3.
屋敷に帰って、爺やに
「ここ三年ほどの、屋敷の中で起こった事故を全て教えてちょうだい」
と言えば、すぐに書類をまとめて教えてくれた。
公爵家の屋敷の中で起こったことは、全て記されているからだ。
その中には、洗濯物をたくさん持った使用人が階段から転がり落ちた、なんて事故もあった。
でも、件数はそこまで多くない。労災が少ない勤務先で何より。
私は何件か報告書を写真に撮って、アランさまのスマホに送っておいた。
そして、事故は大体が使用人棟で起こっており、本館では起こっても厨房が多く、応接室や屋敷内の中央階段などでは事故はここ数年無いと報告した。
規模が大きな公爵家でもこの程度なのだ。アランさまのお屋敷の事故率が高ければ、何か調査をしてくれるかもしれない、と思ったのだが。
『すまない。そもそも、誰も何も記録していないようだ』
やっぱり機能不全だ。
私は、新しい家では事故がないよう過ごしましょうね、と返事をするに留めた。
さて、その新しい家だが、私には頼れる業者がサンポウ商会のロナルドしか居ない。
軽く打診してみたら、会って詳細を尋ねたいとのことなので、まず私とアランさまの擦り合わせから始めることにした。
しばらく、アランさまはお仕事が忙しい上にスマートウォッチの術式に修練堂の建設監修まで頼んでいるので、会うのは少し先になってしまった。
そこで、スマホメッセージで家の希望だけ聞いておく。
『アランさま、家のことですが。二人で住むなら、アランさまの書斎部屋、私の支度部屋、二人の寝室、あとダイニングとキッチン、バストイレ、くらいでしょうか。他に必要なお部屋や、欲しい部屋があれば教えてください』
『温室で、お茶を飲める場所が欲しい。二人で温室で語りながら過ごす時間が好きなんだ』
あーーー! アランさまがデレてるー!
もう、ほんと、好きっ!
小さなおうちのつもりだけど、庭と小さく囲われたガーデンテラスくらいはあって良いかな。
よし、これくらいの規模のお部屋を希望しよう。
そして屋敷の応接室に呼んだロナルドを見た時、私はまず第一声で呟いてしまった。
「……誰?」
「ははは、何をおっしゃいます、エリザベスさま。貴女の御用達、サンポウ商会の会長、ロナルドでございますよ」
「うさんくさ……いえ、髭を剃ったのね」
前のロナルドは、髭がもじゃもじゃして顔の下半分がほとんど見えていなかった。髪はミルクティのような薄い茶色なのに、髭は黒っぽくなるんだなと少し不思議だった。
ロナルドは髭があると、瞳が笑みの形に弧を描いて優しそうなおじさんに見えていた。
しかし、髭を剃ってしまえば思いのほか若く見える。そして笑顔が嘘っぽいのだ。
かなり胡散臭い雰囲気を醸し出している。
「酷いなあ。領地で実績をあげたから、年齢を誤魔化さず王都で勝負しようと思ったんですが、お気に召しませんでしたか」
「何なのかしらね? 今の貴方には商売のお金を預けても大丈夫なのかと疑う気持ちが出てくるんだけれど」
思わず背後にいるマドレーヌの方を向いて、確認すると彼女もこくりと頷いていた。
ほら、やっぱりみんなそう思うんじゃん。
「以前と同じく、信頼をお願いいたします」
「そうね、領地で大成功して堂々の帰還だものね」
「いいえ、まだまだこれからです。スマホ用の店舗も今、建設中です」
「そうね、頼りにしているわ。それで、家の要望なんだけれど」
私は二人で住む小さな家を探していると言って考えた間取りを述べると、ロナルドはあっさり却下した。
「それではエリザベスさまが住むお屋敷に相応しくありません。護衛の方はどうするんですか」
「あー。通いにするとか……」
「使用人棟が必要ですね。侍女だって下級使用人だって必要ですし」
「自分のことは自分でするように……」
「それと家令。やはり屋敷を差配する男性の上級使用人が居なければ、中が荒れます」
