3.
帰りの馬車で、アランさまはじっと私を見つめて言った。
「私はエリザベスが好きで、貴女の愛だけが欲しい。貴女もまだ、同じ気持ちだろうか」
「えっ、急にどうしたんですか、アランさま。勿論そうですけど」
私が尋ねると、彼はキツい眼差しを向けた。
「嫉妬すれば、気持ちを確かめ合うと良いと言ったのはエリザベスだろう」
「言いましたね。え、嫉妬したんですか? 今日、嫉妬する要素ありましたっけ」
本当に分からなくて聞くと、彼は低い声で告げた。
「私には分かった。あのジョーと呼ばれた職人が、しおりをつくった男だと」
「あー。そうですね、そういえばしおりを貰いましたね」
その時にアランさまは、しおりを作った人物がただならぬ想いを持っていてどうこう、みたいな話をしていたっけ。
私はアランさまが嫉妬してくれたことが嬉しくて、その辺りをちゃんと考えていなかったけど。
しかし、アランさまには大ごとだったらしい。
「やはりか。あの男は、貴女に懸想しているから十分に気を付けてほしい」
「ジョーがですか? 本当にそんな感じではないんですけど。ただの職人と依頼人の関係ですよ。それを言ったら、親方とジョーの方が仲良しだし。あっ、でもアランさまが嫌な気持ちになるなら気を付けます。とは言っても、本当に仕事の話以外はしていないです」
「そうか。私が勝手に不安になっているだけなんだな」
「私にはアランさまだけですから! 心配しないでくださいね」
そっと手を握ると、マドレーヌの咳払いがさく裂した。
「オッホン! オホン!」
もー、手を握っただけで大袈裟なんだから。
私は渋々、手を離した。
「はいはい、もう……」
すると、マドレーヌは珍しく口を開いた。いつも、求められた時しか話さない無口な護衛なのに。
「発言してもよろしいでしょうか」
「どうしたの?」
「僭越ながら申し上げます。エリザベスさまは、職人と雇用主という関係を一切崩さず、私的な関係を一切仄めかさない良き雇い主でいらっしゃいます」
「そうよね!」
ありがとう、マドレーヌ。優しい。
私が感動していると、彼女はアランさまにキッと鋭い視線を向けて続けた。
「それなのに、どうして屋敷に他の女性を住まわせている殿方に責められなければいけないのでしょう」
アランさまもマドレーヌを睨みつけた。
「一緒に住んでいるわけではない。彼女の身体の為に、屋敷の仕掛けが必要なだけだ」
「そのせいで、お嬢さまがどのように世間で謗られ、批判に晒されているか。本当にお嬢さまを愛しているならば、貴方が矢面に立ちお嬢さまへの批判を許さないようして頂きたい!」
「待って、待って。マドレーヌ。それは、先にアランさまがソフィアさんを屋敷に住まわせているところに、私が割り込んだ形なのだから。すぐにどうこうすることも難しいし、今は魔力暴発を防ぐ仕組み作りをするのが良いと思うわ」
「はい」
「魔力が計測出来て、落ち着くようになったらソフィアさんの具合も良くなると思うしね」
すると、アランさまはとんでもないことを言い出した。
「何故、ソフィアと私の関係がこのように取り沙汰されるのか、理解が出来ない。私はただの後見人で、それもあと数年の話だ」
「ほんと、どうしてなんでしょうね……」
「では、はっきりさせれば良いのか。よし、エリザベス」
「はい」
「私の屋敷に一緒に行こう。そこで、ソフィアとは何とも無いと分かってもらおう。ソフィアにも、エリザベスを紹介したい。将来の伴侶として」
「えっ! ええぇっ! そんな、大丈夫なんですか?」
私的には、アランさまを取り合う二人の女を合わせるなんて混ぜるな危険、犬と猿を同じ檻に閉じ込めるようなものだと思ってるんだけど?!
