1.
王都の裏通りにある、奥まった路地に面した一軒のお店。開いているか開いていないかも分からない怪しげな雰囲気のお店が、ヴィンス呪術店だった。
私はマドレーヌと二人でその店に入った。先に連絡を入れたり予約なんかはしなかった。これで駄目だったら縁がないと諦める気持ちだった。
「お邪魔するわ。どなたかいらっしゃるかしら」
「こっちだ」
奥から、若い男性の声がした。
呪術店というからには、お婆さん魔女とかお年寄りのイメージがあったけど、そうでも無いらしい。
私とマドレーヌは奥に向かう。
すると、薄暗い部屋の奥にソファセットがあり、だらしない姿勢でソファにもたれて座っている人物が居た。
「おいおいおい、かなりの大物登場じゃねぇか」
フードを被って、怪しい占い師のようなイメージだ。
「貴方が店長かしら」
「ああ。ヴィンスと呼んでくれ。エリザベス・セントリム公爵令嬢」
「私のこと、知っているのね」
「ああ、有名だからな。アラン・バーテルス魔術伯の心でも欲しくなったのか」
マドレーヌが腰の剣に手をかけた。これ以上失礼な言動をすれば斬るという殺気を感じる。
私は、マドレーヌに小さく「大丈夫だから」と言ってからヴィンスに向き合った。
彼はテーブルを挟んで向かい側のソファに座るよう薦めてくれたので、素直に座る。
近くで見ると、フードから灰色がかった青みある髪が覗いている。前世でいうブルーグレージュって色だろうか。切れ長のスッと吊り上がった瞳も水色と灰色が混じっていて危うい魅力がある。あのリーシャ商会のライナスとはまた違った色気があって、退廃的な雰囲気だ。
女を騙くらかして、お金を巻き上げるのなんか彼にかかれば簡単そうだ。
彼も身を起こし、こちらをじっと見つめて座っている。
お互いに値踏みをしている状態だ。最初に口火をきったのは私だった。
「私とアランさまのことは、そんなに有名なの」
「ああ、新聞にも載ってるし噂にもなってる。庶民の良い娯楽だな。最近はあまり聞かなかったが」
どうやらゴシップ紙の記事になって、芸能人の噂みたいにみんな好き勝手言ってるのだろう。そして最近、あまり聞かないというのは私がアランさまに会わずに魔道具開発に勤しんでいたからだ。
「それで、貴方は何が出来るの? おまじないか何かかしら」
「ああ。なんだって出来る。人の心を変えることだってな」
「では、魅了というものは存在するということかしら」
「実行するのはかなり高くつくがな」
そこで、私は頷いた。そして彼を見据えて口を開く。
「では、調べてほしいの。私に魅了がかかっていないかを」
「はぁ?」
「私、おかしいと思うの。こんなに噂になって、新聞に面白おかしく書かれてまでアランさまを追いかけまわすなんて普通じゃないでしょう。多分、魅了がかかってるんじゃないかしら」
「あー……」
「どうかしら」
ヴィンスはまただらしなくソファの背もたれにドサッともたれてしまった。
「かかってねぇよ」
「もっとちゃんと見て! 本当にかかってないの?」
「ねぇって。そもそも、魅了なんてそんな都合よく人の気持ちを変える魔法なんてねぇ」
「じゃあどうして、さっき出来るって言ったの」
「そういう商売だからに決まってんだろ! それっぽいことを言って、客を満足させて助言料として代金を貰う。うちはそういう商いなんだ」
まあ前世における占いも、そういう面はあった。本当に占いの能力がある人もいただろうけど、大体は悩み相談に対するアドバイスをもらって心を落ち着けるものだ。
だからといって、呪術店と名乗っているのにそんなの簡単には納得出来ない。私は食い下がった。
「だって、魔法が使えるんでしょう? だったら魅了だってありそうなのに」
「あのなぁ。精神攻撃の類の魔法だってあるが、他の心は一切そのままで好意を持つ相手だけ変えるなんて、そんなのあるわけねぇだろ。大体、精神攻撃の魔法を使うのも普通に犯罪だからな。やってたらとっくに捕まってるワ」
「じゃあどうして! 何故、私はこんなにアランさまが好きなの?」
「知るか。普通に好きなんだろ」
クッ……、わざわざ怪しい店に来てまで何とかしようとしたのに、答えが「普通に好き」とは。
でもせっかくここまで来たのだから、すぐには諦められない。
「でも。一時は会わないからほとんど忘れていたのに、姿を見た瞬間また駄目になってしまったのよ。こんなの、絶対おかしいもの」
「あー。それはちゃんと区切りを付けてねぇから、ぶり返したんだろうな」