「あー……」
それはアランさまのお屋敷で見た通りだから、反論出来ない。
「そして馬小屋。馬車も必要ですから、御者に世話係。庭と温室があるなら、庭師だって必要でしょう。全員通いで近所に住まわせるのは非効率的です」
「そんなに揃えたら、結構な規模のお屋敷じゃない。私は本当に二人だけで住む、小さなおうちを希望しているんだけれど」
「出来るだけはこじんまりとしたお屋敷にします。けれど、安全性も考えて、あまり屋敷にすぐ入って来れるような小さな土地はいけません」
「そっか~……」
いきなりの計画とん挫である。
私のイメージとしては、新婚生活をマンションで過ごすような、そういう狭いながらも楽しい我が家だったのに。
エリザベスの身分では難しいか。それに、いくら魔法があっても前世の便利な都心のマンション暮らしのようにはいかない。
そして、新しくイチから土地を探して建てるか、既にあるお屋敷をリフォームするかを尋ねられる。
「こちらの、もと男爵家のお屋敷だった建物は比較的新しく、手入れもさほど必要なさそうです」
「前の持ち主は、どうしてこのお屋敷を売却されたの?」
「元々、一代男爵だった方が建てた物件です。爵位を返上すると同時に売って、王都から離れて隠居されたそうです」
「なるほど。じゃあ一度、見てみようかしら」
「是非に」
すぐ見学出来るとのことなので、マドレーヌとロナルドの三人で馬車に乗って出向く。
王都の少し外れだけれど、閑静なお屋敷街でとても良い環境だった。
屋敷の中も、確かに新しくて過ごしやすそうだ。
「そうね、温室が無いから新しく建てることになるけれど、それ以外は少し内装を綺麗にするだけですぐ住めそうね」
「はい。使用人棟もありますし、騎士の方用のお部屋も十分あります。良かったですね」
マドレーヌにそんな軽口を叩くなんて、と思ったが彼女は真剣な様子で頷いている。
そして、マドレーヌは私に向かって言った。
「エリザベスさま、新居では護衛を置かれないつもりなのかと焦りました。その、エリザベスさまが結婚されても、私はお傍に置いていただけますか……?」
「あっ、マドレーヌ来てくれるの?! 良かった~。マドレーヌって公爵家の、お父さまが雇っている騎士でしょう。私が公爵家から出てしまえばどうなるのかと思っていたのよ」
「それでは! 是非、お供させてください」
マドレーヌの顔がパッと明るくなった。
えー、嬉しい。
マドレーヌって、私に付いてきてくれるんだ。
「うふふ、これからもよろしくね」
「ハ!」
「では、この屋敷をお買い上げということで」
ロナルドの言葉に流石に焦って止める。
「ちょっと、まだよ。先にアランさまにも見て頂かなきゃいけないでしょ!」
「はい、勿論でございます」
ロナルドの口車に乗せられて、すぐ買いそうになってしまった。これだから商人は油断ならない。
もう一つの関りがあるリーシャ商会も、うちの公爵家御用達になって更にぶいぶい言わせているらしい。あまり欲しいものがないから買い物もしていないけど。
「そういえば、ロナルド。あのルビー、まだ加工せず預かっているわよ。いつか買い戻すなら、持っているから」
ロナルドが最後の種銭を得る度に、ご両親の形見でもある無加工ルビーを売ってくれたが、特に使うあてもないので放置しているのである。
すると、彼は言った。
「いいえ。あれは是非、エリザベスさまがお使いください」
「私の赤い髪に赤いルビーじゃ、くどくならないかしら。前は平気で赤いドレスでも着ていたけれど……」
「蒼い髪に青の瞳の殿方に、ご自身の色の宝石を贈られるのも良いと思いますよ」
「そうかしら。あれだけの大きさだと、ブローチとか、ループタイの石とか?」
「ようございます。さっそく、宝石職人を招きましょう」
やっぱり口車に乗せられて買い物をすることになってしまった。




