力量が多いタイプなので、ばんばん魔法を撃ってもらって少なくなってきたらストップ、という方法が上手くいった。
ジェシカちゃんはすぐに魔力が枯渇しそうになるのに魔法を撃とうとするので、それを止めて休ませて、という方法が良さそうだった。
そしてリンゼイさん。彼も魔法を使えるとかで、二人の少年少女に即発されて魔術を行使したいと言い出した。彼の魔力は水魔法。豊かな水を魔力で出す。
すると、一発でスマホに警告が出てしまった。
『警告、不規則な心拍 危険な兆候を検出しました。緊急事態であると感じた場合には、医療機関に行ってください』
私は慌てて止めた。
「大丈夫なの? 具合は悪くないかしら? 座って休んでちょうだい」
「自分では何も感じないし、痛みもないんだけどなあ」
彼は呑気なものだった。少し休んで水など飲んでいたが、すぐ立ち上がってうろうろしている。
しかも、もう一度魔法を使っても、同じ警告が出るか試してみたいとか言い出した。
「えっ、本当に大丈夫? 異変は無いのね?」
「元気なもんですよ。少しの異変でも教えてくれているのか、それとも何ともないか確かめさせてください」
ジョーたちと心電データを見ても、今は特に問題が無さそうだ。
「では、軽めの魔力を使ってください。痛みなどあれば、すぐに安静に」
「はい、では少し」
また水を魔力で出す。
すると、再び同じ警告が出た。
「どうかしら。身体に異変は無い?」
「うーん、今のところは特になんとも」
「でも念の為、今日はもう魔力は使わず、後は軽い運動で」
「はい」
って言ってるのに、少年少女が軽やかに走りだすと、彼も一緒に走り出してしまった。
ウォーキングでいいって言ってるのに。おじさんは若い子を見ると一緒に頑張りたくなるのか。
すぐにスマホに警告文が出る。
私は止めた。
「リンゼイさんは走るのを止めてちょうだい。こっちで詳しい検査をしてもらうわ」
職人のうち、データを担当する人が細かな数値まで見るべく、血圧も測ろうとした時だった。急にリンゼイさんが声をあげたのだ。
「あ」
「どうかした?」
「ちょっと背中が痛いかも」
「背中?」
何故背中。つったのかな? と思っていると、彼は静かに言った。
「いたたた、発作だ」
「発作?!」
「薬があるから、大丈夫です」
彼は首からぶら下げていたペンダントの中から丸薬を取り出し、それを口に入れた。
私は慌てて叫ぶ。
「誰か! お水を!」
「あ、舌下錠なんで水は要らないです」
普通に冷静にリンゼイさんは言っているが、他の人は全員慌てている。
「ちょっと! 大丈夫なの?!」
「もう治りました、大丈夫です」
自分で聞いといてなんだけど、大丈夫ではない!
「誰か! この方を病院に連れて行って!」
「大丈夫ですよ、軽い発作はすぐ治るから」
「貴方は自分の身体を軽く見すぎているわ! いいから病院へ!」
測らずとも、心電図の計測は正確だと一日で分かってしまった。
リンゼイ氏の心臓は特別な動きや運動は不可だと判断した。彼には、計測は続けてもらうがここにも来ず、ごく普段の生活を過ごしてもらう。そのデータは、職人さんがチェックする用のスマホに送られるから修練堂に来なくても大丈夫だ。勿論、報酬も予定通りに全額支払う。
それと同時に、修練堂にいる間は私のデータも計測することにした。
ジェシカと比較する為の、一般的な女性の心臓と魔力量を数値で取るのだ。
先ず、先に自分の心拍数と魔力量を一定時間測り、それを基本動作として動きの変化を計測する。
最初は普通だった。しかし、彼がやって来てしまったのだ。
「エリザベス、様子を見に来た」
「アランさま!」
瞬間、私の心拍数は跳ね上がった。
そして、アランさまが近付いてきて、挨拶代わりにそっと近付いて手の甲にキスをしてくれた。
その時にスマホに警告文が出た。
『警告、高い心拍数 普段より高心拍数になっています』
ジェシカちゃんがそれを見て笑って言う。
「面白~い」
クッ、子供に笑われている。
「大人をからかうものじゃないのよ」
「エリザベスさまは、この方の恋人なんですか?」
「っ、えっと、結婚の約束をしているわ」
婚約はまだ出来ていないから、何とも言い方が難しい。
すると、アランさまがきっぱりと言った。
「そうだ。恋人であり、求婚者でもある」
こっ、恋人~!
私たち、恋人同士だったの!
もう心拍数は大変なことになっている。
マドレーヌが心配して、咳ばらいをして、私たちを引き離すまでスマホの警告文は出まくっていた。
アランさまはジョーたち職人と一緒に、術式や魔道具についてあれこれ話して調整していた。私には難しすぎてよく分からなかった。
そして本日の試験が一通り終わり、解散となった。
帰り、クリスくんが深々と頭を下げて挨拶してくれた。
「今日はありがとうございました。明日以降も、引き続きよろしくお願いいたします」
「ええ。そんなに畏まらなくても、大丈夫よ。貴方の数値を計測しているけれど、その数値によって雇用を止めたりなんてしないから」
それを聞くと、クリスくんはホッとしたように表情を緩めた。
「良かった。ありがとうございます!」
「今日は魔術をたくさん行使したから、ゆっくり過ごしてね」
ジェシカちゃんもニコッと笑ってくれた。
「エリザベスさま、ありがとうございました。またお会いできるのを楽しみにしております」
「ふふ、しっかりしているのね。えらいわ」
ツンだと思っていた美少女が微笑みかけてくれたら、とても嬉しい。
二人を見送った後、アランさまとひと時の語らいが出来た。
ちょっと歩きましょうか、と言って修練堂がある敷地内の、奥の方に向かって散策しながらお話する。
「アランさま、お忙しいのに来ていただいてありがとうございます」
「すぐ近くに居たからな。顔だけは見たかった」
そうやって、髪を撫でてくれた。
ひゃー! ご褒美、ありがとうございます。
「アランさま、お屋敷内のごたごたは変わらずですか」
「ああ、すまない。私の管理能力が無いばかりに」
「そんなことはありません。屋敷の中のことは使用人がするものです。管理すべき上級使用人に任命能力が無いのでしょう」
「では私も任命能力が無いということだな」
「アランさま、も~。そうじゃなくてですね。まあ、これからのことを考えていきましょう」
私がフォローを諦めこれからのことを見据えると、彼はふっと仄かに笑った。
笑顔~! ありがとうございます!
「そうやって、前向きで明るいエリザベスだから、私は貴女を思う度に心が温かくなるんだ」
「わぁ。嬉しいです」
「屋敷の中のことも中途半端だが、すぐに王宮に戻らなければいけない。通常の業務も滞っている状態だ。各地方への訪問もずっと先延ばしにしていて、いつかは行かなければいけないが……、今は王都に居たい」
「そんな時に、色々頼んでしまってごめんなさい」
アランさまは王国中の魔術関係をあれもこれも頼まれる立場なのだ。
私が、今回魔道具の監修を頼んだように。
でも、忙しい中を縫って私と会ってくれる。それが嬉しい。
「構わない。また時間を作って、会いに行こう」
「はい! アランさま、お時間ある時におうちを見に行きましょうね」
「ああ、楽しみにしている」




