3.
咎める口調に、私は平謝りするしかない。
「すいません、本当に。以前の私はどうかしていたようで……」
「……この際、私のことを明かしておこう。私は幼い頃、魔力の制御がまるで出来ずに、何度も暴発事故を起こした。そして両親に捨てられた。魔力を持った、見目が良い子供が望まれる場所……、違法な場所に売られたのだ」
「そんな……」
まさか、アランさまにそんな過去があったとは。
なんとなく、アランさまは昔から才能があって魔法が上手で、良い人生を送って今の暮らしをしているというイメージしかなかった。
彼は忌々しげに過去を吐き捨てていく。
「そこでは、口に出せないほどの酷い扱いを受けた。しかし幸運にも、その場所が摘発され、私たちは解放されることになった。戻れる場所がある者は戻れたが、私にはなかった。そんな時にたまたま、私に手を差し伸べてくれる人物が居た。ヘニング・ホルト侯。ヴァランシ公国の貴人。そして、ソフィアの父君だ」
「……!」
そこに繋がってくるのか!
私は初めて聞くことに驚くばかりだった。
ほんと、エリザベスは好きな人のこともうちょっと調べるとかした方がいいと思う。
私も何も考えてなかったけれど。
私もエリザベスも、結局は自分の気持ちを押し付けることばかり考えて、アランさまの背景を知ろうともしていなかったのだ。
「ヴァランシ公国は、この国ほど魔術への忌避感もない。既にこの国になんの未練もなかった私は、すぐに公国へと移住した」
「…………」
確か、ランベールがそのようなことを言っていたのを聞いたことがある。アランさまはこの国にしがらみがないからすぐどこかに行きそうだって。
その時、ちゃんと聞いておけば良かった。
後悔しながら黙って聞き続ける。
「ホルト候の元で、私は初めて魔力の流れを学び、抑えることが出来た。普通の暮らしというものが初めて出来るようになった。ホルト候の家系でも、魔力暴発する人物が多数居た。その為、私にも学ばせたのだ。ソフィアやその後に生まれてくるであろう子が不安定になった時に、師となる為に」
「でも、公国からこちらに戻られたのですね」
続きが知りたくて、そう話を振る。
アランさまは頷いて続けた。
「ホルト候と奥方は事故で突然亡くなり、後を継ぐのも遠縁の者だけとなった。そのストレスか、今まで順調だったソフィアの魔力が急に暴発するようになったのだ。それに伴い、彼女の体力も急激に減ってしまった。ソフィアは私と婚姻関係を結び、候の跡を継いで欲しいと頼んできたが、その時彼女はまだ十歳だった。そんなこと、出来るわけがない」
「……!」
アランさまは、ロリコンではなかった。
そう思い当たるだけで、ドキドキしてしまう。
私は黙って拝聴し、彼の言葉を待った。
「しかし、天涯孤独となったソフィアをどうにか守って、成人した際に家を継げるようにしたい。そこで目を付けたのが、この王国の魔術伯という身分だ。これならば、生まれは関係なく完全なる実力でなることが出来る。私は王国の国籍を持っていたしな。それで魔術伯となって身分を確立し、そしてソフィアの後見人となって公国にあるホルト候の屋敷を維持している」
それで魔術伯となって、と簡単に言うがこの国に五人しか居ないものにあっさりなれるのが凄い。
物凄い実力があって、なれると分かってから挑戦したのだろう。
逆に、なれると知っていても、特に興味はなくてソフィアの件が無かったらならなかったのだろう。それくらい、彼は故国である王国に興味がない。
「それほどの実力をお持ちなのが、すごいことだと思います」
「……この王国の魔術伯となった以上、こちらに住まなければいけないが、ソフィアももうすぐ成人。数年以内には魔力も落ち着き、彼女を公国に返すことが出来るだろう」
「そうだったのですね。私、誤解していました」
「誤解……?」