「ぶり返し。じゃあ、この気持ちを消したままにすることは出来るの?」
「出来る」
「どうすればいいの?!」
すると、彼は再び起き上がりスッと用紙をテーブルの隅から真ん中に動かした。料金表だ。
「ここからは有料相談だ」
「……一番高いのを払うわ」
「毎度あり~。んじゃ、聞くが。お嬢さまは会わずに時間を置いたが、一度会ってしまえば無駄だったってことだな」
「そうよ」
一気に機嫌が良くなった様子で、彼は饒舌に語りだした。
「ちゃんと告白して、気持ちに区切りを付けることが大切だ。そうじゃないと、いつまでも思いが残って不完全燃焼に燻り続ける」
「告白して、当たって砕けろということね」
「まあ待て。ちゃんと、告白をするにしても成功率が上がる方法を教える」
「えっ。それは難しいと思うけれど」
今までにやらかしすぎて、アランさまからの好感度はマイナスを振り切っている。成功率を上げたところで、マイナスはプラスには届かないだろう。
けれどヴィンス先生の講義は続く。
「先ず、お嬢さまが告白するとしたらどうする?」
「普通に、好きですと気持ちを伝えるわ」
「それは散々言ってたんじゃねぇのか? それでも響かなかったんだから、違うことを言うべきだろ」
振り返って考えてみる。
エリザベスはちゃんと、アランさまに好きと言ってたんだろうか。
いや、言ってない気がする。ただ追いかけまわして、アランさま~って名を呼んで腕を組んで身体を擦り付けていただけかも!
「……いや、言ってないかも」
「はぁ~? 散々しつこく付き纏って、何やってんだよ」
「何してたんだろうね……」
「そもそも一番やっちゃいけねぇのは、気持ちを押し付けることだ。どうせ、自分が好きだからそれと同じ気持ちを返せって態度で圧力かけてたんだろ。それは最悪だからな」
「はい……」
ごもっともでございます。
私の素直な態度に、ヴィンスは更に気分をよくしたようで気前よく助言をくれた。
「まず告白だが、最初にシンプルに気持ちを伝える。理由とか、どこに惹かれたかも加えるのもいい。だが短くな」
「はい」
「そして次に、どうなりたいかの希望を述べる。好きだ、だけ言われたって、だからどうなんだってなるだろ。お嬢さまはアラン魔術伯とどうなりたいんだ」
そんなこと、考えてなかった。ただ好きで、一緒に居たいとは思っていたけれど。
「どうなりたいか……」
「恋人になりたいとか、結婚したいとか、一夜限りの付き合いでいいとか。そういう希望だよ」
「結婚、したいわ……」
「じゃあその旨も伝える。そして、そうすれば向こうにどんな利点があるのかを伝える」
「利点って、私と結婚したらどれだけお得かってこと?」
彼は頷いた。
「今独身でいることに何の不自由も感じてないから、男は結婚したくねぇんだ。今が困った状態で、それより得するってんなら皆喜んで結婚する」
「なるほど。私と結婚したら、一生お金に困らない暮らしが出来る、と思う」
「そりゃー、俺なら願ってもねぇことだが、それ本人に言って喜ぶか?」
そう言いながらも、ヴィンスだってお金をあげるから結婚してと言ったら断るだろう。
つまり、告白とはプレゼン。相手が喜ぶ条件を告げ、申し出を承諾してもらう提案なのだ。
「アランさまが喜ぶ条件を探して伝えるといいのね」
「そうだ。そして返事は期限を区切る。男はのらくら逃げようとするからな。大体、結婚したくない男に女の方からせっつくと『二年後くらいには』と大抵言う。だが二年後に言ってもまた同じ返事だろう」
「そうなの……」
「お嬢さまの場合は、結婚するかもう二度と会わないか、の二択でいくしかねぇ。今までにこじれているからな」
今まで、もう少しマシな態度だったら良かったのに。
好意もろくに伝えず、押し付けがましいことをして相手の時間を奪ってストレスを与えまくってしまった。彼の平穏な生活を壊し、ゴシップの相手として評判まで落としてしまった。
今、こうやって告白をして区切りをつけようとするのさえおこがましいのかもしれない。
「分かったわ。助言、ありがとう……」
「ま、今回振られても次にいけばいい。男の傷は新しい男で癒すのが一番だからな」
パチッとウィンクをして言われたが、どうだろう。
アランさまに二度も恋をしてしまったのだ。他の男の人を好きになるイメージはどうしても沸かない。
私は助言料に多めの心付けを渡し、ご機嫌なヴィンスに見送られて呪術店を後にしたのだった。