気軽に合わせて良い筈がない。大事故の予感ですよ。
なのに、アランさまは何も分かっておらず疑問を口にした。
「大丈夫か、とは?」
「え、だって。ソフィアさんって、アランさまをお好きで十歳やそこらで求婚されたんでしょう?」
すると、アランさまは『何を言ってるんだ?』というような、不思議そうな表情をした。
「それは家を存続させる方便の、一案として言っただけだ」
「いや~、十歳とはいえ女は女ですよ。嫌な人なら結婚なんて言いません。絶対本当に結婚したいから言ったんですよ!」
「子供だぞ。私は小児性愛の気など一切無い」
アランさまはムッとしている様子だ。機嫌を損ねてしまったらしい。
「それは分かっています。けれど、ソフィアさんはアランさまのことを好きで、将来結婚したいから一緒に住んでいると感じています」
「それは違う。私はそのようなこと、考えたこともない。それにそんな風に勘繰る輩を軽蔑している」
「アランさまはそうでも、ソフィアさんの考えは違うと思うんですが、でもまあ、それでは直接お屋敷に伺って確かめたらいいですね……」
アランさまが益々怒った様子なので最後の方はトーンダウンしてフワッと着地させた。
明らかにムカついている様子のアランさまに、私は一応確認する。
「その、私が将来の結婚相手として登場したら、ソフィアさんはどういう反応をすると思われますか」
「驚くかもしれないが、祝福してくれるだろう。彼女は身体が弱いが、気立ての良い少女だ」
「そうなんですね! 祝福してくれると嬉しいですね」
でも、私は違う予感がします!
私はソフィアのことを、アランさまを狙って居座っている、長期戦中の厚かましい女と思ってるし!
大体、こんなにも新聞記事に、私が横恋慕して二人が純愛と書かれるのはソフィア側のリークがあるからでは、とさえ疑っている。それを正直に言ってしまうと、アランさまとの仲が拗れそうで何も言わないけど。
まあ当日、私が不利にならないよう気を付けよう。
ついに、アランさまの屋敷にお呼ばれする日がやって来た。
直接対決である。滅茶苦茶緊張する。
爺やとシーラも付き添いを申し出てくれたけど、たくさんの人数で押しかけて脅した、なんて後から言われそうなのでマドレーヌと二人だけにした。
「マドレーヌ、よろしくね。今日、何事も起こらなければいいんだけど。ちょっと、大丈夫ではない予感がするわ……」
「エリザベスさま。差し出がましい発言ですが、お許しください。やはりあの男は、良くないと思います」
「あぁ、ソフィアのことを頑なに認めないものね……」
私はてっきり、ソフィアと自分には何もないと信じ込んでいて厄介だという話なのかと思ったが、彼女は首を横に振った。
「いいえ、その話ではありません。指輪に、術式を組み込むことがおかしいのです」
「あら。やっぱり、普通は贈り物の指輪にそんなのかけないのね」
薄々はそうだと思っていたけど、万が一、心配性な人はするのかな、と思わなくもなかった。
前世で言えば、スマホの位置情報を常に探るような感じだろうか。普通の彼氏にされたら怖い。でも、アランさまだったらまあいいかな、と思ってしまうのだ。
マドレーヌは頷いて続けた。
「そのようです。私も男女の機微には疎いので、そんなものなのかと考えていました。しかし、朋輩に尋ねたところ、そのような行為は束縛が激しく普通は行わないそうです。あ、勿論エリザベスさまのこととは話しておりませんので、ご安心ください」
「それ、友達の話なんだけど~って相談して絶対バレるやつでしょ!」
「いいえ。例えば、私が好意を抱く人にそのような指輪を贈るのはどうだろうという、仮定の話にしておりますので大丈夫です」
絶対大丈夫じゃない。
私がそんな奇行をして、マドレーヌが相談しに来たと思われてるでしょ!
「はー、まあいいわ。アランさまの指輪は普通じゃないようだけど、私は嬉しかったもの。でも今度から、他人に私のことを相談しないで。私だと明言しなくても、貴女の周囲にいつもいるのは私なんだから、想像付くでしょ」
「ハ! 大変、申し訳ございませんでした!」
「いいのよ。マドレーヌが心配してくれているのも分かるもの。そして、アランさまも。きっと、アランさまは今まで親しい女性も居なかったから、お付き合いの距離も分からず、どうして良いのか手探りなのよ。本当に嫌なら、私もお断りするから大丈夫よ」
「エリザベスさま、なんと健気な。おいたわしい……」
「やあね。私は幸せよ」
しかしマドレーヌは、心配そうに私を見つめているのだった。