「私とアランさまの件が、新聞記事で面白おかしく書かれているのをご存じですか?」
「いいや、知らないが」
アランさまは、私以上に世間知らずだった。
私は少し笑ってしまいながら口を開いた。
「アランさまとソフィアさんは恋仲で、私はその仲を引き裂く悪の令嬢、らしいですわ」
「馬鹿な。大恩ある方の令嬢だ。大切に守り、お返しするまで指一本触れはしない」
「二人が一緒に住んでいる屋敷に、私が押し掛けたからそんな話になっていまいました。ごめんなさい」
すると、彼は「うん?」と少し引っかかった様子を見せた。
「特に、一緒に住んでいるわけではない」
「え……」
「確かにあの屋敷は私のもので、彼女が住んでいるが数日おきに顔を見に行く程度だ。あの屋敷に魔力量に関する仕掛けがあるので、ソフィアにはそこから離れないようにしてもらっている」
「えっと。じゃあアランさまは別にお住まいがあるのですか」
「魔術伯が与えられている部屋が宮中にある。そちらで事足りているし便利なので、そこに住んでいる。もちろん、屋敷にも泊まったりそこで過ごすことはあるが。住んでいると言えるのは宮中の部屋の方だろう」
「そっ! そう、だったんですね……! 教えてくださって、ありがとうございます」
本当に、噂に踊らされてしまった。まさか一緒に住んでないとは!
ソフィアとは、何ともないんだ。
あくまでも恩人の娘で、自分がどうこうしようとはしてないんだ。
でもアランさまの方がそうでも、ソフィアはまた違った意見かもしれない。
女の直感だ。あの時。階段から落ちた私を見つめるソフィアの瞳。怯えた演技の中に、冷酷に排除しようとするものがあったような気がしたのだ。
でもアランさまはその気はないと言う。
新事実に呆然としていると、シーラが二度目のお茶のお代わりを持ってきた。
なんと、もう二時間経っている。
そろそろ、お開きにする時間だろう。
本当は、このまま仲良くなりたい。もっとお話をしたい。
私のことを好きになってほしい。
でも、今回のお茶会はお見舞いの口実として開いたものだ。もう、彼を家に呼ぶ手立てはない。
そして、この思い出を抱えたままずっと生きる覚悟もない。
私は、今、告白をして自分の想いにケリをつけなければいけない。
二人でお茶を飲んで、ホッと一息吐いてから口火を切った。
「今日は来てくださって、本当にありがとうございました」
「ああ」
「私、アランさまに告白をしようとお呼び立てしたのです」
「何の告白だろうか」
なんと、アランさまは分かっていない。
私の好意が分かっていないのだろうか? もしくは分かっていても、告白と結びつかない?
アランさまには、あまり人の心の機微が分からないのかもしれない。これは、ハッキリ直接的に言った方がいいだろう。
「勿論、愛の告白です」
「は……?」
「私、アランさまが大好きです。お慕いしております。理知的で厳格で、強い魔法の力をお持ちなのに決して奢らない、その美しい姿勢が好きです」
「…………」
「アランさまと、結婚したいです」
アランさまはたまりかねた様子で口を挟んだ。
「さっきの私の過去を聞いていなかったのか? 私は貴女と結婚出来る出自ではない」
「聞いた上で、告白しています。もし、私と結婚すれば、アランさまの抱える問題をすべて解決出来るようにします。財も権力も、使えるものは使うのでアランさまも使ってくださって大丈夫です」
「そういう問題ではない。結婚など。私は絶対にしたくない。私のような子を生み出すような真似はしない」
アランさまは、幼少期のつらい記憶から誰とも結婚せず子供を作らず人生を過ごすと、決めているようだ。
でも、私も言い募る。
「もし子供が出来て、魔力を暴発させても、それを抑えるように全力を尽くします。どんな手段を使っても、子供を守ります。売るなんて、絶対にしません」
