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2.


 ランベール殿下はこの国の第一王子であり現在十九歳。私たち兄弟の従兄弟であらせられる。

 私の父と国王陛下は仲の良い兄弟なので、恐れ多くも幼い頃より交流を持たせて頂いていた。

 そして記憶を失う前の私にとっては、天敵とも言えるお方であった。

 何せ、エリザベスより我儘で意地悪で、いじめてくる。

 何度も泣かされ


『ランベールなんか大っ嫌い! あっちに行ってよバカァ!』


 と叫んでいた。

 よく不敬で罰せられなかったものだ。

 そもそも、殿下と対等の立場に居るかのような振る舞いがおこがましい。

 それなのに呼び捨てで呼ぶし悪態はつくし、何かと張り合うのだ。


 周囲の大人たちは、そんなエリザベスの態度を微笑ましいとしていて誰も咎めなかった。

 ランベール殿下は、王宮では立派に振舞い施政者としての態度をきちんと取っている。たまに遊びに来るこの屋敷でだけ、横暴に振舞っているのは息抜きか、それとも被っている猫を脱ぎ捨てているのか。

 とにかく、リフレッシュの一環として此方に来られているのであろう。


 一方のエリザベスは、家でも王宮でもいつも一緒の傍若無人ぶりである。

 もう十八歳にもなるんだから、いい加減大人になれよ。

 はあ、と今までの言動を顧みての溜息を吐くと、ずかずかと部屋に入ってベッドまで近付いてきたランベール殿下は無遠慮に私に手を伸ばし頭をぐりぐりした。


「頭が割れてるのかと思ったが、そう酷い怪我でもなさそうだな!」


 こっちはこっちで有り得ないんだが?!

 階段落ちしたけが人の頭を無遠慮に触れるとか。いや、それ以前にお年頃の女性がネグリジェでベッドで寝てるのに普通に近付いてるし。勝手に部屋に入ってるし!

 以前までの私は、そういうのを気にしなかったんだろう。

 頭を触られたことに怒って


『いったーい! ちょっとランベール、触んないでよ!』


 くらいの言い分だ。

 しかし今の私は苦言を呈したい。


「……殿下、勝手に部屋に入ってこないでください。触れるのもおやめください。いくら従兄弟とはいえ、幼い頃とは違うのです」

「は? エリーのくせに何言ってんだ? 俺は気にしない」


 今までの関係性からすると、彼の方が正しい言い分なのだろう。私が急に人が変わった態度になっただけで。

 しかし、今までがおかしかったのだ。

 私は扉の外にいるであろう次兄に声をかけた。


「ユリアンお兄さま、殿下をお連れして頂けますか」


 思った通り、静かに年子の兄であるユリアンお兄さまが入ってきて皮肉気に歪めた口を開いた。


「エリザベス、頭を打っておかしくなったのか? お前がまともなことを言っているとはな」

「……頭痛があって、静かに過ごしたいのです」


 すかさずランベール殿下が口を挟む。


「俺は気にしないぞ!」


 こっちが嫌なんだよ!

 頭痛はまんざら嘘でもなく、こめかみを指先でさする。

 その様子を見下ろしている二人は、よく似た容姿をしていた。

 王家によく現れる金色の輝く髪に、エメラルドグリーンの瞳。どちらも美しい青年だ。

 殿下の方は傲岸な笑みを浮かべ、お兄さまの方は皮肉げな笑みだが。


 ユリアンお兄さまは同い年であるランベール殿下の従者として、普段は宮中内で暮らしている。実家にはたまに帰る程度だ。

 おそらく、私が怪我をしたと聞いて大騒ぎしたお父さまかお母さまがユリアンお兄さまにも連絡をし、渋々帰宅することにしたお兄さまにランベール殿下が付いて来て一緒にここまでやって来たのだろう。


 ユリアンお兄さまは私に思う所があるので、一歩引いて斜めに構えて家族を眺めている。ランベール殿下はストレス発散の為に私をいじめたいので、ユリアンお兄さまはそれを黙認している形なのだろう。


 私は二人を無視して、上掛けを頭まで被って丸くなった。

 なんと、ランベール殿下は上掛けをバサーっと捲って取り上げてまで話しかけてきた。

 ほんと、有り得ないんだけど!


「なあ。今市井の噂では、お前とアランのことが評判らしいな。アランと少女の間を邪魔する恋敵だとか」

「………………」


 市井の噂、早いな?!

 今日会ったばかりでもう評判になっているのか。

 それだったらアランさまはロリコン確定だ。いや、この世界では別にロリコンではないのかもしれないが、十歳も下の少女を囲い込んで育つのを待ってるなんて、光源氏か。ソフィア嬢には選択の自由はあるのかと心配になる。


 まあ私が心配することでもないのだが。

 今後はあの二人に近寄らんとこ、と決心する。

 そして黙って目を瞑ってランベール殿下をやり過ごす。

 早くどっか行ってくれ、と思っているがなかなか去らないし


「なあなあ、アランは何と言っていた? アランの令嬢には会ったのか?」


 などと私の髪を引っ張りながら永遠に話しかけてくる。

 無遠慮すぎるだろ。

 私に人権はないのか?

 早くどこかに行ってくれ~!

 そう思っていると救世主はやって来た。


「エリー! 私の可愛いエリザベス! 大丈夫かい?」


 やった! 助かった。

 私は安堵しながら起き上がって父に訴えた。


「お父さま! この二人を早く追い出してください! この屋敷から!!」


 入ってきたのは私に激甘の、何でも言うことを聞いてくれる父親だった。

 エリザベスはいつも


『パパ♡ パパ♡』


 と甘えまくって願いの全てを叶えさせていた。

 ナイスミドルなイケメンおじさんである父は、心配そうに私を見つめた。


「可愛いエリー、体は無事か? 辛いところはないかい?」

「少し頭痛がするのです。だから休みたいと言っているのに、この二人が……」


 二人を追い出すべく言葉を続けようとしたが、父から冷え冷えとした空気が流れてくるのに驚いて黙る。

 いつも温和で優しい父が、冷徹な政治家の瞳をしていた。


「そうか、あの若造がエリーに怪我をさせたのか。私の可愛い、大切なエリザベスに、なんという振る舞いだ。許せない。早急に魔術伯の身分を奪ってやろう」

「……!」


 そうきたか。

 父は娘が可愛すぎて、怪我は自業自得なのにアランさまのせいにして八つ当たりをしようとしているのだ。

 ヤバい、なんとか取り成さないと。

 そう焦った時に待ったをかけたのはランベール殿下だった。


「待て、フィリップ。あいつは百年に一度の才と呼び名が高い天才魔術師だ。いきなり身分はく奪など、余程の事が無い限り不可能だ」

「ハ、ランベール殿下」


 おお! いつも態度が悪い王子といえど、きちんと政治的なことと国益を考えてくれている。私は期待を込めて殿下を見つめた。

 しかし彼は傲慢な調子で続けた。


「先ずは辺境に追いやり、あらゆる手段でじわじわと権力をそぎ落とす。王国内の居場所を徹底的に無くせば、この国にしがらみも無い奴のことだ。すぐどこへなりとも去るだろう」

「なるほど、流石殿下。こちらから追い出すのではなく、向こうから出て行くよう仕向けるのですね」


 おい、百年に一度の天才を私怨で国から追い出そうとするな。

 私はたまりかねて大きな声を出した。


「もー! お父さま! ランベール殿下! やめてくださいっ!」


 アニメようなの甲高い声が部屋に響き、ランベール殿下は可笑しそうに笑ったのだった。


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