「簡単に言うな! 魔力の暴発がどんなものかも知らないくせに!」
「でも、どうにかして抑えるよう調べたり研究開発したり、何とかします。私一人じゃ出来ないけれど、私は恵まれた環境なので、頼れば協力してくれる人がたくさん居るんですよ」
「……何故、そんなに私と結婚したいんだ」
その疑問はごもっともだ。
私にもよく分からないが、DNAが求めているとしか思えない。けれど、今そんな概念を持ち出しても話がややこしくなるだけだ。
「……私の魂が、アランさまを求めているように思えます」
「魂とは、また大層な話だ」
「自分でも、止められないんです。もう諦めようと思いました。物理的に距離を置けば忘れて、この気持ちも失くせると考えて実行しました。でも会ってしまえば……、姿をお見掛けすると、もう駄目なんです」
「…………」
「アランさまに近付きたい、隣に居たい、アランさまの瞳に私を映してほしい、そう浅ましく願ってしまうのです。でも、結局は、好意を押し付けているだけだとも分かっています」
言いながら、涙を零しそうになって必死に堪える。
彼からは嫌悪の気持ちが感じられていた。
眉をひそめ、嫌がられている。
相手が嫌がっているのに、これで終わりにせず、私は自分にとどめを刺してもらおうとしているのだ。
振られるという行為を望むのも、相手からすれば究極のエゴなんだと初めて知った。
彼はきっぱりと言った。
「貴女の気持ちには応えられない」
「応えなくて、大丈夫です。私の強い気持ちを、一方的に贈っているのは分かっています。ただ、私がアランさまを好きなのだと、分かってほしいです」
「拒否する」
アランさまの言葉は簡潔だった。
もう、何を言おうがどう行動しようか、彼からの好意は無いのだ。涙が溢れ出てきて、震える唇で返事をする。
「……はい」
立ち上がって、今日来てもらったお礼とお見送りの言葉を言わなければ、と思う。けれど、立っただけですぐには声が出なかった。
彼も椅子から立ち上がる。視界がぼやけているけれど、アランさまがこちらを向いているのは分かる。
そして、アランさまは彼の想いを教えてくれた。
「さっきも言ったが、私は結婚するつもりはない。私の容姿を好み、性的なことを期待する人物を嫌悪している。好意を向けられ、気持ちを返せと要求されるのも迷惑だった。好意をただ受け取るだけでいいと言われるのも嫌だと今日分かった。この顔を抉り、傷を治さないまま暮らす方が良いのかもしれないな」
私のせいで、アランさまを追い詰めてしまった。
本当に申し訳なくて、頭を深々と下げる。涙が足元にぽたぽたと落ちたのが分かった。
「ごめんなさい。本当に申し訳ありませんでした。もう二度と、無理やり会おうとしませんから、そのようなことはおっしゃらないでください」
「……失礼する」
「今日は来てくださって……っ、ありがとう、ございました……っ」
もう話せるのはこれが最後なんだ。
頭を上げて彼の顔を見つめようとするけど、やっぱりよく見えなかった。
シーラが先導して、アランさまを送っていくのがぼやけた視界の中で分かる。
すぐにマドレーヌが駆けつけてくれた。ハンカチで私の頬をそっと拭いて、相変わらずおろおろしながら声をかけてくれた。
「エリザベスさま、ご立派でした。ちゃんと、告白をされていましたよ」
「うん……」
「エリザベスさま。あの店主が、傷ついてもまた新しい男で癒せばいいと言っていました。今は私しか居りませんので、一先ず私の胸で泣いてください」
何それ、と思ったが不器用で口下手な彼女が一生懸命に慰めてくれているのだ。
そっと抱き寄せられ、彼女の肩口に顔をつける。
背中をぽんぽんと宥めるように叩かれ、私はえっぐえっぐと引くほど泣いた。
「うぅ、うぇーん……」
よしよしと背中の髪を撫でられる。泣き止むまで、マドレーヌは胸を貸してくれたのだった。




